アフター12 「隠してた趣味がバレた瞬間てこうなるよね」
家に着くと見慣れた靴が左端に一足だけ出ていた。
創司はその隣に立ってアタシの方を向いて靴を脱ぐ。同じようにしてアタシも靴を脱いで中に入る。
「ん。おかえり」
創司がリビングへと続くドアを開けると、向こう側から雫の声が聞こえてきた。
「思ったより早かったな」
「ん。なんか急に彼氏が来るって解散になった」
「彼氏?誰の?」
創司は流れるように雫の膝枕に横になった。膝枕と言えば聞こえはいいけど、実際はワンピースの中に頭を突っ込んでて傍から見るとヘンタイというより頭がイカレてるようにしか見えない。
「ん。どっちも」
それを受け入れてる雫も雫で、やっぱり頭がおかしい。まあ、5年もやってるから今さら突っ込む気にもならないからいいんだけど。
「惚気るだけ惚気て帰ってった」
「それはまあ……」
そう声に出したのは創司だけど、アタシも同じ感想を持った。
「遠距離なんだっけ?」
「ん。って言っても電車で1時間くらい」
「それって遠距離……?」
「ん。それは私も思ったけど、本人たちは1時間でも遠いって」
「ふうん」
電車で1時間の距離か。
中学だったらそんなに距離があればそもそも学区が違って付き合うどころか知り合う機会もないけど、高校になると少しだけ可能性が出てくる。
ありもしない仮定だけど、創司と会うのに1時間かかるところに住むってのを考えてみる。
帰って1時間。その上次に会うのも半年くらい間が空くと考えると……。
「まあ、遠いっちゃ遠いね。頻繁に会えるなら別だけど」
「ん。穂波も同じこと言ってた。でも大人になるともっと減るって」
「余計な現実見せるんじゃないよ。まったくあのオトナどもは」
なりたいとは思ってないけど、余計に大人になりたくなくなる。
「ん。同感」
そこでふと思う。
この姉は大人になったとき、創司から離れてなにかできるのだろうか、と。
今と高校時代は言わずもがな、ほかの人たちにからかわれるからって疎遠になった中学時代ですら雫の行動理由は創司だった。
大学だってその気になればもっと上に行けたはず。
ここだけの話、本人は無意識なんだろうけど雫はこれまでのすべてのテストで本気を出していない。創司の少し下になるようにわざと調整してる。
それもこれもすべては創司と一緒にいるため。
先生からなんて言われようと関係ない。
ずっと一緒だからわかる。
この姉の生きる理由のすべては創司だ。
「スカートの中に頭突っ込んでるヘンタイのどこがいいんだか」
「ん。霞。ブーメラン」
ほら。ちょっと漏れただけなのに聞こえてる。
本人は無自覚に、けれど相手には的確にその差を見せつけてくる。
実は創司に浮いた話が出ないのはこの姉のせいでもある。常にべったりと引っ付いて離れないし、仮にそんな雰囲気を見せようもなら文字通り圧倒的な差を見せつけてその気がなくなるようにする。
それが雫。
味方であれば心強いけど、敵に回ったらこの姉ほど怖いものはない。
みんなは序列なんて言ってるけど、実際はそんなものはない。
ホントは雫が一番上であとはアタシを含めて横並び。それでも成立してるのは、みんながそれでいいと納得してるからだ。
「はあ」
アタシは創司の足を枕にして横になる。柔らかい雫の太ももと違って創司のは固い。けど、アタシにはちょうどいい。
アタシと入れ替わるように雫は立ち上がってキッチンへ。いつもより少し早いけど、久しぶりにみんなが集まるから大量に作るつもりなんだろう。
キッチンから締め出されてるアタシは同じように寝っ転がってる創司と一緒にエプロンをして髪を後ろにまとめる雫を眺める。
こうしてみると、新婚の若い奥さんみたいに見えるのはなんでだろ。
「なんか嫁って感じだよな」
「なんでアンタがそれを言っちゃうかな」
雫には聞こえない声で、けれどお互いには聞こえる大きさでアタシと創司はつぶやくように話す。
「理想と言えば理想なのかもしれんけど、なんか理想すぎてあんまよくねえんだよなあ」
「はあ?欲張りすぎじゃない?」
「お前だってわかるくせに」
そう言われて言葉が詰まる。
それが理解されてる何よりの証拠だとわかると、胸のどこかがむずがゆくなってくる。
「理想ならこのまま裸エプロンでもさせる?」
「もうやった」
直ぐ返ってきた答えにアタシは止まる。
「やったってか、ほら、先週お前がいなかったとき。大学から帰ってきたらそれでよ。マジでビビったわ」
「……」
なんというか、我が姉ながら恐ろしすぎる。
「なんかヘンなサービス頼んだっけ?って言ったら、『ん。エプロン新調したからやってみた』だってよ。ちょっと散歩に行ってくるみたいな感じで」
「そんな理由でできるもの?」
「俺が聞きてえわ」
もっともな返しにアタシは言葉が出なかった。
え?そういうのってそんなお手軽気分でできるモノなの?
