アナザー1-?「あの日までのお膳立て」

「スカートの中に入れて膝枕……?」

「ん」


優雅な雰囲気のカフェで聞こえた声にあたしは耳を疑った。


「ソウくんはそれで攻略。チョロかった」


何でもない普通のことのように紅茶を飲みながら言った雫にあたしは言葉が出なかった。


膝枕はまあわかる。けど、それで攻略できるわけがない。それでスカートの中に入れる……?意味がわからない。


「スカートの中ってことは――」

「ん。パンツは見られる。見せていいの推奨」


なんとか振り絞った言葉。けど、雫は先回りして答えてしまった。


「ソウくんはなんでもいい派って気付いてからは見せるヤツとか気にしなくなったけど」

「へ、へえ~」


意味がわからない。


同じ高校で隣のクラスだったあたしにも双子の話は聞いてたけど、その双子の片割れがそんなことしてたなんて。


「ん。うま」


ケーキを口に入れた雫が声を漏らした。


初めて話したときは無表情だと思ってたけど、最近は結構動くように見えてきた。


「み、見せるって恥ずかしくなかった?」

「ん。誰かに取られるって思ったらそんな余裕なかった」


なんとか声を絞り出したけど、何でもそつなくこなす雫からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。


「ん。幼馴染ってほかの子より近い分不利」

「不利?有利じゃなくて?」

「ん。近いから身内みたいになる」

「あ~……」


たしかに。言われてみれば。


そもそもあたしがアイツのことを好きだって気付いたのだって、アイツがほかの子と一緒に歩いてたのを見かけたのがきっかけだった。


それまでは下僕って言うか、ちょうどいいサンドバッグ?くらいにしか思ってなかった。


それなのに隣に女の子が一緒に歩いてるのを見かけただけで急に胸の中がモヤモヤして、気付いたときにはもう遅かった。


「ん。千聖は余計不利。っていうか、もうほとんど負け戦。戦うだけムダ」

「ぐふっ!」


正論パンチを真正面から食らったあたしは胸を押さえてテーブルに沈んだ。


わかってた。わかってたけど、雫に言われるとなんていうか言葉が鋭すぎて短い一言なのに一発で致命傷になる。


「も、もうちょっとオブラートに包んで……」

「ん?包んだと思うけど……」


これで包んだ……?


