アフター10 「彼氏持ちの言葉は違う……?」

「で、今度はわたしのところに来たって?」

「ほかに聞く人いないし」

「はあ……」


麻衣は思いっきり溜息を吐いた。


「しょうがないでしょ。あの2人に付き合ってたらアタシが病気になるっての」

「まあ……付き合いたて、ってほどでもないけど、ベタベタだもんね」

「ホント。あ~……思い出しただけで口から砂糖が出そう」


べ、と舌を出すと、麻衣は苦笑した。


「麻衣は会ったの?」

「楓の彼女?会ったってかわたしの友達」

「は?」


「あ、それ、一口ちょうだい」とフォークを伸ばしてきた麻衣に食べかけのケーキを差し出す。


「うっま。やっぱ月一でこういうのやりたいよね」

「食べ放題?いつもやってんじゃん」

「そうじゃなくて。みんなで集まるんじゃなくてってこと」

「あ~……」


言われてみればアタシはいつもいろんな人に囲まれてる。一人になる時間といえばお風呂に入ってるときくらい?それ以外は雫か創司がいるし、ほかにも楓とか麻衣とかバレー部以外の子だっている。


「でもまあ、別に不自由してないからねえ」

「だからこうなってんじゃん。恋ってなに?なんてイマドキ中学生どころか小学生でもわかるんだけど」

「ぐう……」


刺すようにフォークを向けられたアタシはかろうじてぐうの音だけは出せた。


「じゃあ、わたしが知ってるかって言ったらそうでもないんだけどね」


頭を抱えてるアタシに麻衣はシレッとした顔で言った。


「は?なら人のこと言えないじゃん」

「少なくとも恋がどういうのか、くらいは知ってるから霞よりはマシってだけ」


なんか1歩、いや、10歩くらい先に行かれてる気がしてなんとも言えない気分になる。


「へえ?どういうの?」

「ん~……」


麻衣はアタシから視線をそらして考える。


「アンタにわかるように説明すんのめんどいな」

「ちょっと。まるでアタシのことバカって言ってるみたいじゃん」

「バカでしょ。実際。知ってるよ?赤点スレスレで通ったの」

「誰から聞いたの?」

「旦那」


麻衣は高校を卒業した後、なぜか創司の呼び方を「旦那」に変えた。


なんで変えたのかは知らない。


本人にも聞いたけど、「これで1歩先に進んだ気がするじゃん?」とかわけわかんないこと言ってごまかされた。


ちなみにその場に雫もいたけど、反応はアタシと同じ。けど、なんか違う、気がしてる。気のせいだと思うけど。


ってか、今はそんな話をしてる場合じゃない。


「アイツ……帰ったらぶちのめす」


言うなって言ったのになんで言うかな。全く。


それもこれも進学した大学が別になったせいだ。


けど、雫みたいに頭がいいわけじゃないアタシが創司が行く大学についていくわけにはいかなかった。おかげでここ最近はなんかが足りない気分になってる。


「あ~……」


アタシが強い決意で握りこぶしを作ると、麻衣から声が漏れた。


「なに」

「や。ちょうどいいのがあったなって」

「はあ?」

「バかすみでもわかる、『恋ってなに?』って話」

「ちょっと?なんかヘンなの付いてなかった?」

「付いてない付いてない」


ケタケタ笑いながら麻衣は席を立った。アタシも一緒に席を立ってケーキのおかわりを取りに行く。


「まったく」


バカじゃないっての。アタシが本気を出すのが決まってるだけ。


「ん~でもさ。霞」

「なに?」

「そんな大したもんじゃないよ?気付くかどうかなんだから」

「ふうん?」

「振り返ったとき後であーコレが?ってなるし、真っ最中だったらそんなこと考えてる余裕だってないと思う」

「なにそれ。じゃあ、今恋してたらわからないってこと?」

「わからないとまでは言わないけど、アンタにそこまで考える余裕があるとは思えないかな~。ほら。決めたら真っ直ぐ突き進むタイプじゃん。アンタって」


言われてなんかストンと何かが落ちた気がする。


「だいたいアンタはうだうだ考えたとこで大したことできないでしょ」

「そんなこと」

「抱き着いてキスするって想像すらできないのに?」

「そのくらいできるっての」


