アフター4 「キスひとつで大騒ぎ」

実家に寄ってマンションに戻ってきた私は、ソファーに横になった。


「むう……」


相談しようと思ったのに、近況報告と雑談だけで終わってしまったのは誤算だった。


みんなと行く旅行の話も出たけど、どこに行くとか、どうやって行くみたいな話で終わってしまったので、相談をするようなタイミングはなかった。


首を動かして時計を見ると、9時半。


零奈の実家はここから2駅向こうにあるため、このくらい遅くなるのは想定内。


ソウくんからも「もうそろそろ帰る」とメッセージが来たから別に気にしてない。


「ふ〜あっつ。雫、アンタも入ってきたら?」

「ん」


お風呂から出てきた霞が髪を拭きながら出てきた。


茶色に染めていた髪は大学に入って元の黒に戻り、長さも短めのボブになった。


本人曰く「先祖返りなイメチェン」らしい。


中身は怪力ゴリラだけど、パッと見れば私でも清楚そのものに見えるから不思議だ。


元に戻す気になったのは、多分私とは違う大学に行くようになったことで、間違えられることがなくなったのが、大きかったんだと思う。


「なに?ジロジロ見て」

「ん。なんでもない。お風呂入ってくる」

「はいはい」


相変わらずの下着姿で霞がドライヤーを手にとったのを見て私はお風呂に向かった。


お風呂から出てくると、ソウくんがソファーに座っていた。


「ん。おかえり」

「ああ」

「ん」


短く返事をしてきたソウくんにドライヤーを渡して足元に座る。


霞がやってたのを真似てやってみたら気持ちよかったから続けてたけど、最近はソウくんに乾かしてもらうのがすっかり日課になってる。


「ん。どうだった?」

「零奈か?」

「ん」


私が頷くと、ソウくんは今日あったことを話してくれた。


買い物デートだったようで、ソウくんは荷物持ち、零奈はセルフ着せ替え人形になってたらしい。


「ん。楽しかった?」

「疲れた。精神的にも肉体的にも」


ソウくんの様子を見る限り、疲れたのはホントっぽい。多分相当あっちこっち歩かされたんだろう。


「大変だったよ。慣れてねえからかなんなのかしらねえけど、コアラみたいにずっと腕にしがみついてよ」

「ん」

「おまけに運動部の馬鹿力でぎゅうぎゅう締め付けてくんだぞ?腕が取れるかと思ったわ」


ソウくんは乾かし終わったと私の頭をぽんと叩いた。


「ん。ありがと」

「ん」


ソウくんからドライヤーを受け取って片付けて、ソファーに座る。と、同時にソウくんの頭が膝の上に乗ってきた。


「ふ〜」

「ん。じゃあ零奈のおっぱいの感触どころじゃなかった?」

「ああ。むしろ腕の骨の感触の方が残ってる」


と、腕をプラプラさせた。


どうやら零奈はどこかで聞きかじったか、吹き込まれたのを実践したらしい。けど、緊張で力が入ってソウくんにまでダメージが入ったっぽい。


ん。今日のデート、ちょっと気にはなってたけど、所詮零奈は零奈。霞と同じように弓道バカ。


私とソウくんの間に入り込むようなところまでには至らないだろう。


そうなると私の敵は、どんなにやってもなびかないソウくんの理性だけ。


それと――。


私はドラマに夢中になってる妹に目を向けた。


ドラマ終盤のキスシーンに血走った目で釘付けになってて、その決定的瞬間を今か今かと待ってる。


私はソファーの背もたれを倒すレバーを握ってその瞬間を待つ。


「お前、またブチ切れられるぞ」


ソウくんが私の考えを見抜いたかのように言ってきたけど、ここは無視。


時計を見る。


終わりまでは後10分。間にCMが挟まることはない。


ヒロインの耳元に主人公が手を入れて徐々に顔が近づいてくる。


50センチが30センチになったところで少し止まる。カメラが2人の横顔を映す。


霞の緊張が私にも伝わってくる。


あと20センチ、10センチと近づく。


さっさとすればいいのに、なんで引き伸ばすんだろう。と思うくらいじっくりカメラが動く。


「――っ!」


