アフター9 「恋愛偏差値はポテチ」

「好きです!付き合ってください!」


何度目だったかもう数えるのも億劫になるくらい言われた言葉にアタシは心の中でため息を吐く。


目の前にいる男子は勇気を出して言ったんだろう。それはわかる。わかるけど、それだけ。


どこの誰かもわからない、ただ一方的に寄せられる好意に嫌気が差してくる。


「はあ……」


呼び出されたからこうなることはわかっていたし、終わらせるのも役目だと思って付き合うけど、それにしたってこう何度も来られても飽きてくる。


こんなことになるんだったら帰って創司と練習をしてた方がよっぽどマシだったかも。


そう思ってしまうくらいなにもない。


誰もいないところに呼び出されたからここにいるのはアタシと目の前の男子の2人だけ。


話すだけで緊張するなら諦めた方がいいんじゃないの?


なんて思うけど、初対面ならしょうがないか。なんて、どーでもいいことを思うくらいアタシと目の前の男子の間にはなにもない。


告白なのか、宣言なのかわからない声の残響もなくなり、耳に入ってくる音はほんの少しだけ聞こえる都会の喧騒だけ。


「……あの?」


沈黙に耐えかねた男子が顔をあげた。


「え?ああ、ゴメン。よくわかんないのに付き合ってって言われてもーー」

「じ、じゃあ!友達!友達から!」


差し出してくる手に無意識で身体が引いてしまう。


はあ……。


何度目かわからないため息をまた吐く。


今度は実際に出てしまったらしく、白いモワモワが目に入った。


これで付き合う理由はなくなった。


「や、友達は別にいいかな」

「そんなこと言わずに!」


興味ないって暗に言ってるつもりだけど、男子はそんなこともわからないみたい。


はあ……。めんどくさ……。


吐く息が白くなるくらい寒いのに、いつまでここにいるんだろ。


と、アタシはどうでもいいことを考えてしまう。


真冬と言うにはまだ早いけど、12月ともなるとさすがに寒い。


と、コートのポケットに入れていたスマホが震えた。


「あ、ごめん。用事ってそれだけ?」

「え?まだ返事ーー」

「答えたでしょ。付き合う気も友達になる気もない。じゃあね」

「え、ちょっーー」


まだ何か言いたそうな男子の声を無視してアタシはその場から離れた。


「ーーってのがあったの。いつも通り振ったけど」

「ほーん」


楓は爪の先に目を向けたままつまらなそうに言った。


スマホが震えたのは楓からの呼び出し。なんでも新しい彼女ができたから紹介したい、とのこと。


それで楓の家に来たんだけど……。


……彼女ってなに?


「え?なになに?恋バナ?」


と、キッチンの向こう側から声が聞こえた。


「恋バナってか、いつものってヤツ」


楓は爪やすりで削ったところにフッと息をかけた。


「ふーん。あ、霞、彼氏いるもんね」

「彼氏じゃないっての」

「え?男子と一緒にいるって聞いたけど?彼氏じゃないの?」

「違うっての」


初対面のはずなのになんでこの子はアタシのこと知ってるんだろう?


