アフター15 「衝撃に備えろ」

さわさわと何かがお尻に触れてる。


別にイヤとかじゃない。いや、知らない人だったらイヤだけど、この触り方は知ってるヤツだから別にいい。


目を開けると創司の顔。見慣れすぎて見飽きてるまであるけど、なんだかいつもと違って見える。


「んふ」


アタシの口から笑みが漏れる。


理想とは違うような気がするけど、一気に2段くらい飛んだ気分。


人差し指で創司の唇をなぞる。


起きてるときには絶対できないけど、誰も見てない今ならしてもいいよね?


アタシは顔を引いて創司を見る。


よし。まだ寝てる。


そして創司の奥にいる雫も起きてないか確認しておく。


うん。寝てる。


ただまあ、この姉、妙にカンがいいからもしかしたら狸寝入りしてる気がしなくもない。確認したいけど、あんまりもたもたしてたら創司が起きてしまう。


アタシは意を決して創司に顔を近づける。


寝てる瞬間の無防備なところにつけこむ卑怯な手。でも、今のアタシにはこれが限界。


――……。


触れた。ほんのちょっとだけ。


反応はない。


……まだ行けそう?


そんな雰囲気にアタシはもう一度顔を近づける。


今度は長めに。アタシがちゃんとわかるくらいに。


ん。なんだか足りなくなってきた。


アタシは欲望のまままた顔を近づける。


ガッ――!


何かがアタシの頭を押さえた。


「ん?」


知らないうちに閉じていた目を開けると、白い腕が目に入った。


「ん。おは」


無表情なのに若干眠そうな目がアタシを貫く。


「し〜ず〜く〜!!」


やっぱり狸だった!


完全に邪魔されてその気を失ってしまったアタシは、腹いせにその腕を両手でとって雑巾絞りのように捻り上げる。


「いたたた……」


無表情な顔でそんなこと言っても全然痛そうに見えない。アタシはさらに力を入れて捻り上げる。


「ん。いたい……」


ここまでやってやっと雫の顔がほんのちょっとだけ歪む。


「うっせえなあ。なんだ。朝から」


そんなことをやってるうちに創司が目を覚ました。


「ん。かす――むぐ」


余計なことを言い出しそうな雫の顔に枕を投げつけた。


「なんでもない。気にしないで。気にしたら負け。罰ゲームはご飯4日分奢り」

「はあ?」


「なに言ってんだ?コイツ」みたいな顔をしてる創司を蹴っ飛ばしてベッドから追い出す。


んで、枕に顔を埋めていた雫を突っついて叩き起こす。


「おい。どこから見てた」


我ながらドスのきいた声が出たと思う。


「……」


反応なし。


「あと五秒待つ。正直に言ったらクリスマス創司丸1日自由の権利をしんて――」

「ん。なんか変な笑いしてたところから」

「変な笑いってなに」


そんな笑い方してたっけ?


心当たりがないアタシは首を傾げた。


「ん。あとソウくんの唇をなぞってた」


それは心当たりがある。


――……ちょっと待って?あと、ってことはその前から見てたってことでしょ?


変な笑い……?


頭の中で目を覚ましてからのシーンを巻き戻す。


――……。あったわ。心当たり。ってか、それって……。


「最初っからじゃない?」

「ん。そうとも言う」


アタシは雫の両頬を摘んで一気に引っ張った。


「ひふぁふぁい」

「うるさい。黙れ」

「ふぉいふるふぉふぉふぇっふぇふぁんふぃふぁっふぁ」

「黙れって言ってんでしょうが!!」


誰が恋する乙女よ!!やかましいわ!!


「お前らいつまで……なにやってんの?」


ギリギリと雫の頬をつねるアタシを見て創司が聞いてきた。


「事情聴取」

「ふうん?まあ、雫だしな。しょうがないか」

「ふぁ……」


もういいでしょ、といいたげに雫はアタシの腕を叩いた。


「ん。痛かった」

「握力ゴリラだから加減を知らねえんだよ」

「ちょっと。誰がゴリラよ」


そこまでは強くないっての。最近測ってないから知らないけど。


「ん。でもその代わりクリスマスは丸1日もらった」

「ふうん?まあいいけど」


創司がアタシに目を向けてきた。「お前、そんなこと約束して大丈夫なのか?」と。


「言った以上やる。別にいいでしょ。どうせ順番なんだから」

「ん」


雫が満足げに頷いた。


この件に関してはアタシは1番を狙わない。狙ったところで得られるものは今と変わらないし、なんならほかのことまで気にかけないといけなくなりそうで、むしろマイナスの方が大きくなりそうだから。


