アフター7 「凶悪コアラ」

――タタン……タタン……


高校時代に乗ってた電車よりデカい音を耳にしながら2時間ほど。


「窓際暑くない?」


ボックス席の向かいに座ってボリボリお菓子を食べていた涼が聞いてきた。


「ん?ああ。真下だから別に。涼こそそっちでいいのかよ?」

「ん。平気。車より揺れないし。ってか、電車の旅も悪くないね」


旅行と言えば飛行機を使ってしまう涼には新鮮らしい。


「だろ?」

「時間かけていいならこっちにしよっかな~」


と、窓の外に目を向けた。


「思ったよりコレ使えるな」

「ね。これで1日2500円なんでしょ?すごいよ」


また勾配がキツイ区間に入ったのか、モーター音が大きくなってきた。


「帰りも使うか悩むところではあるけどな」

「ね。お尻と腰が壊れるってホントかも」


涼はこの2年でかなり大人しくなって、お嬢様っぽくなってきた。


「にしても、全員来るとは……」


ボックス席に座れずロングシートに並んで座ってる連中の方に目を向けた。


「毎年この時期ってわかってるんだから来るよ」

「そんなもんかねえ」

「そんなもん。そんなもん」


朝が早かったのもあって、起きてるのは俺と涼だけ。じゃんけんで勝って俺の隣に座ってる乃愛も俺の肩を枕にして寝息を立ててる。


ちなみに涼の隣は霞。


どんな夢を見てるのか知らないが、たまに足を動かしては「う~むむ……」なんて言ってる。


「コイツの足癖の悪さはどうにかなんねえの?」


霞の足を足で突っつくと「むむむ……」とナゾの声を出して思いっきり蹴り上げた。


蹴り上げた足はシート下のヒーターの吹き出し口にあたってガン!と音を立てる。


「……威力上がってない?」

「だから言ってんだろ。受ける側は痛いじゃすまなくなるぞ。マジで」


ぐーすか寝てる連中の中でまだバレーを続けてるのは霞だけ。ほかの連中は女子を連れ込んでアレコレしたり、自分の趣味に没頭したりと、それぞれの学生生活を謳歌してる。


連中に目を向けてると、涼はクスクス笑いながら言った。


「大丈夫だって。創司くんが全部受け止めれば。ね?」

「殺す気かっての……」

「あははは!」


や、マジで笑いごとじゃないんだけど。


長いトンネルをいくつか抜けてふと窓の外に目を向けると、電車の進行方向とは逆だった川の流れが同じ方向になっていた。


「もうちょっとで乗り換えだな」

「あ、そうなの?じゃあ、起こさないと」


涼はそう言って霞を起こしにかかる。俺も肩を動かして乃愛を起こす。


「ん~……あと5ふん~」

「ベタなこといってんじゃねえっての」

「いたっ!」


乃愛に手刀を落とすと一発で起きた。


「あれ?どこ?」

「次の次くらいで乗り換えだからな。準備しとけ」

「え?え?」


混乱してる乃愛をよそに俺はキンキンに冷えたペットボトルを手にロングシートで寝てる連中も起こしに行く。


「おい。起きろ」

「ん~……どこ?」


と、声をかけるだけで起きるなら特に何もしない。途中で買った水ゼリーを渡して終わり。


問題は声をかけたり、揺すったりしても起きないヤツ。


「麻衣も1回寝ちゃうとなかなか起きないんだよね」と隣に来た乃愛が言った。


「そんな寝坊助にはこれだ」

「ひい!?」


キンキンに冷えたペットボトルを麻衣の首筋に当ててやると、ヘンな声を出して飛び起きた。


「なに!?」

「おはよう。もうすぐ乗り換えだから準備しとけよ」


と、上の金網から荷物を下ろしてやる。


「え?もう?」

「もう」


引率と体のいいこと言ってついてきたくせにぐーすか寝てる先生たちも同じ方法で起こす。


「ひい!?」

「ぎゃあ!?」


可愛げなんてカケラもない悲鳴が誰もいない車内に響く。


麻衣と同じように声をかけたあと、俺はラスボスの前に立った。


「さて、この凶悪コアラをどうしたもんか」


こんなので起きるわけないだろ、と思いつつ、冷えたペットボトルを首に当てた。が、思ってた通り。うっとおしそうにぺっと払ってそのまま脱力。


「雫って家でもこんななの?」

