アナザー1-1 「未練と年始に訪れた白い誘惑」

遠くで見るだけだった。


ほんの少しだけ近づいただけ。


あとで振り返ったらそれ以上でもそれ以外でもなかった。


声が聞こえた。


そんな気がして周囲を見回すと、アイツがいた。


「ふ……」


不思議と笑みがこぼれた。


理由はよくわからない。


アイツがいる輪の中にいる男子は一人だけ。


ふと気になって数えてみる。


「男1に対して8……?」


誰かいなくなるかと思ってたのに、高校のときと面子に変化はない……いや、バレー部の女子は6人じゃなかったか?ってことは後の2人は誰だ?


なんとなく。そう。なんとなく足を向けた。


その瞬間だった。


「げ」


すぐそばで女の声が聞こえた。まるで嫌なモノに出会ってしまった、みたいな、カエルが潰れたような声。


「……人に向かって『げ』はないだろ」

「新年早々見たくない顔を見せられたあたしの気持ちになってほしいんだけど」


かけられた声がする方に顔を向けると、腐れ縁の顔があった。


「だったら声なんてかけなきゃよかっただろ」

「はあ?声なんてかけてないし」


そう言って俺から視線を外した。


「おろ?双子……ってかバレー部のみんなじゃん。なつかしー」

「なつかしーって言うほど経ってねえだろ」


俺はもう一度視線を戻す。


「未練タラタラ?雫だっけ?」

「霞」

「あ~」


高校のとき俺は霞に告白をした。


今思えばホントに好きで言ったのか、ただ周囲につられて言ったのか覚えてない。


「あっさりフラれたんだっけ?」

「古傷を抉るな。お前だって人のこと言えないだろ。千聖(ちせ)さんよ」

「あたしはちゃんと認知されてたからまだマシだよ?どこかの誰かさんと違って」

「ぐっ……」


新年早々ダメージを受けた。


「ふ。勝った」

「まだ終わってねえ。ほんのかすり傷だ」


俺は胸を押さえながらなんとか言い返す。


「致命的な、ね。見てみなよ。幸せ~って感じの顔」

「……」


コイツには慈悲ってモノはないんだろうか。


「ふむ……」


腐れ縁はなんだか考えるようにアゴに手をやった。


「あの雰囲気……ヤったな?」

「ぶっ!」


なに言ってんだコイツは!!


「お前ね……」

「え~?だってそう見えない?」

「知らねえよ」


俺は千聖を置いて先に境内に入る。赤く塗られた鳥居をくぐる。


「あっ!ちょっと!待って!!」

「あ?なんで?行ってきたんじゃねえの?」


引き留めた千聖に向かって返すと、千聖は腰に手を当てた。


「じゃなくて!あけおめ!ことよろ!」

「……ああ。ことよろ」

「先に帰ってるから!」

「はいはい」


千聖に手を振ってまた目を移す。


初めての好意を告げたアイツの姿はもうなかった。


初詣を済ませて家に帰ってきて最初に目に入ったのは、人んちにもかかわらずコタツに肩まで突っ込んで「はふ~」と声を出してる千聖だった。


「……先帰ってるってウチかよ。自分ちはどうした」

「聞いてよ」

「聞いてる」


千聖はそう言って目だけ俺に向けた。


「帰ったら2人だけで朴葉焼き食ってたの!」

「はあ……?」


何言ってんだこいつ?


