アフター26 「お正月と言えば書き初め。書き初め?」

涼の家の廊下で真っ白にさせられてから数時間後。


麻衣と花音は大理石のタイルの上で正座していた。


「なんか反省してないみたいだしもう一つ乗せる?」


ただでさえ冷たくて硬い大理石の上に正座なんて苦痛以外の何物でもないんだけど、麻衣と花音の膝の上にはちょっと厚めの木製の板が乗っていて、その上にさらに漬物石が置かれている。


「は!?ちょっと待って!?これ以上は膝が壊れる!!壊れるって!!」

「そーそー!ってか、別にウチらは悪くない!もの欲しそうにしてた霞が悪い!」


この期に及んでまだ保身に走ってる2人。全く反省の色が見えないので、アタシは薫に向かって頷いた。


「よろしく」

「おっけー」


2人の膝の上に漬物石が追加で乗せられる。


「あー!!ムリムリ!!痛い痛い!!」

「潰れる!潰れる!!」

「大丈夫だって。3キロだよ?3キロ。涼ちゃんはこのくらい平気だよ?ね?」

「誰かさんのおかげで3つまでなら」


ものすごくイヤな顔を薫に向けながら、涼が言った。


「バカでしょ!?なんでこれ3つも乗せられるの!?」

「バカって……赤ちゃん3人分だよ?小学生なら1人分。私が乗るより軽いじゃん」


騒ぐ花音に涼は平然とした顔で返すと、何かを閃いたような顔で薫を呼んだ。


「あ。ねえ。薫さん」

「なに?」

「せっかく準備したのに余計なことして遅らせた責任を取ってもらった方がいいと思わない?」


たった一言。けれど、ウチらにとってはある意味慣れ親しんだ一言に薫の口がニヤリと歪んだ。


「あ~……そうねえ。そうね!せーっかく準備したのにほぼ無駄にしてくれた責任は取ってもらわないと!」

「責任!?ちょっと待って!?なんでウチらが責任なんかとらなきゃいけないの!?」

「おかしいでしょ!きっかけは霞なんだから霞も入れないと不公平だよ!!」


2人はバシバシ床を叩いて抗議。反省とか後悔なんて全くしてない。


ってか、むしろアタシに責任転嫁しようとしてんだけど。


「って言ってるけど、霞裁判長。判決は?」

「有罪。真っ白4回。ついでに新しいトビラを開けて」

「おっけ」


そう言って薫と涼は玄関ホールからいなくなった。


「ちょっと待って!?そんなに!?」

「新しいトビラってなに!?」


膝の上に漬物石を乗せたまま騒ぐ2人にアタシはため息を吐いた。


「そんなにってアンタ。ムリって言ったのに面白がってやったでしょ。新しいトビラはアタシも知らない。楽しみにしてて」

「霞だってやるときはおもしろがってやるクセに……」


麻衣がなんか言ってるけど無視。


隣で花音が身体をちょっと震わせてるけど、アレは寒さとか恐怖とかじゃなくて未知の快楽への歓喜じゃないかな。うん。たぶんそう。


ウチらの中で一番ムッツリさんなの花音だし。


高校のときはあえて中間くらいのポジションを取ってやる側とやられる側の両方を観察しながら楽しんでた、なんて誰が信じるかな。


まあ、アタシも花音の性癖を知ったの一緒のマンションに住むようになってからだから、たぶんウチら以外の友達は誰も知らないんじゃない?


