アフター5 「こんなんで引っ掛かるわけがない」
実家から引っ越して2年と少し。
双子の間に入って緩衝地帯になるのもだいぶ慣れてきた。
が、そんな俺にも慣れないものってのはあるわけで。
「いででで!!痛い!!」
「ん~……」
その筆頭がこの雫のしがみつき。
見た目じゃ抱きしめられてるように見えるから、役得だろって思うだろう。
ハッキリ言おう。
そんなわけない。
しかも霞のバカが左腕に乗っかってて身動きなんて取れたもんじゃない。
その上でこの激痛。腕がなくなった方がいいんじゃね?って思うくらい痛い。
胸の感触を味わう余裕なんてない。
一刻も早く霞をどかしてこの激痛から解放されたい。それしか頭にない。
「くっそ。こんのゴリラめ。重いっつってんだろ」
「ん~」
双子の唸り声を聞きながら霞を押し込む。フニッと柔らかい尻の感触があるが、いつものこと過ぎてもうなんとも思わない。それより右腕の激痛の方をどうにかしたい。
グイグイ押し込んで左腕を抜くと、今度は右腕。
雫の脇腹を突っついて締め付けが弱くなったところを一気に抜く。
「ふう~……あ~いて」
マジで朝から疲れる。これなら双子で寝ればいいと思うんだが、それだと朝からキャットファイトがはじまって余計にめんどくさい。
「寝てても起きてもめんどくせえってなんなんだ。マジで」
双子のケツを思いっきりしばいて着替えに自分の部屋に行く。
「いった~!」
霞の声が聞こえたが、これも日常の一コマ。
着替えてリビングに戻ると霞が起きていた。毎度おなじみのオレンジのパンツの上から俺が引っぱたいたケツをさすってる。
「いった~……もうちょっとマシな起こし方ないの?」
「マシな起こし方で起きた試しがあったとでも?」
恨めしそうに着替えた俺を睨んできた霞だったが、俺の一言で視線をそらした。
「はあ~……よっこいしょ。ん~……」
霞が立ちあがって伸びをする。涙ぐましい努力も空しく、高校時代からサイズが変わらない胸がさらに薄くなる。
「はあ……。ん?なに?」
俺の視線に気づいた霞がこっちを見た。
「別に」
「ふ。もしかして見とれちゃった?」
と、霞がドヤ顔でポーズをとった。悲しいかな全体的に薄くてセクシーには程遠い。
「あ~はいはい」
「ちょっと。なにそれ?もうちょっとなんかないの?」
「あると思ったら胸に手を当ててみるんだな」
「むっか~!ふん!」
「いって!」
「さっさと朝作って」
霞は俺に一言入れると、洗面所に向かった。
「そういや今日は来ないのか」
零奈が朝飯を作るようになってから俺がキッチン立つ機会はめっきり減った。
今や食材管理は朝担当の零奈と雫の2人だけとなってる。
「どこになにがあるか教えてもらうの忘れたな」
と言いつつ、冷蔵庫を開ける。
卵と牛乳はある。ベーコンもある、か。パンは定位置に2斤あるから、あとは調味料を探すだけ。
「上の棚?」
と、開けてみると、スパイスも含め山のように調味料が置いてあった。
「なんだこれ……」
カレーでも作んのかってくらいある。が、ここは2人の聖地。下手にいじるとうるさいので、見なかったことにしておく。
「まだ?」
と、腹ペコゴリラが顔を出した。
「まだ。調味料の場所がイマイチわかんなくてよ」
「ふーん。どーでもいいけど、さっさとして」
自分でやる気はないらしく、霞はそう言うと雫を起こしにソファーに向かってった。
「はいはい」
作るのは例によって甘くないフレンチトースト。
朝から甘いのは食いたくないけど、ふつーのパンは食い飽きた俺にちょうどいい。
「雫!起きろ!」
「ん~!」
声がする方に目を向けると、霞が鉄壁ダンゴムシになってる雫の足元から布団をめくりあげてるのが見えた。
布団と一緒に淡いグリーンのパンツが見えてる。
「こんのっ!ふん!」
「ん~~!!!」
霞に布団を取られた雫がソファーをバンバン叩く。
「ふう……どーよ?」
「ドヤ顔決めるほどのことじゃねえんだよなあ」
