アフター11 「実はデート。気づかぬは本人ばかりなり」
麻衣と別れて少し。
アタシは繁華街を抜けて人通りの少ない道に出る。
外はまだ明るいけど、もう少しすると少しだけ夕焼けが見えてあっという間に夜がやってくるような時間。
高校時代ならこの時間でも誰かに誘われてどこかに行ってたけど、今はそんなお誘いもほとんどない。
ひっきりなしに鳴っていたスマホも随分と静かになり、充電の心配をすることも少なくなった。
「はあ」
一人だと冬はやっぱりいつも以上に寒く感じる。
この生活になって冬は2度目だけど、いつも一緒にいた2人がいないのはまだ慣れない。
「って言っても帰ればいるんだけど」
なんてアタシは見えてきたマンションに頬が緩む。
今日は雫が珍しく友達に誘われたとかでいない日。
創司は特に予定がないからヒマって言ってたっけ。
エントランスの前まで来たところで見慣れた人影を見つけた。アタシは中に入って声をかける。
「どこに行くの?」
「ん?なんだ。もう帰ってきたのか?食料を買いにな」
創司はそう言ってぺったんこなズタ袋を見せてきた。
「一緒に行ってもいいよね?」
「ダメって言っても付いてくんだろ」
「もち」
そう言ってアタシは創司のコートのポケットに手を入れる。
「つめたっ!おま……!」
「外にいたんだからしょうがないでしょ」
「しょうがないで突っ込むかよフツー」
口ではブチブチ文句を言ってるけど、ポケットの中にはしっかりカイロが入っててアタシに握らせてくる。
「あ~あったか。ねえ。反対側もあるんでしょ?」
雫も創司のポケットに突っ込むから何となくで聞いてみると、眉をひそめた。
「お前な……。俺から取る気かよ」
ビンゴ。さすが慣れてるだけある。この様子だとたぶん予備も持ってるだろうな、と思ってアタシは続ける。
「取らない。借りるだけ」
「お前のそれは取るのと変わんねえんだよ」
「ほら」と右のポケットに入れてたカイロを渡してきた。
「ん」
受け取ってそのままコートのポケットに入れる。
は~。あったか。
来た道を戻ってるけど、感じる温度は全然違う。
「ふふ」
「なんだ急に。気持ち悪い」
なんとなく気分がよくなって声が漏れただけなのにこの言い草。デリカシーのカケラもない。
「気持ち悪いって失礼すぎ。いいでしょ。別に」
「なんもないところで急に笑ったらビックリするだろうが」
雰囲気ぶち壊しな創司のセリフにムカついてアタシは蹴りを入れた。
「いって!DVだDV」
「うっさい!人がいい気分なのぶち壊しやがって!ふん!」
なんだかさらにムカついたからもう一発。さっきと同じところを、けれどさっきより力を入れて。
「痛いっての!」
「痛くしてるんだから当たり前でしょ」
「ほーん。ライン越え。回収しまーす」
そう言って創司はアタシの左のポケットに手を突っ込んでカイロを取ってしまった。
「あ!ちょっと!」
「あ~あったけ~」
何なのコイツ!ムカつく!!
