アフター27 「積年の恨み晴らさでおくべきか(前振れ)」

混沌の正月が終わり、ようやく学校がある日常に慣れてきたある日。


いつもならくつろいでるリビングで迫りくる危機について話し合いの場を設けていた。


「で、どーすんの?」


沈黙に痺れを切らした霞が声を出した。


「どーするって言ってもな。できるヤツがやるしかないだろ」

「ね。あ、でも霞はダメ。絶対ダメ」

「わかってるっての。うっさいな」


わざわざ2回も言うほどか?と思ったけど、よく考えなくても立候補されたら全員が沈没する未来が見えたので、俺は何も言わないでおく。


「なに?まだ炭生成すんの?」


最近あまりウチでご飯を食べてない花音が頬杖をついたまま言った。


「炭ならまだいい方だな。この前作らせたら紺色のドロドロの液体ができたぞ」

「こん……?え?紺……?黒じゃなくて……?」

「紺だったはず。なあ?」


霞に顔を向けるとしぶーい顔になった。


「……フツーにシチュー作ったはずなんだけど」


そうぼやくのも無理はない。隣で指導に徹していた雫ですら首を傾げていたくらいだ。


何かを混ぜたとか火を入れすぎたとかじゃない。ごくごく一般的な手順。というか、ひと工夫とか手間をかけるとかをする前に市販のルーの箱に書いてある手順でやってみようって話になって、書いてある通りに手を動かしただけ。なのに出来上がったものは紺色のドロドロとした謎の液体だった。


霞の隣で涼も同じように作ってたけど、謎の液体を作ったのは霞だけ。


「え?どうしてこうなるの?同じで作ったよね……?」


と、隣で同じように作ってた涼が霞のシチューもどきを見てドン引きしていた。あ、ちなみに、涼が作ったシチューは「一応食べられる」レベルだったが、雫は霞にしたのと同じように首を傾げていた。


「マジでヤバいじゃん」

「うっさいな。知ってるっての」


霞はぶすっとした顔で冷めた紅茶を口に入れた。


「だから聞いてんじゃん。どーすんの?って。このままだと全員揃って雫が復活するまで仲良く絶食することになるんだけど」


霞の視線に麻衣と花音、楓と楓の彼女が顔を見合った。で、4人の視線が俺の方に向けられてくる。まあ、この中で全員が食えるレベルのメシを出せるのは俺だけだからしょうがない。


が、霞が待ったをかけた。


「言っとくけど、創司はダメだから。アタシと雫のお世話係」

「えー!?」

「なんで!?今決まりそうだったよね!?」

「あの状態で動けると思う?」


俺の太ももを膝枕にして寝てる雫を指すと、みんな静かになった。


「くっそ……自分は戦力外だからって……!」

「作れるならアンタらなんか呼ぶわけないでしょ……」

「まあ、そうだよね。霞の番だったもんね。イチャイチャできなくて残念だったね」

「言うなあ!!」


ニヤニヤ顔の乃愛に霞はテーブルを壊さんばかりの勢いで叩いて叫んだ。


「いいから!さっさと誰がやるか決めて作って!腹減った!!」


バン!バン!と強く叩いてさらに叫ぶ。朝昼とロクに食べてないのもあって、霞の機嫌はすこぶる悪い。


なら買いに行けばいいだろって話をしたくなるだろうが、ご機嫌ナナメな霞に誰も触れたくない。


限られた選択肢の中でメシの調達をどうするのか、テーブルの上で女子たちの腹の探り合いがはじまった。


なんでこんなことになってるかという話だが、簡単な話で、雫が風邪を引いただけ。


時季的にインフルエンザかと思ったけど、単なる風邪らしい。


寝てる雫のおでこに手を当てると、まだ熱い。


過去にも1回、雫が風邪を引いたときがあったが、そのときはまだ実家にいたから親を召喚してどうにかなった。けど、今回はそうはいかない。誰かが作るか買ってくるかしないと誰も食えない事態に陥ってしまった。