「コツがつかめれば誰でもできるもんね」
と、霞が自分の部屋に掛け布団を放り込む。と、奥で何かが落ちる音がした。
「お前。そろそろ片づけろよ?この前の試合からそのままだとまた零奈がブチ切れるぞ」
「う。わかってるけどさ~」
3LDKのこの部屋は、リビングを生活スペースにそれぞれの部屋を雫専用、霞専用、俺専用と分けている。
俺の部屋はリビングと直結してるが、双子の部屋は玄関から枝分かれしてる廊下に面した位置にある。
「また片付けが終わるまでカンヅメでもいいけど」
「アレはもういい。二度とやりたくない」
霞はイヤイヤと首を振った。
「今度は手伝わねえからな。クッソめんどくせえ」
「はあ?そこは手伝うとこでしょ?」
「あ?なにが悲しくて脱ぎ捨てられたパンツを片付けにゃいかんのだ」
「あ~……アレね~。なんであんなとこにあったんだろ?」
「おっかしいよねえ~」と霞は首を傾げた。
「どーせ試合終わって着替えたヤツそのまま突っ込んだだけだろ」
「は?ちゃんとビニール袋に入れたし。ん?あれ?入れたよね?あれ。ちょっと待って。もしかして――!」
霞は自分の部屋に入っていった。
「ん~……」
布団がなくなって起きるしかなくなった雫が起き上がった。
「ん……メシ……」
「顔洗ってからな」
「ん……」
雫はフラフラとした足取りで洗面所に向かう。
「よし。そろそろいいか」
今日の講義は2限から。大学は徒歩圏内だからまだのんびりしてられる。
「あ~!こんなとこに!」
と霞の声がすれば、ゴン!と何かがぶつかる音。
「ん~~!!」
雫のうめき声が聞こえる。
「アイツまたぶつかったのかよ……」
卒業したら大人しくなるかと思ったらんなことはない。
相変わらず霞はうるさいし、雫は雫で手がかかる。
「霞ー!雫がぶつかったー!」
「はあ!?またあ!?もー……」
こんなんで色恋が起こるなんてわけないだろ。
俺はため息をついて火を止めた。
「あーあ。たんこぶになってるじゃん」
リビングのテーブル側にあるイスに座った雫のおでこを見た霞が言った。
「ん。あの柱は凶悪。目覚めの一撃だった」
さすがの雫も柱の角にぶつかったら目が覚めるらしい。
フレンチトーストをもそもそ食べながらぶつかった場所に手を当てた。
「目覚めの一撃じゃねえよ。目え覚ましてから戻ってこいっての」
「ん。それができたら誰も苦労しない」
ふすっと鼻息を荒くして俺を見た。
「苦労してから言え……」
「ん。やる気はある」
「実行力もつけてくれ」
「ん。善処する」
「それなんもしないヤツじゃん……」
霞が雫にジト目を向けるけど、当人はどこ吹く風。黙々とフレンチトーストを食ってる。
「ん。おかわり」
「自分で作れんだろ」
「ん。作れるけど、これはソウくんの方が上」
「さいですか」
俺は食べかけの一切れを口に入れると、残りを雫に渡した。
「あと何枚?」
「3」
「ん。2」
「俺の食い扶持ないんだけど……」
「学食があんでしょ。学食が」
霞は一歩も譲る気がないらしい。フレンチトーストを口に入れながらそう言ってきた。
「これで清楚で通ってんだから世も末だな」
「ふん。いいし。あんなの外面だけで言ってんだから」
「ん」
おでこにたんこぶを作ってる清楚も頷いた。
「だいたいお腹ぐうぐう鳴らしてたらおかしいでしょ」
「鳴ってんじゃん。腹減った~ってうるせえし」
「家はいいの!」
霞がバン!とテーブルを叩いた。ご近所迷惑だから止めろって言ってんのにやめねえな。コイツ。
「まったくもう。そういうことじゃない。見た目だけでいってんだからアタシは知らないっての」
「ん。私もどーでもいい。他人は興味ない」
と、双子が俺を見てきた。何かを言わんとするかのように。
けど、俺はそんなのに引っ掛からない。
「はあ……」
ため息を吐いて、俺は言った。
「さいですか」
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