なんて一瞬だけ思ったけど、出所なんて1つしかない。


「楓、アンタ……」

「元々知ってたんだって!わたしじゃないよ!!」


長かった髪をバッサリ切ってボーイッシュになった楓が顔を横にブンブン振った。


「へえ?雫に聞くよ?聞いたらすぐわかるんだけど?」


アタシは両手をワキワキさせて近づく。


「ホント!ウソ言わない!!」


必死に逃げようとする楓の足を掴む。


「あ!ちょ!ダメ!そこはマジでムリだから!!」

「だからいいんでしょうが。ほら、さっさと吐け」

「あー!!」


と、くすぐりの体勢に入ったところでキッチンから顔だけ出てきた。


「あ、お楽しみのとこゴメン。楓、ちょっと手伝って」

「手伝ってって!ねえ!」

「チッ!」


アタシが手を離すと楓はキッチンの向こう側にいる彼女ーー葵というらしいーーのもとに逃げるように向かった。


「ってか、ホントに付き合ってんの?」

「付き合ってるよ〜?ね?」

「ね」


楓はそう言って葵を後ろから抱きしめた。


ビックリするくらい自然にやってて絵になるからムカつく。


「ちょっと、イチャイチャしろとは言ってないでしょ」

「別にイチャイチャはしてないでしょ。ねえ?このくらいフツーでしょ?」

「だよね」


チュッと何かが聞こえた。


「霞だって創司くんとできるでしょ。素直になれば」

「はあ?」

「ムリムリ。素直になった霞なんて霞じゃない」

「ちょっと?ケンカ売ってる?」

「じゃあ、想像してみなよ。ウチらみたいにやってる自分を」

「やってやろうじゃないの」


えーっと?抱きついてキスをすればいいんでしょ?そんくらい余裕でしょ。


アタシは楓に言われるがままに想像してみる。


別に創司がキッチンにいるのは今に始まったことじゃない。若干1名、キッチンを聖域にしてる邪魔者がいるけど、大学とかでいないときと仮定する。


「おい。そこにあるの雫のだから食ったらブチ切れんぞ」


戸棚の中にあるお菓子を引っ張り出したアタシに創司が言った。


「平気だって。買いなおしとけば」

「そう言っていつも忘れてんだろ」


なんていいながら創司もお菓子を出した。


「アンタも人のこと言えないじゃん」

「これは俺のだからいいんだよ。お前のは雫のだろ」


創司はそのまま袋を開けてボリボリ食べはじめた。


ふと、思う。


あれ?これ、どこで抱きつくの?


と。


「待って。もうちょっといいとこにしないとできないわ」


現実に引き戻されたアタシが言うと、2人は胡乱な目をアタシに向けた。


「ムリならムリって正直に言った方がいいと思うけど」

「ムリじゃないし。できるってば」


はー……なに?アンタらにはできるのがアタシにできないとでも?


「ちなみになにを想像したの?」

「え?え〜……」


アタシは想像したままを話す。と、2人は顔を見合わせた。


「や、霞にはムリだわ」

「ね。甘い、じゃなくてしょっぱいもん。ポテチかよ」

「はあ!?」


なに、ポテチって!!ムカつく!!


「そっかそっか〜!告白されまくりの霞も恋を知らないのか〜!」

「はあ!?知ってるし!」


キッチンから出てきて頭を撫でてくる葵の手を叩く。


「子供扱いすんなし!」

「あっは!ごめんごめん」


全然悪いと思ってない声にムカつき度が跳ね上がる。


「でももう食べられるからさ。食べてくでしょ?」


なんか言い方が親っぽい。


なんて思ってる間にテーブルの上に大盛りのペペロンチーノが置かれた。


「葵も飯ウマ族」


楓はそう言い残してまたキッチンに戻る。


「……」


テーブルに置かれたペペロンチーノの匂いに引き寄せられる。


「食べても?」

「いいよ〜。まだ作るから全部いっちゃってもオッケー!」

「や、全部はいかないでしょ」


何人分あるんだかわかんないくらい山盛りのパスタにフォークを入れる。


「わたしも〜」


と楓が取皿を手にフォークを入れた。


「〜♪」


ふと聞こえてきた鼻歌の方を向ける。


料理をしないアタシでもわかるくらい葵の動きはスムーズ。


雫でも知らないとこで料理をするときは使うものを出しておくのに、葵にはそんな素振りもない。


「うっま!葵、最高!!」


楓はグッと気持ちいいくらいのサムズアップをキッチンに向けた。


「食べないならわたしが全部食べるよ?冷めるし」


この量を?なんて思うけど、今も結構な運動をしてる楓からすればちょうどいいくらい。


けど、楓の目はパスタじゃなくてアタシを見てる。


まるで挑戦者を見下ろす王者のように。


自信を持った目が実に腹立たしい。


「ふん」


なにがムリよ。アタシだってやるときはやるんだから。


恋を知らないからなに?アタシにはあいつがいれば十分なの。ほかはいらない。


このフォークとパスタみたいにグルグルして絡めて動けなくすればいい。


ずっとアイツと一緒にいてそのまま終わり。


それがアタシの理想。


手に入れたらそれでおしまいにしないんだから。


ぐるんぐるんに回したフォークをパスタの山から出す。


「ちょっ!霞!?それ巻きすぎーー!」


楓が何か言ってるけど、アタシはその声を無視してそのまま口に入れた。

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