アフター24 「拠り所」

都会のど真ん中に掘りごたつで鍋が食べられるお店なんてないだろうと思ってたんだけど、意外や意外。大学の近くにあった。


「ん。それで」

「かしこまりました」


雫の声に店員さんは恭しく応えて丁寧なお辞儀をすると、敷居の向こう側に行って静かに襖を閉めた。


防音がしっかりしてるのか、はたまた騒がしいお客さんがいないのかわからないけど、お店の中はすごく静かでいい雰囲気。


別にガヤガヤしてるのが悪いってわけじゃない。


それはそれでいいんだけど、わたしにはあんまり合わないんだよね。あ、食べ放題のとことかは別。むしろうるさくてもオッケー。


それはそれとして。


「オレンジジュースがバチクソにウマいんだけど。なにこれ」

「なにこれってオレンジジュースだろ」


「一口」と言って創司くんはわたしのグラスからホントに一口だけ口に入れた。間接キスだけどそんなのは今さら。なんなら「あーん」とかフツーにやってるし。この程度で騒いだりしない。


というか、早く間接じゃない、ちゃんとしたのしたいなあ。


別にどういうのがいいとかないから正直いつでもばっちこいって感じなんだけど、そのチャンスは意外なことにまったくと言っていいほどない。理由は……まあ言わなくてもわかるよね。


「あーそうそう。オレンジジュースはここが一番うまいんだよ。理由は知らんけど」


なんてわたしの想いとは裏腹にテキトーなことを言ってる創司くんが座ってるのはわたしの右隣。歩くときは定位置の関係で前後しか空いてないけど、座るときに限っては霞が創司くんの正面に座るから右が空くのだ。


あとそもそもテーブルが4人掛けだから創司くんの右に座れないってのもあるんだけど。


まあ、それはともかく。


今は雫が創司くんの正面にいて、創司くんの左隣にわたしという布陣。うん。なかなかに悪くない。


……もうちょっとくっついてもいいかな。


創司くんはスマホのゲームのデイリーミッションを消化するって言って少しだけ近づいたわたしには気付いてない様子。


横から覗き込むとデフォルメされてない8等身のキャラがわちゃわちゃ動いてる。


ってか女の子のキャラみんな胸の形バグってない?


視線を落としてみる。


うん。こんなもんだよね。


ついでに雫の方も見てみるけど、わたしとあんまり変わらない。や、雫の方がわたしよりずっとおっきいんだけど。


ちなみに雫のは触るとふにふわって感じ。わたしのは、ん〜……むに?ぐにって感じじゃないけど、なんだろ?


雫のを触って確認してみようかな。個室だからいいでしょ。


掘りごたつから出てぐるっと回るのがめんどくさくてわたしは潜って下から雫の方に出た。


「ん。ソウくんの方じゃなくていい?」

「や。ちょっと確認だけ」


そう言ってわたしは雫の後ろに回って下から掬い上げるように雫のを持ち上げてみる。


「ん。なに」


やっぱりふにふわって感じ。


対してわたしの。言語化できるか確かめるように触ってみる。


手からこぼれ落ちそうな雫のとは違ってわたしのはちゃんと形を保とうとしてる。


「ん〜?」


考えれば考えるほどわからなくなる。もう一度雫のを触ってみる。


「ふにふわって感じだよねえ」

「ん。急になに?」

「や。感触がさ。何ていうのかな。雫のはふにふわって感じだけど、わたしのはなんだろうって」

「ん。知りたい?」

「一応?」

「ん。なら私がやってみる」


雫と入れ替わって雫がわたしの後ろに来た。背中にふにふわな感触が伝わって気持ちいい。


「ん。じゃあ触る」

「ん」


脇の下から腕を回して掬い上げるほどはないわたしの胸に手が来ると、雫が少しだけ手に力を入れる。


「ん」


ほんの少しだけ声が漏れた。


創司くんには聞こえてないっぽい。セーフ。や、セーフって何?


「ん。むに?ぷよ?」


耳元で雫の声が聞こえてちょっとゾクっとした。なんかヤバい気がする。


「ちょっと雫ストップ」

「ん。もうちょっと」


思考の沼にハマったっぽい雫が触れるから揉むに変えてきた。


「むう……。ぷよ、に近い?ぽよ?むに?」

「ちょっ!まっ!」


そろそろヤバい!店員さんが来そうなんだけど!!


「ん。難しい。ソウくんに聞く?3番目で」


雫が後ろから囁くように聞いてきた。たったそれだけなのに、身体に電気が走ったみたいな感覚になる。


「あ?なにが?」


創司くんも反応したけど、スマホをいじっていて、雫とわたしが乳繰り合ってるのに気付いていない。


「ん。こっちの話」


なんとなく「どう?」とでも聞いてるような気がするんだけど……え?マジで?


「ん。醜い争いしてる方が悪い。自業自得。霞もおっけー」


まさかの正妻権限発動?そんなことある?


3番目の最有力候補の涼を差し置いてまさかのわたしのターン?


