アフター19 「ぶち壊し」

3時間ほど喫茶店でお茶をしばいたアタシたち。


「なんかしょっぱいものが食べたくなってきた」との麻衣の一言でファミレスに場所を移すために喫茶店から出てきた。


「ん~……はあ……」


思ったより長話になってたらしい。固まっていた身体が伸ばされて少し軽くなった気がする。


「近場?」

「でもいいけど、この時間なら涼ん家に近い方がよくない?」

「そう?迎えに来てもらえばよくない?」

「ね。わたしもそう思った」


楓と葵はもういない。あの2人はマンションに帰ってクリスマスのひと時を過ごすらしい。具体的には聞かない。聞いたってどうしようもないし。


ここにいるのは、麻衣と乃愛、それからアタシの3人だけ。


「そういえば花音は?」


ホントなら来てるはずなのに、未だに何の音沙汰もないのが気になった。


「レポートの山で死んでるって。クリスマスプレゼントって言って出されたらしいよ」


そう応えたのは乃愛。どうやらメッセージの送り先をグループじゃなくて個別にしてたみたい。


「うわ……絶対その先生呪われるじゃん」

「ね。リア充どももこれならぼっちだろ。爆発しろって。ほら」


そう言って乃愛がスマホの画面を見せてきた。


相当アタマに来てるようで、句読点すらない長文のメッセージが表示されてる。


「縦読みすると『毛根が死ねばいいのに』ってなってるのが芸術点高いんだよね」

「は?」


言われて探してみると、たしかにそう書いてあって思わず笑ってしまった。


「毛根死んだらハゲるじゃん」

「上の方が結構キてるんだって。ちなみにあだ名はザビエル」


酷すぎる。けど、こんなことされたら自業自得だからアタシは笑うしかない。


「ねえねえ。時間あるなら俺たちと一緒に過ごさない?」


喫茶店の前でそんな話をしてたら男子に声をかけられた。話しかけてきた男子の後ろに2人いるところを見ると、3人組っぽい。


アタシは乃愛と麻衣に目を向ける。


「ん~遠慮しときまーす。行くとこあるし」


麻衣は一瞬だけ考えたフリだけして断った。


「行くとこ?どこ?付いてっていい?」

「や、ダメでしょ」


めんどくさいのに絡まれたなと心の中で舌打ちをする。


「え~?いいじゃん。ちょっとだけだからさ」


そう言って男子の一人が麻衣の手を取った。


「ちょっ!」


気付くと3人に逃げ道を塞がれていた。男子たちの向こう側に視線を送るけど、誰も見向きもしない。目が合っても関わるとめんどくさいのを察してどこかに行ってしまう。


心の中に焦りが浮かぶ。


アタシだけならここから抜けられるけど、麻衣も乃愛もいる。2人を置いてどこかに行くわけにもいかない。


と、視界に端に何かが映った。


「っふ!?」


アタシの前にいた男子がヘンな声を出して急に崩れ落ちた。


「ん。潰れなかった。無念」


聞き覚えのある声にアタシは顔を上げた。


「お前な……少しは加減ってのを……まあいいか」


――なんでいるの?


と、聞くつもりだったのに、声は出なかった。


「ん。偶然通りがかったら困ってそうだったからやった。反省も後悔もしてない」

「雫……」


なんでメイド服を着てるのかとか、手に持ってるダンベルはどこから持ってきたのか、とか聞きたいことは山ほどあるんだけど、全部声にならない。


「いや、もうちょっと角度を抉っておくべきだっただろ」

「む。たしかに。ん。後悔はないけど反省はあった」


創司はポケットから白いプラスチックの紐のようなものを出して声をかけてきた男子たちを後ろ手に絡ませながら留めた。


「これでよし」

「なにやってんの……」


なんかもうメチャクチャ。


助けに来てくれた安心感と、雫のメイク道具を借りてニヤニヤしながら顔にイタズラ書きをしてる創司に笑うしかないので、感情の行き場がない。


無抵抗の人の顔に「ナンパしくじりました」「股間蹴られました」「オモチャにどうぞ」はダメでしょ。


しかもウォータープルーフのアイライナーで書いちゃって。あーあ。


「ん。油性のマジックの方がよかった」

「あれな~。筆箱ん中に入ってんだよな。なんでこう必要ってときにねえかね」

「ん。いつもタイミング悪い」


雫はそう言って創司のカバンの中にダンベルを入れた。ちょっと待って?どこかで見たことあると思ったけど、それアタシの部屋にあるヤツじゃない?


