アフター8 「ソウくんは私の。」
「うみ~うみ~」
「ちょっと。少しは前見て歩いたら?」
荷物を下ろしてすぐ俺たちは海に向かう途中、高校時代を彷彿とさせるノリで涼が先頭をスキップしながら進んでる。
「だーいじょーぶだって!ちゃんと見てるから!」
「そう言って電柱に激突したの何回あると思ってんの!?」
「知らなーい」
「あはははー!」とドップラーさせながら下り坂に入ってく涼。
「あれ止まんねえんじゃね?どうやって止まんの?」
「砂浜にダイブすれば誰だって止まんでしょ。めっちゃ熱いと思うけど」
霞はソウくんの呟きに応えると「はあ……」と溜息を吐いた。
「ん。大丈夫。涼だし」
「まあ、そうか。涼だもんな。砂浜短いけど」
「ん」
下り坂は思ったよりも長く、涼はスキップした足を止められないままはるか下で速度を維持したまま突き進んでる。
「ん。それよりソウくん大丈夫?」
涼がどうやってあのスピードを止めるかより、重要な問題が私にはあった。
「ん?なにが?」
「ん。部屋。あの2人」
「ああ……」
チラッと後ろを見る。
私たちより少し間を開けて澪たちと楽しそうに笑ってる乃愛と麻衣が映る。
「まあ、なんかしてくるってのはないだろ」
と、ソウくんはのんきな顔で言った。
「むう……」
ソウくんは気付いてないみたいだけど、乃愛は絶対何か企んでる。
じゃなきゃわざわざ「趣向を変えたくじ引き」で部屋決めなんてしない。
ソウくんもみんなも言われるがままにくじを引いたけど、あのくじ、絶対仕掛けがある。
私はしょっちゅうやるから誰にもバレずにできるけど、普段やらない乃愛の目が「予定通り」と笑ったのを見逃さなかった。
しかも着替えは別々の部屋。まあ、最初から着てくるように言ってあったし、脱ぐだけだから大したことじゃないけど、一抹の不安がよぎる。
「さっきからなにを唸ってんだ?」
「さあ?」
ソウくんと霞が揃って首を傾げてるけど、それどころじゃない。
ひと夏の恋ならぬひと夏の過ちがなんて起きたらどうしよう?
そんな悩みとも言えないモヤモヤを抱えて私は海に出た。
「陣地取った!あそこ!」
砂浜に着くと、涼が来て指した。
砂浜に四角を書いて真ん中に木の棒を刺してある。
「じゃあ、シートも頼む」
「頼まれた!」
ソウくんにブルーシートを渡された涼は敬礼をしてシートを敷きにいった。
持ってきたブルーシートは4枚。小さめのサイズで真ん中にパラソルを刺せば場所取りは終わり。
「創司くん!もう行っていい!?」
「いいけど、ブイの向こう側は死ぬほど深くなってるから気を付けろよ?あ、待て。浮き輪かコレ付けてけ。どっちにする?」
「ん~浮き輪!」
今にも走り出しそうな涼に浮き輪を渡すと、あっという間に海に飛び込んでいった。どんな水着だったか確認できないまま、というか、Tシャツ着たままじゃなかった?
「ふう……こんなもんか」
「ん」
「創司くん!わたしのも!」
と、私の後ろでソウくんに声をかけたのは乃愛。Tシャツを脱いで紺のビキニ姿になっていた。白い肌に紺の水着とコントラストがまぶしい。
ススっとソウくんの横に行くと、肩が触れるか触れないかギリギリの位置に座った。
「あ~……どっち――」
「ん。乃愛はコレでいい」
ムリヤリ作った谷間に視線を吸い寄せられてるソウくんが言い切る前にソウくんと乃愛の間に入って私は乃愛の腕に浮袋を付けた。
「ん。やっぱり乃愛にはこれが似合う」
「ええ?これ~?かわいくない気がするんだけど」
「ん。大丈夫。かわいい」
アニメに出てくるロボットみたいに肩だけゴツくて可愛げなんてカケラもないけど、企みは断固阻止。
「え~……まあ……いっか。手が自由になるし!」
乃愛はそう言って海に向かった。妙にニヤニヤしてたのが気になる。
「よいしょ~!ふ~!あっついね~」
と、クーラーボックスを置いたのは澪と穂波の教師コンビ。ビーチチェアをドン!と置いて、クーラーボックスからビールを取り出した。
「やっぱ夏はコレだよね」
「センパイは夏じゃなくてもこれでしょ。ねえ?」
プシッ!とそろって缶のプルタブを立ち上げると、立ったまま腰に手を当ててぐい~っと一気飲み。
「っく~!キンッキンに冷えてやがるう~!!」
「んま~!!」
人がいるのも気にせず大声で叫んだせいで周りにいた人の視線が一気にこっちに来た。
「ふ~……よいしょ。あ、日焼け止め塗った?塗っとかないと夜寝れなくなるよ?」