冗談だと思ったけど、雫は困った顔で首を傾げていたから本気でオブラートに包んだつもりらしい。


たしかに友達が少ないのもわかる。


雫は目にしたこと、耳で聞いたこと以上の言葉を話さない。話すとしても一歩先程度。それ以上が見えていたとしても口に出すことはない。


だから、聞いた本人が望んでない言葉でも平気で言ってしまう。けど、望んでない言葉を言ったから離れるって言うのは違う気がする。


そういうのもあってあたしは雫と一緒にいる。


なにより幼馴染から恋人に昇格した一番近い例。参考にする価値は大いにある。


大丈夫。まだチャンスはある、はず。


「ん。あお、だっけ?彼女いるって」

「え……?」


アタマが真っ白になって一瞬何を言ってるのか理解できなかった。


「ん。もう一度聞く?」

「聞かせて」


直ぐ言おうとしてきた雫をいったん止めて、あたしは深呼吸をする。


すーはー。


よしおっけ。


あたしは雫を見据えた。


ばっちこい。


「ん」


雫が短く頷く。


「蒼、彼女いる」

「彼女?いる?」

「ん。ってソウくんが言ってた」


なんだ。人から聞いた話か……。


なら信憑性薄いな、と思ったのは一瞬。


「って、ソウくんって彼氏だっけ?」

「ん。ちゃんと証拠もある」


雫はそう言ってスマホを出すとあたしに画面を向けた。


最近彼氏に昇格したソウくんを見せてくるのかと思ったら画面に映ってたのは全くの別物。


そこには嫌と言うほど見た、けれど見たことない表情をしてる蒼の顔。隣に手を伸ばしているようだけど、フレームから外れていて誰かはわからない。


「……気になる?」


画面から目を外すと雫の目があたしを捉えていた。


答えに迷ってると、雫の指が動いてわずかに画像が引きになる。


場所はどこかわからない。けど、茶色のボブが左端に写り込んでるのが見えた。


蒼の知り合いにこの長さの髪をしてる男子はいない。ってことは少なくとも女子であることは間違いないし、腕の角度的に蒼が頭に手を置くくらいの関係であるのもわかった。


「いい。今のだけで」

「そう?」

「うん。いい。今のあたしじゃこの顔は引き出せないから」


悔しいけど、言葉にしたのは事実。今のあたしと蒼の関係じゃ蒼にあんな優しそうな顔をさせるのはできない。悔しいけど。


「ん。よかった。もっと見たいって言われてもここまでしか写ってないから」


無意識にやっていた頬杖がずるっと滑った。


「ちょっと!なにそれ!!」


見えたとしても誰かわかんないし、なんかしそうだからいいや。みたいな風にカッコつけたのに!


雫からスマホをぶんどって画像をいじってみる。ホントだ。たしかに見せてもらった茶色のボブの端っこまでしか写ってない。


してやられた!!


「し~ず~く~!」

「ん。私は証拠があるのと気になるかしか聞いてない」


シレッと悪びれもなく言った雫の足をあたしは思いっきり蹴った。


「ん。いた」


目が下に行った瞬間を狙ってケーキも取ってやる。


まったくもう!まったくもう!!


「ん。あ。私の……」


目をテーブルに戻した雫。


自分の前にケーキがなくなってるのに気づくと、フォークを取ってあたしのケーキを狙ってきた!


あたしはすぐに別の皿を手に取ってフォークをガード!!


かーん!と音が響いた。


「むう……」

「ふ」


雫のを食べきったあたしは自分のケーキの最後の一口を口に入れた。


「あたしに勝とうなんて5年早い」

「むう……」


雫はガードされたフォークに目を向けると、あっさり引いた。あたしも皿を食べて積み上げた皿の山に乗せる。


皿の山から雫に視線を戻すと不思議なくらい静かだった。


目を離していたとはいえ、隙を作ってしまった上に半分以上食べられたはずなのに、その顔は妙に凪いでいる。


「雫?」


不振に思ったあたしは雫を呼んだ。


「それだけできるのに、なんで先を越されたの?」

「ぐふっ!?」


唐突。


完全に死角だった角度から抉るような言葉にあたしは2度目のダウンを食らってしまった。


「ん。聞きたい。教えて?負け犬の気持ち」


ツンツン突っついてくる雫にあたしは反応できない。


「チャンスなんて死ぬほど転がってたのに、余裕ぶっこいて掠め取られた千聖の気持ち教えて?」


雫は正論パンチでダウンしてるあたしに追撃をかましてくる。痛い。心が。心が痛いよお……。


「ん。どうしたの?ねえねえ」

「くっそぉ……」


悔しいのと煽られまくったので涙が出そう。


下を向いてると、ぽん。とあたしの頭に手が乗せられた。


「ん。だから私はできた。恥ずかしいなんて言ってちんたらしてたらそうなるのが見えた」


「だからできた」と雫は言った。


たしかにその通りだし、雫は恥ずかしさを乗り越えた結果、今を手にしてる。


そうだ。雫はあたしが目指してる未来そのもの。ちょっと余計なモノがくっついてても気にしない。そんな器の大きさも見習わないと!


「でも……そんなのいつやるの?アイツ今一人暮らしだよ?」


せっかくおんなじ大学目指して入学したのに、アイツは勝手に一人暮らしをはじめてた。アタシの許可もなく!


「ん。大丈夫。チャンスはある。嫌でも帰ってくる日を狙えばいい」

「嫌でも帰ってくる日?」


そんな日あったっけ?と首を傾げるアタシに雫は頷いた。


「ん。そう。年に1週間だけ。ちょうどもうすぐだからそれまでに覚悟と用意だけすればいい」


雫はそう言ってスマホのカレンダーを指した。


「ん。ここ」

「たしかに……そうじゃん……」


なんで気付かなかったの。あたし。


かくしてあたしはアイツの意識を叩きなおすため、動き出したのだった。


「ん。目標は幼馴染からいつもいた女子に格上げ。えいえいおー」

「え?そんなのでいいの?」


目標と言うには低すぎるような気がして、手を上にあげた雫にあたしは思わず聞いてしまった。


「ん。そんなのすらできなかったのにその上を目指せる……?」

「すみませんでした……」


あ。雫の蔑んだ目が記憶に突き刺さって、実行に移したあの日まで夢に出てきたのはここだけの話ね。

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