なんか意図してないコンボが決まって急に来てしまったチャンスにわたしは動揺を隠せない。


「きゅ、急すぎない?なにも用意してないんだけど。んっ!」


これ、ちょっとシャレになんないんじゃないの!?


「ん。私もそう思ったから聞いた」


あ。これ、確定のヤツだ。え?マジで?こんな急に?


「お前ら2人でなんの話してんだ?ってか何してんの?」


絶妙なタイミングで創司くんがスマホからわたしたちに視線を戻して聞いてきた。


「創司くん。お願いだからちょっと静かにしてて」

「ん。ソウくんはステイ」

「は?」


わたしたちに言われて創司くんは固まった。


と、さらに間が悪いことに店員さんが鍋を持ってきた。


「ん。考えておいて。数時間後には実行できるようにするから」


雫はそう言ってわたしの胸から手を離した。


いや、数時間後は早すぎだって……。ってか、危なかった。もうちょっと遅かったら――。ゲフンゲフン。


やめよう。これ以上踏み込んだらまた来れなくなる。


「数時間後?」

「ん。ソウくんは気にしなくていい」

「お前がそういうときってロクなことじゃねえんだよなあ」


創司くんは雫から取皿を受け取って食べはじめた。


高校のときからだからもう4年以上同じようにやってるおかげでなんか新婚夫婦って言うより長年連れ添った夫婦みたい。


「ん。乃愛も」


雫は創司くんの横に戻ったわたしにも取皿を差し出してきた。もうこれ以上入らないってくらい山盛りで。


「入れすぎじゃない?」

「ん。大丈夫。あっという間になくなるからそのくらいでちょうどいい」

「ええ……?」

「まあ、食ってみろよ」


同じくらい盛られてもうすでに半分なくなってる創司くんに言われるがまま、わたしは一口だけ口に入れた。



「ありがとうございました」


深々とお辞儀をする店員さんを見ながらわたしたちはお店を出た。


「……食べ過ぎた」

「そりゃあんだけ食べりゃなあ……」


苦笑する創司くんにわたしは恥ずかしさで顔が熱くなってくる。


「ん。2つ目の鍋半分近く食べるとは思わなかった」


珍しく雫も驚いてる。そりゃそうだ。足りないって頼んだ4人前の鍋の半分を食べたんだから。


でも言い訳させて欲しい。


「空きっ腹にクソまずのお酒を入れられたんだからしょうがないって。浄化浄化」

「ん。それならしょうがない」


かわいいとは程遠い腹の虫を飼ってる雫と、酔ってはいないけど食べ過ぎなわたし。


かわいい女子なんていうつもりはないけど、揃いも揃って女子力なんてカケラもない。


まあ、創司くんに女子力なんて外面見せる必要なんてないんだけど。


「で?腹ごしらえはしたけど、次は?」


創司くんはそう言って雫に話を振った。


そういえばこの2人。朝からいなかったけど、どこ行ってたんだろう?


「ん。帰る」

「「帰る?」」


わたしと創司くんは揃って首を傾げた。


「ん。帰る。疲れた」

「ああ、朝から歩きっぱだったもんな」

「ん。棒になりそう。乃愛は?どっか行く?」

「や……いいかな。どこも混んでるし」


女子会に呼ばれただけだし。知らないうちに合コンにされてたけど。


思い出したらムカついてきた。後で黙って切っちゃお。別に困らないし。


「じゃあ、帰るか」

「ん」


そう言って創司くんは歩き出した。


雫は定位置の右腕に、わたしも雫に倣って左腕を取る。


文字通り「両手に華」状態になって通り過ぎてく人たちがわたしたちを見てくるけど、関係ない。


あの合コンにいた欲望剥き出しの男子たちと一緒にいるくらいなら創司くんと一緒にいる方がいい。


落ち着けるし、安心できるし。


なんだっけ?こーゆーの。


拠り所?だっけ?


と、わたしのカバンの中にあったスマホが震えた。


見ると通知が山ほど来ていた。


「わ」

「どうした?」

「ちょっと見ていい?」

「ああ」


わたしが立ち止まると、創司くんと雫が止まった。


通知からアプリを立ち上げるとなぜか称賛の嵐だった。


「なんか褒められてね?」


横から覗き込むようにして見た創司くんが言った。


「ね。何でだろ?変なの。女子会じゃなくなったから出ただけなのにね」


既読をつけただけだけど、わたしはスマホをカバンに入れた。


わたしが出た後の合コンの話は気になるけど、今はいい。


それより今はやりたいことがある。


わたしはその最初の一歩を雫に向ける。


「ね。雫。3番目ってマジでいいの?」

「ん。いい。漁夫の利」

「おい。まさかとは思うけど――」


創司くんは何か不穏な空気に気づいたみたいだけど、もう遅い。


わたしは逃げられないように創司くんの腕を掴む。


「んじゃ、帰ったらよろしくってことで」

「ん。任せて」


雫が頷いた。


これで創司くんは完全に逃げられない。


「ふふ」


や〜楽しみだな〜。


「ほどほどに――」

「できたらいいね」

「ん」


わたしと雫の声に創司くんが肩を落としたのは言うまでもない。

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