一息ついた穂波が私とソウくんに言った。
「ん。あとで塗ってもらう」
「あ?塗ってきたんじゃねえのかよ?」
「ん。塗ったけど、背中はまだ」
「アタシもよろしく」
「2人でやりゃあいいじゃんか」
む。やっぱりソウくんはなにもわかってない。このためにわざわざ背中が出てるのにしたのに。
と思いつつふと見下ろすと、まだTシャツを着たままだった。
「んっしょ。ん。塗って」
「お前な……」
Tシャツを脱いで横になると、ソウくんは呆れた声を出した。けど、目は私の一点に釘付けになってるのは見えなくてもわかる。隣で霞も脱いでるけど、見向きもされてない。
ふ。やっぱりソウくんは私じゃないとダメだよね。
「はあ……まあいいか」
ソウくんがお尻の上に乗っかった。
「ん。横も不安だから横も」
いつもは背中だけで済ませてるけど、乃愛の動きが気になる。だからちょっと攻めに出てみる。
「塗ったんじゃねえの?」
「ん。塗った。けどムラがありそうだから」
「さいですか」
カチャカチャと日焼け止めの容器を振る音が聞こえる。
「やるぞ」
「ん」
背中は何度もやってるだけあってあっという間に終わった。
「ん。横も」
「はいはい。横って手に広げてやればいいのか?」
「そうだね~」
ソウくんは先生たちに聞いたらしく、穂波が答えた。
「あ。背中と同じようにちゃんと水着の下もやるんだよ?そこだけ日焼けしたらカッコ悪いでしょ?」
「はいはい……」
――穂波、ナイスアシスト!
私はソウくんに見えない位置で穂波に向かって親指を立てた。それに応えるように穂波もウインク。
乃愛のへっぽこな企みなんか踏み潰してやる。
「んふ」
「あ?なんかヘンなとこ触った?」
「ん~ん。大丈夫」
別にソウくんならどこを触られてもいい。
「ちょっと。アンタいつまでやってんの?」
マッサージされてるような気持ちよさに浸ってると、霞の声がした。
「お前もかよ。めんどくせえな」
「うっさいな。やればいいんだからさっさとやって」
「はいはい。よっと!終わったぞ」
ソウくんは私のお尻をペシペシ叩いた。
「ん。ありがと」
お礼を言ってると、麻衣と花音、ほのかに楓が遅れてきた。
「あ~!なに!?塗ってもらってんの!?ズルい!」
花音が霞を指して叫んだ。
「いいでしょ別に。つーか遅くない?もう涼も乃愛も海に行っちゃったよ?」
私は腕に浮袋を付けた乃愛を探す。
付けたのは明るいオレンジの浮袋だったから見つけるのは一瞬。涼の浮き輪に掴まってキャッキャしてる。
「あ~!マジで出遅れてんじゃん!おのれ!クソナンパめ!ジジイだけでも腹いっぱいなのに!!」
花音はそう叫ぶと、Tシャツを脱いで私が使うつもりで膨らませておいた浮き輪を取って走り出した。
「沈めてやるー!!」
2人の近くに行った花音は思いっきり水をぶっかけた。
「ギャー!顔はダメって言ったでしょー!メイクがー!メイクがー!!」
そこそこ距離があるのに、乃愛の声はここまで聞こえた。
「よっし!わたしも行ってくる!」
麻衣も脱いだTシャツをソウくんに渡して海に走ってく。
「海のバカヤロー!」
日焼け止めを塗り終わった霞と楓もほのかを引っ張って海にぶち込んだ。
「なんで俺に渡す……ってかバカヤローは走る方向違うだろ……」
手に残った日焼け止めを先生の足に塗りたくったソウくんが鬱陶しそうにみんなのTシャツを取った。
「ん。ちょうどいいとこにいた」
私は日焼け止めを手に取ってソウくんの背中に塗る。
「それだけ?」
「ん。それだけ」
とん、と背中に顔を付ける。
「それだけかあ~」
ついでにぎゅってしてみる。
「雫さんや」
「ん」
「撮られてんぞ」
穂波の方に目を向けると、スマホのカメラを向けていた。
「ん。知ってる。あとでキズモノにしておく」
「え!?ちょっ!それはダメ!」
穂波がなんか言ってるけど無視。盗撮犯には報いを与えないと。
「それとな――」
「ん。当ててるからいい」
膝枕しか興味がないソウくんをまともにできるのは私だけ。
――膝枕ならスカートの中でもいいか?
ほかの人が聞いたらドン引き間違いなしのセリフを臆面もなく私に言ったソウくん。
私は受け入れた。
だからソウくんも受け入れてほしい。
抱きしめる力を強くする。ぜんぶを知ってほしいから。
――ソウくんは私の。
完全にそう言い切るのはまだ早い。
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