アナザー1-3 「布団とジャージの間に」
頬に柔らかくあったかいものを感じて俺は目を覚ました。
視界は相変わらず真っ暗で今が何時かすらわからない。
指の先も見えないくらい真っ暗な空間で唯一感じるのは、枕ではありえない包み込むような柔らかさと甘いメープルの香り。
「んん……」
上から声のようなものが聞こえたと思ったらもぞ……とわずかに枕が動いた。
若干高くなった気がしなくもないが、相変わらず包み込むような柔らかさと不思議と落ち着く甘い匂いに俺は一息ついた。
「ふう」
そういえば昨日はどうしたんだっけ?
ふと、そんな疑問が湧き上がってきた。
朝起きて大学に行って、昼に秀人と昼飯を食べて……る途中で莉佐が来たのか。そうだ。その後、莉佐と一緒に俺の部屋に帰ってきてそのまま――。
と、たどり着いたところで俺の思考は止まった。
――そのままどうしたっけ?
膝枕に誘われたのは覚えてる。仰向けになったときにちょうど視界に入った2つのお山に触れたのも覚えてる。
ただそこから先。どうしてこうなったかという重要なその先を全く覚えていない。
「なんということだ……」
膝枕されながら手を伸ばしてお山を揉むなんてある種男の夢みたいなものをやっておいてその先を覚えていないとは。
頭を抱えてるとふと手に布のようなものに触ってることに気づいた。
「なんだこれ?」
頬に触れてるものとは全く別物のゴワゴワとした触り心地。
この触り心地どこかで……?
触りながら俺は記憶を辿る。たしか最近こんな手触りの生地を触った気がする。どこだっけ?
「ん……」
またもぞ……と枕が動いた。が、俺はそれどころじゃない。
この触った生地がどこで触ったものなのかでこの場所がどこなのかわかる手がかりになる。
が、記憶というものは曖昧なもので、しばらく触っていたけど、どこで触ったのか、それがなんなのかはわからずじまい。
「むう……」
と、唸りながら手を別の場所に移した瞬間。
「んん!」
ペシン!と何かに手を叩かれた。
「なんだ!?」
手を叩かれるなんてそうそう経験がない俺は、もう一度その場所に手を伸ばす。
「ん!」
ペシン!
また叩かれた。なんなんだこれは。
さらにもう一度手を伸ばすとついに枕が動いた。
「んもう!なに!?さっきから!」
そんな声が聞こえたと思ったら急に強い光が目に入ってきた。
「まぶしっ!?」
凶悪な目つぶしを食らった俺は目を手で覆った。
「まぶし!じゃないよ!まったく……。自分だけ楽しむだけ楽しんだら寝やがって……」
「え?」
なにやらぶつくさ言ってるようだけど、俺には全く聞こえない。
「何でもない。もう。どいて。お風呂入りたい」
「あ、ああ……」
俺が起き上がると莉佐はスタスタと風呂に向かってしまった。
「……ん?」
風呂に入る?昨日入らなかったのか?というか、俺は一体どこで寝てたんだ……?
次から次へと湯水のように湧き上がってくる疑問に頭をひねってると、風呂がある洗面所の方からバタンと音が聞こえた。
「あおー!」
少しして莉佐が俺を呼ぶ声が聞こえた。
「はいはいー?」
「ごめん!タオル持ってきてー!」
「はいよー」
俺は定位置となってる場所からタオルを抜き取ると、洗面所に向かう。
「ほい」
洗面所のドアのフチから向こう側にタオルを差し出す。
「ありがと」
その声が聞こえてすぐタオルの重さが俺の手から消えた。
「服は?」
「それは持ってきてた。よくやっちゃうんだよねえ」
「この前もやってただろ」
「ねー。ほら。ウチだとこっちにあるからさ~。つい忘れちゃうんだよね」
「ふうん」
衣擦れの音を耳にしながら壁越しに話すのももう結構な回数になってる。別に一緒に住んでるわけじゃないが、泊まるというには頻度は高い。
向こうの親にはどう説明してるのか知らないが、気にしてもしょうがないので俺からは特に何も言うことなく、ズルズルとこの関係が続いてしまってる。
「よっし!着替えた!いいよ!」
「はいはい」
寄り掛かってた壁から離れて洗面所に入ると、風呂上りで頬を赤くした莉佐がいた。
服は俺の大学のジャージの上だけ。過ごしやすいからって理由で選んでるらしいが、色気もへったくれもない。
……と言いたいところだが、屈むと中が見える絶妙な位置でファスナーを止めていて、季節によってだったり、日によってだったりでまちまちだが、ノーブラなときもあって見えたときは心の中でしっかりとその姿を焼き付けてる。
ちなみに今日は……つけてるな。
ちょっと残念な気分になりつつ、洗面所で顔を洗って近くにあったタオルで顔を拭く。
「あ」
「どうした?」
なんか甘い匂いがするな、と思いながらタオルを洗濯機に放り込んだ。
「ううん。なんでもない」
莉佐はそう言って脱衣所から出ていった。
なんか顔が赤い気がしたけど、気のせいか?