「でもまあ、お前だってドヤ顔で下着見せてんだから人のこと言えねえけどな」
「え?別にフツーでしょ。アンタが女子の下着見るくらい」
アタシが見せなくたって楓とか涼が見せてんじゃん。まあ、あの2人は見せてるってか、じゃれ合ってる勢いで見えてるだけだけど。
「一般的にって話だよ。俺を一般人にさせろ」
「アンタが一般人なんてムリでしょ。スカートの中に頭突っ込んでスーハ―するだけなら500歩譲っているとしても、そのまま寝るのはこの世界でアンタだけ。一般人はそんなことしない」
「そうかなあ?結構いいと思うんだけど。ほら。パンツが見えた~って一喜一憂してる割に付き合えばそんなの興味ないみたいになるじゃん」
「じゃん」ってなに。ってか興味持ってよ。
とは口が裂けても言えるわけなく。
アタシはなんだか急に語りだした創司にジト目を向ける。
「どうした?」
「や。やっぱイカレてるなって」
「お互い様だろ。雫は普段あの見た目だからいいけど、お前はそれだぞ?」
創司はそう言ってアタシを指した。
や、正確にはアタシではなくアタシがいるところの床。
うざったくて脱いだ服が置きっぱなしになっていた。
「だってこの方がラクだし」
床暖房であったかいし、住んでる場所は高層階で窓の向こうは何もないから別に脱いだって問題ないはず。
「ラクとかそういうんじゃねえんだよなあ。どうすんだよ。配達が来たら」
「雫かアンタに丸投げに決まってんでしょ」
さすがにこのまま出るほどアタシはヘンタイじゃない。
「手が離せなかったら?」
「離れるまで待ってもらう。そのくらいできるでしょ。社会の犬なんだから」
「お前な……怒られても知らんぞ」
「そもそもそんなタイミングで来るのがおかしい。何のための時間指定だと思ってんの?ちゃんとしてるときに受け取れるように発注してよ」
「なんで俺が怒られてんの?」
創司は釈然としない顔で首を傾げた。
けど、配達か……。
アタシはキッチンに目を移す。
「――あのまま雫が出てきたらなんか仕込みだと思ってもおかしくないよね」
「否定はしねえけど、お前も見るんだな」
そう言われて創司の方に視線を戻す。なんかニヤニヤしててムカつく。
「なに?別に見てもいいでしょ」
「別にダメなんて言ってねえだろ。履歴は消しとけよ?いつ親が突撃してくるのかわからんからな。ちなみに雫にはバレてるぞ」
「はあ!?」
なんで!?いつのまに!?
アタシは雫を見る。
なんか頷いてるんだけど。え?マジで?いつから?
「ん。最近の趣味は――」
「あああああああ!!!言うな!その口を塞げええええ!!!」
アタシはソファーから飛び起きて雫の口に白菜を突っ込んだ。
マジで危なかった……。自重しよ……。
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