「涼ん家だろ?呼んどいたから」

「ん。邪魔が入ったから延長」


何かを言おうとしたアタシを2人は無視。


言うだけ言って「じゃあな」と創司は言い残して雫と人混みの中に入っていった。


「――ってことがあったの」

「ズルくない?なんでそんな面白いの見せてくれなかったの?」

「薫はおもしろがって書き足すからに決まってるじゃないですか」


迎えに来た執事さんがそう言うと、薫は思いっきり頬を膨らませた。


涼ん家に着いて事のあらましを一通り話したアタシはコーンスープをすすった。


麻衣も乃愛もいるけど、何が起こったのかわかってないみたいで暖炉の前に2人で陣取ってコーンスープをチビチビ飲んでる。


ちなみにあの3人は創司たちがいなくなってすぐ女の人に連れていかれた。


……女の人って見た目だったけど、妙に筋肉質で軽々持ってったような気がするんだよね。なんだったんだろ。


気になるけど、気にしちゃいけないんだろうな。うん。そうしよう。


「当たり前でしょ!?むしろ足さない理由がない!!」


叫ぶ薫に執事さんが頭を抱えてる。


うん。まあ、気持ちはわかる。


なんでそんな自信満々で言えるのかわかんないし。


「ん?あ、あの男どもはハルのお友達が美味しくいただくって。最高のクリスマスプレゼントあり!だって」


胸のところが開いたメイド服から覗く谷間からスマホを出した薫が画面を見ながら言った。


「お友達?」


復活してきた麻衣が話に入ってきた。


「そ、女の子。自称だけど」


自称?女に自称なんてついたっけ?


麻衣も同じことを思ったようでアタシと目が合うと首を傾げた。やっぱわかんないらしい。


「まあ、ちょーっと棒とタマの扱いを知ってるって言ってたけど、細かいことは気にしないで」

「……うん。まあ、わかった気がするけど、踏み込むのは止めるわ」


麻衣の目が遠くを見てる。


やっぱこれ以上踏み込むのは得策じゃないらしい。


薫が返事を打つタップ音と薪の弾ける音だけに変わる。


乃愛はまだ復活できてないみたいで暖炉の火に目を向けたまま。


涼は別の部屋でお勉強の真っ最中でここにはまだしばらく来ない。


なんか声をかけてあげたいけど、言葉が見つからない。


麻衣も麻衣で同じように考えてるようだけど、行動には移せてない。


ふと、そういえばしょっぱいのが食べたくなって外に出たことを思い出した。


揚げたてのカリカリで塩多めのポテトが頭に浮かんで、横にサイダーが出てきた。


「ミスったわ~」


完全に食べそこなったじゃん。くっそ。


「急にどったの?」

「や。しょっぱいの食べるつもりだったじゃん」

「あ~……そうだわ。くっそ。ピザ食べたかったのに」

「作ろっか?」


スマホから薫が顔を上げた。


「作れんの?」

「あたしを誰だと思ってんの。作れるに決まってんでしょ」

「ポテトも追加で」

「りょ」


薫はそう言って部屋から出ていった。


パタンとドアが閉まってまた沈黙。


別に何か話すこともないし、話せる気力もない。


麻衣と目が合うけど、2人だけで話すのもなんか違うよねって感じになってどうしたもんかと目をそらす。


そんな微妙な空気。


けど、それはあっさりぶち壊された。


きゅ~~~ぐるるるるる~~~…………


そんな気の抜けた音で。


「ちょっと。乃愛?」

「わたしじゃない!わたしじゃないよ!?」


いや、アンタ。それはムリだって。


麻衣が雰囲気に耐えかねて笑い転げたのは言うまでもない。

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