キスをする5秒前、霞が息を飲む。


「ふぁ」


下からソウくんの声。


さあ、くっつくぞ!と主人公が動いた瞬間――。


「ぶっしゅ!」

「ぶあ!?」


ソウくんのくしゃみとびっくりした霞の声が響いた。


「ちょ!?きったな!?こっちまで飛んできたんだけど!?」

「ズズっ!っあ〜……」


ソウくんは起き上がってティッシュで鼻をかんだ。


「あ〜……一番いいシーン見逃しちゃったじゃん。いいとこだったのに〜」


ドラマはエンディングに切り替わり、その後の話のようなものが流れてる。


「生理現象なんだからしょうがねえだろ」

「だからってこっちにまで被害出さなくてもいいでしょ!?も〜」


霞はそう言いながらボディーシートを出して腕のあたりを拭いてる。下着だけしか着てないから全面的に拭かないとダメそう。


と、霞の手が止まった。


「創司」

「あ?」

「拭いて。ていうか拭け」


霞はそう言ってボディーシートを投げつけた。


「自分でできるだろ」

「アンタがやったんでしょうが。脇の下のこの辺とか届かないからやって」

「ここって指してる時点で届いてるじゃねえか」

「あ?」


ボソッと呟いた言葉に霞が睨むと、ソウくんはため息を吐いて渋々ボディーシートを取り出した。


ソウくんは立ち上がった霞の後ろに回ると、背中に近い脇腹にシートを当てた。


「ひう!?ちょっと!やるならやるって言ってよ!」

「いちいち注文が多いな。はいはい。やりますよ〜」

「つめた!?」

「うっせえな。終わらねえじゃねえか」

「だったらちゃんとやってよ!」


ぶつぶつ文句を言ってる割に霞はソウくんに拭いてもらって嬉しそう。


「むう……」


キスシーンと引き換えとはいえ、拭きあってるのはズルい。


かと言って、服を着てる私が今からやるのはおかしい。


2人を見ながらどうしようか悩んでると、拭き終わったソウくんが戻ってきた。


「あ〜めんどくせえ。なにが悲しくて拭かなきゃなんねえんだよ」

「アンタが私に向かってくしゃみしなきゃよかっただけの話でしょ」


ぶつぶつ文句を言うソウくんに向かって霞が文句を言った。


「あ〜はいはい。そうっすね〜」


雑な返しをしながらソウくんは私のスカートの中へ。明日学校があるから今日はフツーのだったはず。


ちょっと前にほのかがどうしてもって薦めてきたショーツを履いたけど、そのときの反応とは全然違う。


聴診器を当てるように触ってくるソウくんの手に心地よさを感じる。


「ん」


体を拭き終わった霞が戻ってきた。


「よいしょ。アンタらは明日学校だっけ?」

「ん。そう。霞は部活?」

「夜ね。日中はオフだからどうしよっかな〜って」


霞はそう言いながら背もたれのレバーを引いた。


寄りかかっていた私の体が仰向けにされる。


「ん。大学はどう?」

「呼び出されるのがなくなったからだいぶ気が楽だね。マジで」


「よいしょ〜」と滑り込んだ霞が言った。


「声を掛けた男子の股間蹴り上げたって聞いたんだけど?」


と、聞いたのはソウくん。


「そうなの?」


私が聞くと、霞は枕に顔を突っ込みながら頷いた。


「連絡先教えろってしつこくってさ〜。挙げ句の果てに腕まで掴んできたからとっさに、ね」

「ならしょうがねえか」


と、ソウくん。


条件反射なら不可抗力ってことにしてるみたいで、特に咎めたりはしない。


「どこで聞いたの?」

「あ?零奈が言ってたぞ?蹴りがエグすぎて男子が震え上がったって」

「見てたなら助けなさいよ……」

「零奈も聞いた話って言ってたけどな」

「聞いた話って割には随分正確だと思うけど」


と、霞は不満そうな声で呟いた。


ソウくんがスカートの中から出てきて私と霞の間に入る。


霞の体を拭いたのに全くなびかないソウくんの理性。それと霞の「実は甘えてる」モード。


2つの敵を認識した私はどう攻略するか考えながら目を閉じた。

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