アフター14 「あ、ハマりそう」

何かで塞がれたわけじゃない。ぶつかったわけでもない。


ただ、触れたというには長く、何かを感じるというには短いくらいのほんのわずかなひととき。


そんな時間を経てアタシは離れた。


「……」


なにか言いたい。けど、何を言えばいいのかわからない。


流れる沈黙に耐えられない。けど、逃げようにも創司の頭が乗っかってて動くことすらできない。


「あ~……」


声は出た。でも言葉は全く出ない。


「ふ」


そんなアタシを見てなのか、創司が肩を揺らした。


「くく……」

「……なに」

「いや、なに。こんなにあっさりやられるとはなあって思って。ふ……くくく……。しかもテンパってて覚えてないだろ」


なんでわかんの。


「途中から心臓がバックンバックン言ってたぞ」

「は?聞こえてたってこと?」

「そりゃこうしてればわかるだろ」


創司はアタシの太ももを枕にしたまま見上げてくる。よく見たら右の耳がアタシのお腹にくっついてる。


「もしかして最初から――や、言わんでいい」

「ああ。妄想に入った瞬間から最後までばっちり」

「言うなって言ったでしょうが!!」


アタシはグーを創司の腹に叩きこむ。が、固い感触に阻まれてしまった。


「クッソ!腹筋に力入れやがって!」

「お前のやることなんざお見通しだっての。ざーこ」


言い方がマジでムカつく!


クッションでぶっ叩いてやりたいけど、手近なところにクッションがない。


「くっそ!」


創司の記憶を消し去ってやりたいけど、どうしようもなくてアタシは悪態をつく。


「くっくっく……やっぱ霞だなあ」

「はあ?」


――ちゅ


2度目は完全に不意打ち。してやられた。


「ふ。そうかそうか」


なぜか満足気な創司。


アタシの頭をポンポンと軽く叩いてうんうん頷くとリビングから出ていってしまった。


「あれ?」


続きは?


と聞きたいけど、リビングに残されたのはアタシだけ。


創司はどこかに行っちゃったし、雫はお風呂に入ったまま出てこない。


「ええ?これで終わり?」


ってか、あれ?マジでやったの?あたし。


1回目も2回目もほとんど記憶がないんだけど。


ってか、ええ?


なんかわけわかんなくなってきた。


夢なら覚めてほしいけど、なかったことにしたくないから覚めてほしくもなくなってきた。


なんか果てしなく矛盾してることを言ってるような、よくわかんないこと言ってるのはわかる。わかるけど今はそんな気分。


どうしようもない気持ちに叫びたくなるけど、ここはマンション。防音はそれなりにしてるけど、アタシの肺活量で叫んだらさすがに貫通してしまう。


「うん。まずは落ち着け。ひとまず落ち着こう」


吸って―。吐いて―。


アタシは深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


けど、目を閉じて深呼吸をしたのが悪かった。直後にあのシーンが頭の中に蘇ってきた。


「あー!!」


消したい!でも消えてほしくない!!


「なにやってんのお前」

「――っ!?」


喉元まで出かかった悲鳴を手で塞いで押しとどめる。


創司はそんなアタシを見て肩を揺らす。


「ふ。くくく……」


ってか、なんで創司は平常運転なんだろう。


結局どっちからしたのかわかんないけど、お互い初めてのはずなのに。


アタシばかりがあたふたしていてなんだかムカついてきた。


「あ~……おもしろ」

「どこが。全然面白くないんだけど」


八つ当たりじゃないけど創司の肩に行き場のない思いを頭突きに変えてぶつける。


「痛いっての」

「ムカつく。ムカつく~」


ゴスッ!ゴスッ!