てか、この先はお互いに初めて同士だと大変らしいんだよね。だからいいの。このくらいで。


それに聞くだけ聞いて耳年増になってるアタシと違って雫はその辺用意周到のはず。


お互いにしくじって雰囲気悪くなるくらいなら任せられるところは任せてしまう。アタシと雫はそういう風にしてうまく回ってる。


今までもそうだったから、これからも多分この流れは変わらないだろう。


「んよっし。じゃあ、起きて着替えないと」


アタシは雫が被ってる布団を引っぺがしてベッドから出た。


「あ?着替える?なんかあったっけ?」

「忘れたの?澪と穂波の呼び出し」

「ああ。そいや今日だっけか」

「今日なの!いいからさっさとご飯の準備!雫は早く布団から出る!クリスマスの約束なしにするぞ」

「はいはい。ってかもうできてるんだけどな」

「ん……。それは卑怯」


まったく。コイツらは……。アタシがいなきゃ社会で生きていけないんじゃないの?


モソモソ寝室から出ていく2人を見届けながらアタシは「ふす」と息を漏らした。


「霞だ〜!どーん!」

「わあ!?」


アタシを見つけるなり飛び込んできたのは涼。


「あ〜……いい。この感じ。癒しだわ〜」


グリグリ顔を埋める涼の声にアタシは笑みが溢れる。


「はいはい。どーも」

「ん〜……この雀の涙しかない感じ。久しぶり〜」

「おい」


半年ぶりに聞いたセリフとは思えないんだけど。


「ん。でも1つサイズ上がった」

「そうなの!?」


雫の声に涼はガバッと顔をあげた。


「……これで?」

「ちょっと?」

「……偽物とか?」

「ん……。かもしれない」


失礼すぎなんだけど。


「偽物じゃないし詰めてもないから」

「え〜!ウッソだ!」

「そんなに言うならもう触らせないから。お触り禁止」


ぺたぺた触ってくる涼の手を掴んで胸から離す。


「あ〜ケチ〜」


久しぶりに見た涼は随分大人っぽくなってたけど、言動は昔のまま。


……ん?ってか、ちょっと待って?


「雫。ちょっと持ってて」

「ん。私も気になってた」

「ふえ?」


掴んでた涼の手を雫に渡してアタシは涼のコートの中に手を差し込む。


「ウヒ」


くすぐったがりの涼が身をよじる。


「んっ」


アタシの手が目的の場所にたどり着くと、涼の身体がぴくんと反応した。


けど、アタシはそれどころじゃない。


「は?」


手に触れる感覚がおかしい。


「や……え?」


なんか明らかに丸い何かがある。


「ん。どう?」

「ちょっと待ってて。え?あれ?」


コートの中をあちこち触ってみる。うん。明らかにおかしい。


「なにやってんの?」


と、そこに楓がきた。


「ちょうどいいや。楓、雫とチェンジ」

「は?なに?」

「ん」


両手を掴まれたネコみたいに涼はデローンと無防備な姿を晒す。


「やっぱおかしい。バグじゃないの?」

「バグじゃないよ!?現実を見て!!」

「ん。やっぱり?」

「嘘だと思ったら触ってみて。アンタが思ったなら事実だわ」

「ねえ!聞いてる!?」


涼が何か言ってるけどアタシと雫は無視。


「ん。じゃあ……」


雫はアタシがやったようにコートの中に手を入れる。


一発でたどり着いた雫の顔に衝撃が走った。


「ん。これはビックリ。ちゃんとある」

「当たり前でしょ!?なに言ってんの!?」

「しかも両手上げてるのに上にズレてない」

「は?ウソでしょ?」


アタシはもう一度コートの中に手を入れて確かめる。


ホントだ……。まじで上にズレてない……。


「ん。霞」

「なに」

「これは現実。受け止めて」


っスー――……。


アタシは天を仰いだ。

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