「花音。アンタ妄想もほどほどにしときなよ?」

「ふえ?し、してないし!」


現実に引き戻された!みたいな顔して何言ってんだか……。


「はあ……」


ダメだ。ここの面子はヘンタイが多すぎる。


「おまた。じゃあ、罰ゲームね」


薫が珍しく手ぶらで戻ってきた。


「あれ?手ぶら?」

「わたしはね。大丈夫。涼ちゃんが用意してるから」

「ふうん?」


よくわからないけど、そういうことらしい。


「とりあえず2人は脱ごっか。服、邪魔だし。お手伝いさーん!」

「はいはい。呼んだ?」


薫が声を出すと、薫と同じメイド服を着たお手伝いさんが出てきた。


お手伝いさんは玄関ホールで正座して膝の上に漬物石を乗せられてる2人を見て溜息。


「またこんなことして……怒られても知らないよ?」

「廊下で4回。有罪でしょ」


薫が漬物石2人を指した。けど、お手伝いさんは首を傾げた。


「薫が?」

「なんでわたし?じゃなくてこの2人が霞に」

「ほーん。廊下で」


薫が麻衣と花音を指すとお手伝いさんはスッと冷めた目を2人に向けた。


「あ~……さっき掃除したアレ?霞のだったの?」

「そっそ。主犯がこの2人」

「ほーん」


事情を察したらしい。お手伝いさんが2人に向ける視線の温度がさらに低くなる。


「や。ちょっと待って。話を聞いて」

「聞かない。犯人は黙れ」


なんとか逃げ道を確保しようとする麻衣だけど、お手伝いさんはその声をドスのきいた一声で一蹴。


あまりの圧に麻衣は蛇に睨まれた蛙みたいに動けなくなった。


「なるほどね。漬物石じゃ足りない、か。なるほどなるほど」


ふむ、と考える仕草をすると、手を叩いた。


「ああ。それで涼がアレを用意してるって?」

「そっそ!楽しみになって来たでしょ?」

「バカじゃないの?」

「あれ?」


思ってたのと違う反応に薫がズッコケた。


「まあ、発想はいいんじゃない?うん。悪くない。悪くないけど、50点ってとこかな」

「えっと……何点満点で?」

「100に決まってんじゃん。アタマ沸いてる?」


たまにしか見かけないメイドさんなんだけどマジで口と態度が悪い。ちなみに薫の指導役で、さらには高校時代の先輩らしい。


「まあ、いいや。ゴミみたいなヘンタイプレイだけど、花音が喜んでるっぽいし」

「喜んでないよ!?」

「はいはい。ぬぎぬぎしましょうね~」

「あれ!?ちょっと待って!?いや!いやあああああ!!!」


薫とお手伝いさんはゆっくり近づくと2人の服を脱がせはじめた。


30分近く正座してさらに膝の上に漬物石まで乗せられた2人の足はビリビリにしびれて逃げることもできない。


なんならしびれてる足を突っつかれて完全に遊ばれてる。


「ムリ!もうムリ!!ごめんなさい!ごめんなさいって~!!」

「今さら謝ったって遅い」

「いやあああああ!!!」


そんな絶叫を響かせながら2人は下から順番にひん剥かれて玄関ホールなのにもかかわらずすっぽんぽんになってしまった。


と、そこに涼が戻ってきた。


「よいしょー」


手にはバケツと筆?


「ふう。思った以上に時間かかっちゃった」


そう言って床に置いたバケツの中身を見ると、なにやら黒い液体が入ってる。


「お正月だからね!書初め!」

「書初め?」


涼の言葉に一瞬理解できなかった。


「そう!一年の計は元旦にあり!っていうでしょ?」

「言うけど……」


書初めって紙に書くモノじゃなかったっけ?


「紙は?」


アタシの疑問を麻衣が聞いた。


「ないけど、書くとこはあるじゃん」

「は?」


涼は「そこに」と全裸の2人を指した。


「は?」

「ルールはカンタン。1年の抱負をお互いの身体に書く!ただし!紙の代わりだからその場から動いちゃダメ!動いたらその分だけ罰ゲーム追加!場所はどこに書いてもいいよ!」


ポカンと素っ裸で間抜け面を晒してる2人にルール説明。


「ってことではい。筆ね。反応したら罰ゲーム追加」

「ちょっ!ちょっと待って!?なにそれ!?聞いてないんだけど!?どーゆーこと!?」

「今聞いたでしょ。ってことでヨシ!」

「ちょっ!待って!待って!おかしい!なんで急にこんなになってるの!?」


あまりの展開に付いていけてない麻衣と花音が叫んでるけど、涼は無視。ついでに薫もお手伝いさんも、そしてアタシも無視。


涼は麻衣と花音がいる場所から少し離れたところにバケツを置いた。


「墨はここね。先に相手の身体に墨を付けた方に書く権利が行くって感じにしようかな。んで、1回に書いていいのは1単語だけ」

「いいんじゃない?」


玄関ホールのほぼ真ん中から端っこまで距離だけど、足がしびれてる2人には地獄のように遠くみえる絶妙な距離感。


「ってことで用意はいい!?」

「ダメ……」

「何もしなかったら2人そろって澪ちゃんたちより後にするから!よろしく!」

「はあ!?」

「ってことでよーいドン!」


涼が手を叩くのと同時に2人はなんとか立ち上がったけど、やっぱり足がしびれててすぐにコケた。


「ふひひ。いたい。いたいよお……」

「あふっ!おふっ!」


この後麻衣と花音の2人はしっかり新しいトビラを開きましたとさ。


めでたしめでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る