「朴葉焼きだよ!朴葉焼き!知らない?手のひらくらいの葉っぱに肉ときのこ乗せて味噌で焼くヤツ!」

「知らねえけどウマそうなのはわかる」

「ウマそうじゃなくてウマいの!くそう……帰ったら食べようと思ってたのに!」


千聖は悔しそうに握り拳を作った。いや、まあ、コタツに入ってて見えないけど。これまでの経験から十中八九そうしてるのがわかる。


「食べればよかったじゃねえか」

「なかったの!くそう。信州牛と飛騨牛とかズルすぎる……!なんであたしの分はないんだ!!」


ドン!と音が響いた。


親が音にビックリしてこっちを見てるけど、千聖は無視。


俺も気にすんなと手を振った。


「ってことでムカついたからこっちに来た」

「ふうん」


なんだかどうでもよくなってきた。


俺は上着を脱いでコタツに入る。が、こたつむりになってる千聖の身体が邪魔で足を伸ばせない。


「家に入った瞬間味噌の焼ける匂いだよ!?ズルくない!?」

「まあ、軽くテロだな」

「軽くじゃない!重罪だよ!重罪!!あ~食べたかったなあ~……」


千聖はそう言いながら俺の脚を叩いた。


「あるよ」


コタツの中で叩いてくる千聖の手から逃れようと足の位置を変えてると、親父がキッチンから戻ってきた。


「あるの!?」


ガッタン!とコタツが動くくらい大きな反応を見せた千聖に親父は苦笑しながら言った。


「ああ。うるさくてやかましいのを預ける代わりにってな。取り寄せたらしい。ちゃんと飛騨牛と信州牛だぞ」

「やったあああ!!!」


うるさい。ご近所迷惑。


「どうする?ウチはウチで違うの用意してるけど」


年末年始は家族で水入らず、なんて言葉はウチには関係ない。


このタイミングでしか顔を合わせる機会がない両親の2人だけの時間を作るため、年末は俺が千聖の家に泊まり、年始になると今度は千聖がウチに来る。


そんなナゾの協定が作られていて、今もそれが続いてる。


「食べるに決まってんじゃん!」

「じゃなくて。どっちを先にするかって話なんだけど」


絹の反応にウチの親どもが苦笑してる。


普段だったら「太るからいい」なんて言って断るんだが、年末年始は別らしい。


遠慮なんて言葉はベッドの上に置いてきたように欲望が赴くまま満足するまで食べるのだ。


「ん~……ちなみになに?おせちはもう飽きたし、お雑煮は朝食べたし」

「なんだっけ?」

「なんでも……って言うほどはないけど一通りならあるよ?見る?」

「見る!」


そう言っておふくろは千聖をコタツから抜けさせてリビングから出ていった。


「ふ~……満足!」


一通り食べて満足した千聖は腹を叩きながらリビングを出た。


「なにが満足だ……俺の分まで食いやがって……」


俺は残った朴葉焼きの味噌をこそぎ取るようにチビチビ口に入れる。


「ふ」


親父が想定通りと言いたげな笑みを浮かべた。


「こうなるのを想定してないと思ったか?」

「あ?」

「別口でちゃんと用意してある」


「待ってろ」と言い残して親父はキッチンに消えた。


「どうだった?久しぶりに見た霞は」

「どうって」


場所は変わって俺の部屋。


ベッドの下に潜り込んで無防備になっていたケツをぶっ叩かれて半泣きにされた千聖が聞いてきた。


「好きだったんでしょ?」


「だった」と過去形で言われて胸がうずいた。


思い返せば思い返すほど「好き」と言うにはあまりにちっぽけで。周りに言われるがままに一方的に好意を言っただけ。


伝えた、ではない。言った。


霞と俺の間には何もなかった。俺が勝手にあると幻想を抱いていただけ。


何も言えないでいると、急に身体を引っ張られた。


頭の後ろに柔らかい何かがあって、視界を白い布に塞がれた。


「なんだ!?」

「あれ?ダメ?おかしいな。こうするといいって霞のヤツ言ってたのに」

「なんの話だ!?」


起き上がろうとするけど、布で頭を押さえつけられてて動けない。


「ふうん?雫とやってたんだ。たしかにコレいいかも」


独り言?にしては何かがおかしい。


妙にあったかい。それに甘い匂いがする。これは……?


俺は視線を動かす。


「ん!」


ぴくんと千聖の身体が跳ねた。聞いたことない声に俺は驚いた。


「ちょっと!動くなら動くって言ってよ!」

「はあ?なんで言わなきゃいけないんだよ」

「いいから!次から動くときは言って!いい!?」

「あ、ああ……」


よくわからないがバシバシ叩いてくる千聖に俺は言われるがまま頷いた。


と、また千聖の身体が跳ねる。


「ちょっと!」

「今のはムリだろ!」

「じゃあ次から!今度やったら怒るからね!」


んな無茶苦茶な。


それでも俺を起き上がろうとさせない千聖に俺は諦めて力を抜く。


柔らかい感触が頭の後ろにはまる。


そういやこれなんだ?


「態勢を変える」

「ん。わ、わかった」


また怒られるのはめんどくさいので一応声をかけて俺は身体の位置を変える。


見えたのは限りなく白に近い肌色。パイプのような棒状のものが2本並行に並んでる。どうやら俺はそこに頭を乗せてるらしい。


白い布を光が通してまぶしいくらいだが、俺はそのさらに奥へと目を凝らす。


奥も白。白に近い肌色ではなく、純粋にただの白。


逆三角形に見えるその場所はクッションのように膨らんでいて、いかにも柔らかそうで触ってくれと言ってるようだ。


ただ、奇妙なことに「触ったらヤバいことが起きる」と脳がアラートを出してるのも感じてる。


「なんだこれは……」


好奇心に任せて触るべきか、アラートに従って引くべきか、迫られる究極の選択に唸る。


もう俺の中には霞がどうとか関係なくなっていた。

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