「いや、もっと凶悪。試してみるか?」


と、俺は乃愛の背中を押して雫の腕が届く範囲に近づけた。


「ん~……」

「全然凶悪じゃないんだけど。これのどこが?」


唸り声をあげる雫の頬っぺたを突っつきながら乃愛が俺の方を向いた。


「安心しろ。本番はここからだ」


と俺が言うのと同時に雫の手が乃愛の手を掴んだ。


「へ?」


そこからはあっという間。後ろ抱きにされてがっちりホールド。


「ち、ちょっと!?」

「ん~?」


乃愛が助けを求めてくるけど、俺は巻き込まれないように動かない。


さわさわと雫の手が乃愛の身体をはいずっていく。


「ひい!ちょっと!まだ早い!早い~!」

「ん~?」


俺の腕とは違う感触に戸惑ってるのか、さわさわしながら雫は首を傾げてる。


「んっ!ちょっ!創司くん!たすけ……!」

「や。そこに巻き込まれたくねえし」

「ん~?」


雫の手は乃愛の胸をむにむにしてる。


「んふ~」


これはこれで満足と手をむにむにさせてご満悦の顔をしてる。


「んっ!ちょっ!ダメだって!ってか抜けない……!!なにこれ……!」

「だから言ったじゃねえか。凶悪コアラだって」

「もっと早く言ってよばかあ!」

「むふ~」


乃愛の胸を揉んでご満悦な雫が、乃愛の渾身の一撃によってたたき起こされたのは、乗換駅に着く直前だった。


「はあ……はあ……えらい目にあった」


宿泊先の旅館の最寄り駅に向かう最後の列車に乗り換えると、乃愛は座ってぐったりしていた。


「ん。痛い……」


乃愛の向かいに座った雫はぶっ叩かれた頭を押さえてる。


「当たり前でしょ。まったくもう……」


乃愛が疲れた顔で言った。


「で、どうだった?雫のテク」


と、聞いたのは楓。ボックス席の後ろから顔を出していいモンを見たとホクホク顔だ。


「どーもこーもないっての。まったく……」

「気持ちよかったんだ?」

「んなわけないでしょ!?バカじゃないの!?」


乃愛が顔を真っ赤にして叫ぶと、楓はケラケラ笑った。


「あ~……高校んときの涼の気持ちがわかったわ……」

「あの程度でわかった気にならないでよ」


ドサッと音を立てて座った乃愛に、涼がイヤそうな顔で言った。


「そうだけどさあ。でもあれ以上は知りたくないかなって」

「一場面だけ切り取れば涼が一番ヤバいもんな。ノーパン」

「切り取らなくていいから!ってかいうなあ!!」


涼が顔を真っ赤にして叫んだ。


「ん。ソウくん、見えてきた」


乗り換えたところでじゃんけんに勝って俺の正面に座った雫が足で突っついてきた。


「あ?あ、もう海か」

「ん」


太平洋とは違うサファイアブルーの海が姿を現した。


「ってことはもうちょっとで降りるぞ」

「「「「はーい」」」」


どっちが引率かわからないくらい馴染んでる先生たちも返事をした。


「忘れものチェック忘れずにね~。忘れたら取りに来れないよ~」


と穂波先生。指さし確認をしながら忘れ物がないかチェックしてる。


そうこうしてるうちに列車は止まり、俺たちは一番前の出口から降りた。


「海だ~!!」

「ちょ!まだだって!先に荷物!」

「あっつ~い!焼ける~!」


今にも海に向かって走り出そうとしてる涼の首を霞が捕まえ、麻衣が照りつける太陽にケチをつけてる。


「よいしょっと。わ。あっつ!」


キャリーケースをホームに降ろした澪先生が声を上げた。


「ふ~まずは旅館だっけ?」

「そ。5分くらいだって。ってことで創司」

「はいはい。先導ね」


前日にパソコンで駅から旅館までのルートを確認した俺と霞が前に出る。


さらに俺の右にはいつも通り雫が来て、霞の左には手を掴まれた涼の姿がある。


「じゃあ、行くか」


と俺はみんなを見ると、涼が手を挙げた。


「行くぞ~!」

「「「お~!!」」」


エンジンがかかってきた女性陣の声を聞いてようやく3日間の旅行が本格的にはじまったのを感じた。

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