洗面所からリビングに戻る道中で冷蔵庫の中とにらめっこしてる莉佐を見つけた。
「ん~……なんもないね」
冷蔵庫のドアの向こうで莉佐がつぶやいた。
「あ~……そういや買い物し忘れたな」
「ね。話してたら忘れちゃった。どうしよ?パン?」
「あるけど、ちょっと飽きてきてるんだよなあ」
「あたしも。ん~……でもご飯って気分じゃないしな~」
ピピー!と開けすぎのアラート音がして、莉佐は冷蔵庫のドアを閉めた。
「なんかない?」
「なんかって言われてもな……」
冷蔵庫の隣に置いてあるカラーボックスを開ける。非常食入れとして用意したんだが、最近は莉佐のお菓子入れと化していて引き出しから出てくるのは莉佐のものばかり。
と、底の方に主食になりそうなものを見つけた。
「お」
「ん?なんかあった?」
しゃがんでた俺の背中に莉佐が乗っかってきた。柔らかい感触とメープルの甘い匂いが背中を覆いつくす。
「パスタ発見」
背中に意識を持ってかれそうになるのをギリギリのところで耐えて莉佐に見せる。
「パスタか~……ん~……今日って休みだったけな」
「ちょっと待ってて」とキッチンを出ていった。
学部も学科もクラスも同じなので、1日のスケジュールは基本莉佐任せ。プライベートで何かあれば別だが、基本的にはほとんど同じ時間を過ごしてる。
彼女がいる大学生としては最も「らしい」生活じゃなかろうか。
ちなみに一線は越えてない。理由はよくわからないけど、なんとなく急いで踏み越える必要もないだろ、なんて雰囲気が俺と莉佐の間にあるからだ。
「休みだった。ってことでぺぺ作るね」
キッチンに戻ってきた莉佐はそう言ってポットに入っていたお湯を鍋に入れて、さらに追加で水を入れて火にかけた。
ここから先は莉佐に丸投げ。俺はキッチンから出た。
「よし。あとはお湯が沸けばオッケー」
「はや」
「ニンニク切るだけだもん。すぐにできるって。蒼もやればいいのに」
莉佐はそう言って俺の背中に抱き着いてきた。背中に柔らかい感触が押し付けられた。
「いや。俺が作るよりウマいし」
背中に意識を持っていきながら部屋に戻る。
「む。なんかズルい。褒めてるように見せかけて自分はラクしようとしてるでしょ?」
「バレたか」
「む~!」
小さいコタツに足を入れると、莉佐も隣に座った。コタツに入ればいいのに莉佐は生足を外に出して俺に見える位置に晒していた。
「冷えない?」
「コタツって入ったら出れなくなるじゃん?」
「まあ、たしかに」
見てる方が寒くなりそうなので、俺は後ろにあった布団を引っ張ってきて莉佐の脚に置いた。ついでに俺の頭も太ももの上に乗せてみる。布団の上ではなく、生足の太ももの上ね。
布団とジャージに挟まれたような状態になったが、これが思った以上にいい。少しだけ光を入れてジャージの中を確認してみる。
――白。
太ももより真っ白な三角は正月のときに見た白と同じくらい触ると柔らかそうだ。
「昨日みたいなことしないでよ?朝ごはんがお昼を通り越して夜になっちゃう」
手を伸ばしかけたところで上から声が降ってきた。
「昨日?」
伸ばしかけた手をすんででひっこめた俺は莉佐を見上げた。
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