「レトルトで良ければ買ってくるけど」

「そう言ってこの前買ってきたレトルトカレー、大ハズレかましたの誰だっけ?」


レトルトの選択肢を出した花音に麻衣がジト目を送った。


「や、だって見た目美味しそうだったじゃん。麻衣だってこれでいいって言ったくせに!」

「ゲロマズなひと工夫されるとは思わないでしょ!?何あれ!?なんでシーフードミックス入れたの!?そのままでよかったのに!!」

「だって外で食べたシーフードカレーおいしかったから入れたらイケるかなって……」

「バカじゃないの!?だとしてもせめて解凍してから入れなよ!」

「入れたら解けるじゃん!一緒でしょ!?」


尻すぼみに声が小さくなってく花音の声に俺は霞に目を向けた。


「花音もアタシ並みに劇物精製機だから。扱いに気を付けて」

「そうか……そうかあ~……」


なんかそれしか言葉が出なかった。


「劇物精製機だったら普段どうやって生きてんだ?」

「学食だって。食べれれば、だけど」


看護系の大学に行ってる花音は、俺たちと違ってかなり忙しい毎日を送ってるらしい。


詳しくは聞いてないけど、日によっては食べる気分が消え去るような実験もするとか。どんな実験だよ。


一緒に住んでる乃愛と麻衣の2人は交代でやってたらしいが、それもはるか昔のこと。今ではすっかりウチに居座ってメシが出てくるのを待ってる。


2人曰く、雫のを食べたら比べて絶望するからムリ――だそうで。


病人が寝てるのにギャーギャー騒ぐバカどもに目を向ける。みんな腹減ってるはずなのに、騒ぐ元気はあるらしい。


「で、どうすんのかね?」

「どうしよっかな。このままアレに任せてもいいけど、零奈を呼ぶ?あのメンツが買ってきて作ったとしても揃ってベッドの上で唸ることになるかもだし」


霞はそう言ってスマホを振ってみせた。画面を見てみると、零奈に助けを求めるメッセージがあった。


「手が早いことで」

「だって腹減ったし。ほっといてもいいけど、永久に決まらないし」


呟くような霞のセリフはバカどもの大騒ぎでかき消された。


「で、雫は大丈夫なの?」


霞がメッセージを送ってからしばらくして零奈がウチに来た。


実家の方から通う方が近い場所の大学に行ってるため、ウチに来るのは週末くらいだが、勝手知ったる様子でキッチンに入っていった。


「ああ。ただの風邪だから寝てれば治るって」

「ならいいけど」


髪を後ろにまとめてポニーテールにして零奈は買ってきた惣菜の唐揚げをテーブルの上に置いた。通りがかりにある唐揚げの専門店で買ってきたらしく、いい匂いが漂ってくる。


「とりあえずみんなはこれね。まだ用意するつもりだけど、霞と創司君はどうする?」


凄まじい勢いで消費されていく唐揚げを横目に零奈が聞いてきた。


「零奈ちん!もうなくなった!」

「はいはい。ちょっと待ってて」


ものの数秒で完食してしまったらしく、花音が声を上げた。


「アタシは食べるけど、創司はそこから動けないでしょ」

「零奈ちんが食べさせてあげればいいじゃん。いつもやってんでしょ?ついでに食べちゃえば?別の意味で」

「何言ってんの!?」


瞬間沸騰したみたいに顔を真っ赤にして反応した零奈が面白かったようで、花音はケタケタ笑った。


「ってかさ〜。雫、動けないんだよね?」

「見りゃわかるだろ」

「だよね〜」


麻衣はそう言って乃愛に視線を向けた。で、すぐに俺の方へと戻した。


「ね。ご飯先に食べれば?その間に着替えとかやっちゃうから」

「あ?急にどうした?」

「創司くんもお腹減ってるでしょ?ちゃんと食べた方がいいよ」


麻衣と乃愛が息を合わせたように言ってきた。


「糖分ばっか食ってるヤツに言われたくねえんだけど。この前のケーキ10個分のカロリーは消化したか?」


2人は顔を見合わせるとスッと目をそらした。


「創司くん。この世にはね、ツッコんじゃダメなことってあるんだよ?」

「知ってる。」

「ま、そうだよね~」


「ん~」と花音は伸びをしてイスから立ち上がって俺の方に近寄ってきた。


寝息を立ててる雫の頭を持ち上げて、隙間を作るとそのまま俺の膝の上に座った。


「よし」

「よしじゃねえよ」


ふにっとした感触が太ももに伝わってきてつい触りたくなるが、ここはガマン。別に触ったところでたぶん何も言わないだろうけど。


それよりも花音の膝の上に乗せられた雫の頭の位置が気になった。


「雫の首が折れそうなんだけど」

「って思うなら創司くんがどけばいいと思うなあ」


そう言って腰を左右に振る花音。


明らかに何かを企んでる。が、このまま動く気はなさそうなので、俺が場所を譲ってやる。


「病人で遊ぶなよ」

「失礼な!そんなことしないよ!!」


座る場所がなくなった俺はテーブルの方に行き、イスに座った。


「行き場がなくなったからメシ食うわ」

「了解」


誰がメシを作るか問題で揉めていたバカどもの騒ぎは知らないうちに消えていた。

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