頭突きしてるアタシの方もそこそこ痛いけど、やればやるほど気がラクになっていく。


「サンドバッグじゃないんだけど」

「うっさいな」


数えきれないくらい頭突きをかましてると、雫がお風呂から出てきた。


「ん。出た」

「はいはい。じゃあ俺も行ってくるか」


創司はアタシの頭にぽんと手を置いてリビングを出ていった。


「ん。なにかあった?」


リビングのドアが閉まると、雫がアタシに聞いてきた。


「なにかってなに」

「ん。ソウくんの様子がヘン」

「ヘン?」

「ん。してやられたって顔してた」


アタシにはそうは見えなかったのに、雫には見えたらしい。


言うべきか、このまま放置しておくかアタシは迷う。


あれだけの出来事を今さら事故だのなんだのなんてごまかすつもりはない。


なによりこの創司激ラブな姉を出し抜いた事実は何より大きい。


「別に何もなかったけど」


けど、アタシはあえて何も言わなかった。


どうせこの姉のことだ。隠したところですぐにバレる。


けど、その間はアタシの方が先に進んでる優越感に浸れる。


「ふ」


珍しく雫の表情が動いた。


「ふふ……」


なんか急に笑い出したんだけど。こわ……。


「ん。霞がそれならそれでいい」


ポンポンと軽く頭を叩いてきた雫にアタシは戦慄を覚える。


――もしかしなくてもバレてない?


一瞬。ほんの一瞬だけど、アタシにそう思わせるには十分だった。


「ん。霞が先にする方がいいかなって思ってたけど。ん。なら、私もいいかな」


いや、バレるの早すぎでしょ。エスパーかよ。


「ちょっと。まだ何も言ってないんだけど」

「ん。口から出てないだけ。バレバレ」


雫はそう言ってアタシの唇に人差し指を当てた。


「ん。一番最初はあげた」


澄んだ雫の目にアタシの顔が映る。


見る人が見れば事案な気がするけど、アタシは雫の目に吸い込まれるように見入ってしまう。


雫はそんなアタシを気にすることなく、まるでそうであるのが当然のように宣言する。


「だから残りは全部いただく」


――ちゅ


ほんのわずかに。そう。ほんのわずかに聞こえた3度目。


「あ、アンタ……」

「ん。次は一緒の方がいい?」


おでことおでこをくっつけてまた奪われた。


わかってたけど、この姉。守備範囲広すぎ――!


2度、3度と奪われてなんだか力が抜けてきた。


「ふあ……」


声が漏れる。


また雫の顔が近づいてきた。


――ああ。また……。


そんな風に目を閉じたアタシをスパン!と小気味のいい音が呼び戻した。


「やり過ぎだバカ野郎」

「ん。痛い……」


目を開くと頭を押さえる雫とその後ろにお風呂上りの創司の姿があった。


「少しは自重しろ」

「ん。でも――」

「デモは機動隊が鎮圧した。いい加減お縄につけ」

「むう」


知らないうちに上を取られていたアタシから雫が動いた。


「ん。クリスマス」

「予約入ってんな」


雫は「クリスマスにやれ」って言ってるんだろうけど、創司の答えは斜め下。


「むう……霞としたくせに」

「そうだなあ。どうだ?先を取らせた感想は」

「ん」


創司に聞かれた雫はまだ動けないアタシを見下ろした。


「これが寝取らせ」

「ちょっと!?」


あんまりな答えにアタシは飛び起きた。


「ん。燃え上がるのもわからなくない」

「ふうん」

「でも、ソウくんはダメ。やったら誰かが刃物持ってくる。順番は守って」


急に刃物とか物騒なこと言ってる雫にアタシはビビる。


ってか、創司のヤツ、感想は?って聞いてるってことはこうなることがわかってたってこと?


「ねえ」

「あ?」


アタシは思い切って聞いてみる。と、答えは雫から返ってきた。


「ん。私からお願いした。いつも先にしちゃうから」

「ってことだ」


なんか力が抜けてきた。


「でも遅かったな。実家にいるときにしてくると思ったんだけど」

「は?」


創司の言葉に耳を疑った。


「ん。霞は勢いがないとムリ」

「助走に時間かかり過ぎだろ」


創司が近づいてくる。


耳元に差し込んでくる手の温度を感じて目を閉じる。


触れる。そして感じる別の温かさ。


ああ。満たされる。


乾いたスポンジに少しずつ水を含ませるように。アタシの心に何かを満たしていく。


そこで気付く。


好きという感情に。


ああ、これが恋か。


たしかにアタシには言葉じゃわからないわ。


「ふ」


声が漏れる。


創司を感じながらアタシはその深みに落ちていった。

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