もう一発蹴りを入れようかと思ったけど、右のカイロも取られたらシャレにならない。
仕方なくカイロをポケットから出して両手で包み込むようにして暖を取る。
「さむ」
吹き付けてきた冷たい風にアタシはマフラーを口元まで覆う。
隣を歩く創司も寒そうにしてる。
ふといいことを思いついたアタシは創司の後ろに回る。
「あ」
「おい」
お互いに声が出たのはほぼ同時。なんとなく通じ合った気がしてうれしくなる。
「人を風よけにすんな」
ほら。やっぱりわかった。その事実がアタシの頬をさらに緩ませる。けど、そんな顔は見せたくない。
「いいでしょ。アタシよりデカいんだから」
アタシは「早く行け」と頭でグリグリやって創司の背中を押す。
「はあ。まあいいか」
そう言って創司はまた歩き出した。心なしかいつもよりペースが遅いのは、アタシがちゃんと付いてきてるか気にしてるんだろう。
小さいことだけど、そんなことでもうれしい。
「痛いっての。頭突きすんな」
「うっさいな。黙って歩け」
「まったく……」
なんかさっきまで恋がなんとか~って言ってたけど、なんだかどうでもよくなってきた。
こうしてられるなら何でもいい。
この気持ちに名前を付ける必要はない。
アタシはそう思った。
外を歩けばカップルが多いように見えるけど、スーパーに入るとその姿は一気に少なくなる。
「こんなもんか。なんか食いたいのあるか?」
「ん。大丈夫」
創司は来るときに食材って言ってたけど、買い物かごの中にあるのは調味料ばかり。
「なんか学生の買い物かごって感じじゃないよね」
「あ?そうか?」
創司はそう言って買い物かごに目を落とす。
「だってさ。作るってより買う方じゃん。フツー」
「あ~……あっちな~」
創司はかごから惣菜コーナーに視線を移す。
「なんだかんだ高いんだよな。作る手間を考えても」
「そう?」
「あと飽きる。1週間ごとに飽きるからマジで困った」
「あ~……」
言われて見て思い出した。
創司は雫が創司のところに行くまでずっと惣菜か冷食生活をしていた。
雫が料理できるようになってたのは知らなかったけど、おかげで同居生活ができるようになったんだっけ。
「じゃあ、雫様様だね」
「ホントにな」
会計を済ませてズタ袋に入れていく。
「なんか二度見してたね」
「そりゃ3が4つも並んだらビビるだろ」
「狙ってやった?」
「んなわけねえだろ。バカ」
レシートを見るとたしかに3が4つ並んでる。
アタシがかごに入れたお菓子も入っててホントに一緒に買い物に来た証拠にうれしくなる。
「ふふ」
「あれ?霞?」
レシートを創司に返して手伝ってると、声をかけられた。
振り向くと数人の男子がいる。
「なに」
「わ。マジで霞じゃん。なになに?この辺に住んでんの?」
「バカ。いきなりそんなこと聞くなよ」
「アンタには関係ないでしょ」
陽キャな男子たちにアタシの機嫌は急降下。言葉の端にささくれだった何かが出てしまう。
「ヒマなら俺たちと飲まない?」
「ヒマじゃないんだけど。見てわかんないの?」
アタシは創司の腕を引く。
「ん?ちょっと待て。もうちょっとで入れ終わるから」
アタシが絡まれてるのに創司はお構いなし。ムカつくから足を踏み抜いてやった。
「いってーな。DVは捕まるつってんだろ」
「うっさいな。いいからさっさと終わらせてよ」
「へーへー」
最後の1つを入れ終わると、創司は男子たちを無視してそのままスーパーを出た。アタシも置いてかれないように腕を掴んで付いていく。
「あれ?ちょっと!?」
流れるように出てきたから男子たちの声が後ろから聞こえてきた。
「知り合い?」
「なわけないでしょ」
「だろうな」
たったそれだけの短いやり取り。けど、創司にはそれだけで十分だったらしい。
アタシたちは後ろから響く声を無視して人混みに紛れた。
「反応しなきゃよかった」
条件反射とは言え、反応してしまったことにちょっと落ち込むと、ポンと頭に手が置かれた。
「名前呼ばれたらしょうがねえだろ」
「そうだけど」
頭に置かれた手に触れる。ちょっとゴツくて大きい。
「ふん。お前がんなことでぶつくさ言ってんのも珍しいな」
「はあ?そんなことないでしょ」
いい気分なのをぶち壊されたんだからご機嫌ナナメになってもおかしくないと思う。
と、目の前に串に刺した肉が出てきた。
「なにこれ」
「肉。見えねえのか?」
「見えるに決まってんでしょ。いつ買ったのって聞いてんの」
「さっきそこで」
と、創司は後ろを指した。
振り返るとたしかに串焼きの肉だけを売ってる店があった。
「いつの間に……」
「食わねえなら俺が食うぞ」
「食べるに決まってんでしょ」
塩コショウがよく効いた肉に舌鼓を打つ。
「うっま。え、もう2本食べたいんだけど」
「帰ったらな」
創司の言葉に首を傾げると、右手にビニール袋が握られていた。
「ふ」
「なんだ」
「べつに」
たぶんみんなで食べる用に買ったんだろう。けど、帰るころにはキンキンに冷えてるはず。
出来立てを食べられたのは、アタシと創司だけ。
やっぱりアタシと創司はこれでいい。
ヘンに名前を付けておかしくなるくらいならこのままがいい。
創司の左腕に抱き着く。
いつものことだと思ってるのか創司は何も言わない。
うん。やっぱりこれでいい。
アタシは深く考えるのを止めた。
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