と言ってもアタシができるのは、アタシがーーじゃなくてドラマの役の人同士のだけど。


「ふ」

「なに」


クスクス笑う麻衣にジト目を向ける。


「やっぱ霞はこうだよなーって」

「なに急に。失礼すぎない?」

「だって想像するの自分じゃないでしょ?」


ドンピシャに当てられて声が詰まった。


「やっぱねー!そうだと思った!」

「待って。違う。アタシだってやればできるっての」

「そう言ってできなかったんでしょ?楓んちで」


今度こそぐうの音も出なかった。


ダメだ。どう言ったって麻衣には勝てない。これが恋愛経験者か。強すぎる。


「旦那も雫にやってるのを霞にやったらいいのにね。あ、その前に腹パンされてぶち壊されるか」

「アンタ、アタシに恨みでもあんの?」


さすがに腹には入れない……はず。たぶん。


や、もしドラマみたいな雰囲気になったら耐えられなくなって足は踏み抜くかもしんない。うん。絶対やるわ。


「ね?霞は口で言ってもわかんないんだって。わかったでしょ?」


麻衣はそう言ってアタシの肩を突っついてきた。


なんか同じやり取りを3回もして疲れてきた。


「わかんないことがわかった。って?」

「そっそ。それだけでも進んだんだよ。わかんないなら別の手段が取れるでしょ?」


別の手段、ねえ。


「なんかあるわけ?」

「ほかの手段?ん~……ない」


アタシはトングで取ったケーキを勢い余って潰してしまった。


「ちょっと!」

「ごめんごめん。それ、わたしが食べるから」

「まったく」


そう言ってアタシは半分に潰れたケーキを自分のと麻衣の皿に置いた。


「だってほかの人と付き合うって選択肢はないでしょ?」

「ない。ってか、そもそも興味ないのに一方的に好意を向けてくるヤツと一緒の空間にいたくない。気持ち悪い。鳥肌が立つわ」

「辛辣すぎて笑う」


大マジで言ったのに、麻衣はケタケタ笑った。


「笑い事じゃないんだけど。聞いてよ」

「聞く聞く」


それから皿に乗りきらないほど乗せて戻るまでアタシは麻衣に愚痴を言い続けた。


「よくそんなに覚えてるね」


麻衣は一番最初に皿に乗せたケーキを口に入れながら言った。


「覚えてるってか忘れないくらいインパクトがあったってだけでしょ。実際にはもっといたんじゃない?記憶に残ってないだけで」

「あ~そっか。そうだよね」


本人たちは勇気を出して覚えてもらおうとしたんだろうけど、アタシにとってはこの程度。麻衣に話した人たちもそのうち別の誰かに上書きされて記憶のかなたに消し飛んでしまうだろう。


「なんだかんだやっぱ旦那が強すぎんだよ。アンタたち双子が自分らの好きな男子にしたんだから。そりゃ勝てるわけないって」

「そーかなあ?」


でもまあ、言われてみればいい寄ってくる男子を比較するのはいつも創司だ。比べるのはよくないって思ってても結局どっちがいいか選ぶ以上、比較してしまう。で結局創司が勝つのだ。


「ウチらもまとめて相手にしてるんだよ?アンタにできる?」

「できるわけないでしょ」

「だから最強なんだよ」

「そーかなあ?」


最強の割には雫への振れ幅が大きすぎると思うけど。


なんて思いはじめたらなんだかイラついてきた。


そろそろ帰ってあのバカをボコさないと。


「ふ」


と、麻衣の笑い声が漏れ聞こえた。


「なに」

「ツンデレも大変だなって。たまにはデレてあげなよ?ツンばっかだと飽きられるぞ」

「誰がツンデレかっての。ツンでもデレてもないんだけど」

「はいはい」


麻衣のニヤニヤ顔がムカつく。


「は~やっぱわたしは3位くらいが妥当だな~」

「急になに言ってんの?」

「こっちの話。上があたふたしてるのを下から見てる方が面白いや」


最後、麻衣が何を言ってんのかわかんなかったけど、とりあえず収穫はあった。


「わかんないことがわかった、か」

「ウチらからすればしょーもない話だけどね。霞にとっては偉大な一歩かもね」


そうかな。そうだといいな。


あたしはそう思いながらニヤニヤ顔の麻衣の脚を蹴飛ばした。

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