アフター3 「枯れてるんじゃないの?」

「据え膳脱却ねえ……襲えばいいんじゃないの?」


メインが来る前に頼んだ山盛りポテトをつまみながらほのかが言った。


「アンタね……それ言っちゃおしまいでしょうが」


吸引力の強い掃除機みたいにポテトをどんどん吸い込んでくほのかの手をペシンと叩いた。


「いった!いったいな~もう」

「霞が下着のままブラブラしてるから慣れちゃったんじゃないの?」

「あ~それ。あたしも思った。あんたの羞恥心はどこにいったの?」


霞に手を叩かれて引っ込んだほのかに変わって麻衣と乃愛が霞を責める。


「だって服の擦れるの気持ち悪いじゃん」

「知らないし。別に気持ち悪くないから」


霞が家で下着のままうろついてるのがバレたのは、卒業旅行のとき。


ソウくんと一緒の部屋で恥ずかしげもなく下着のままうろついてたのを見つかったのだ。


あのときの霞と楓とほのかの顔は今でも覚えてる。


「ん。別に慣れたとかは関係ないと思う」

「そうかなあ?」

「ん。ほのかの彼氏こそいい例だと思うけど」

「あ~……ね」


ほのかは心当たりがあるようで納得したような返事をした。


高校のときより過激な下着を選ぶようになったほのかに代わって、ほのかの下着は彼氏クンが今は調達してるらしい。


「慣れたんじゃないとしたらなに?枯れてんの?」

「むう……」


そう言われるとなんて返すべきか悩んでしまう。


「ってか、創司くんはいつ発散してるんだろうね?ずっと一緒でしょ?」

「アタシらが知ってるわけないでしょ」

「一緒に住んでるのに?」

「住んでても知らないなんてフツーでしょ」


乃愛の質問、実は私は答えられる。けど、霞が私を含めて知らないことにしてしまったので黙っておく。


と。ふと霞と同じような生活をしてそうな人に聞いてみる。


「ん。ほのかは彼氏クンがいるとき下着のままでいたことある?」

「え?下着のままどころかなにも着てないときだってあるけど?」


やはり先駆者は違う。平然な顔でさもそうするのが当たり前くらいのノリで言ってきた。


「へえ。彼氏クンどんな反応するの?」


麻衣が興味津々の顔で聞いた。


「反応?別に。フツーだけど?反応するときもあるけど、しないのもあるよ」

「じゃあさ。じゃあさ――!」


平日のど真ん中のファミレスで私たちは最初に掲げたテーマをそっちのけにして延々そんな話を続けていた。


澪と穂波、花音が来たのは7時過ぎ。


裸エプロンで油モノは危ないとか過激すぎる下着で火を付けられるのは2、3回くらいまでみたいな話をしていたときのことだった。


「公衆の面前でなんて話してんの……」

「やっほ~」


澪は呆れた声を出しながら頭を抱え、穂波は手を振ってきた。


「ん。仕事終わり?」

「終わってないけど終わらせたの。あとは月末に誰かに『オネガイ!』って言ってやらせればいいかなって」


店員さんが持ってきたテーブルとイスに座った澪が言った。


「ふ~。今日は飲んじゃおっかな」

「今日『も』じゃなくて?」

「細かいな~。そんなの誤差だよ。誤差」


澪も穂波も相変わらず。ほぼ毎日放課後になると篝のいる地下倉庫に行っては飲み会を開いてるらしい。


違うのは私たちがいなくなったことと、入れ替わりで入った新人の女の先生が穂波の力で引きずり込まれて飲み会の面子に加えられたことくらい。人数は減ったけど、引きこもりの篝が頭を抱えてるのは今も変わらないらしい。


「赤と白をデカンタで。それからスパイシーチキンを3皿。あとチキンステーキとシーザーサラダ1つづつ。穂波は?」

「ん~とシーザーサラダとピザかな~。あ、これとこれね」


澪も穂波も慣れた手つきで店員さんに伝えていく。


注文が終わって店員さんが離れると、穂波が私の方を向いた。


「で?双子はあれからどう?もうただれた生活になった?」

「穂波……アンタね……」


澪の声を無視してニヤニヤ顔な穂波に私は首を振った。


「ん。まだ。ちょうど据え膳脱却の話をしてたとこ」

「なんだ。まだなの?もう襲っちゃえばいいのに」

「アンタまでほのかみたいなこと言うんだ?」


霞がイヤそうな顔でそう言うと、穂波の顔が渋くなった。


「ぷ……ほのかと同じ思考……」

「う、うるさいな!」


肩を揺らしてる澪の肩を穂波がバシ!と叩いた。


「ん。澪……は置いとくとして、穂波はできた?」

「んなヒマないっての。授業の準備して資料作ってってやって、やっと休みになったと思ったら今度は部活だよ?出会いを求めるヒマすらないって」


そういってプラプラ手を振った。


「でも卒業するときめっちゃ告られたんでしょ?」


麻衣がニヤニヤしながら穂波に聞いた。


「なんで知ってんの?」

「そりゃ独自の情報網よ」


とアゴで霞を指した。納得したように溜息を吐く穂波。


「されたけどさ~。胸に告白されてもねえ……ねえ?澪?」

「ふえ?」


自分は関係ないみたいな顔でほのかのポテトを摘まんでいた澪に話を振った。


「センパイも告られてたよね」

「屋上だっけ?」

「なんで知ってんの?おかしくない?」

「独自の情報網でしょ」


と、霞が私に目を向けた。


「ん。一世一代のシーン。記録もちゃんとある」


ソウくんと最後に屋上で見たかった風景があった私は、一緒に屋上のさらに上、出入口の屋根まで上った。そのあと澪が屋上に来て告白されていたのを私が撮ったのだ。


「消して!今すぐに!」

「ん。私のを消してもムダ。篝のところに5重くらいでバックアップしてある。穂波のも」

「ああああ~~」

「あたしのも!?ちょっと待って!?聞いてないんだけど!?」

「ん。篝が『ウチの目から逃げようったってそうは行かない。決定的なシーンは磁気テープ保存で末代まで残してやる』って」

「何やってくれてんの!?あんの引きこもり!!」


今頃篝は2人の告白されるシーンを肴にコーラでも飲んでるだろう。


ちなみに日常にあるいろんな人の告白シーンも保存してあるんだけど、それを知ってるのは作った本人である篝と偶然居合わせた私だけ。


校舎の中をくまなく探索しまくったソウくんでもこの話は知らない。


「ん。結婚式で使う動画にはしっかり入れてあげるって言ってた。サービスサービス」

「よ、余計なお世話すぎる……」

「結婚するときはアイツには黙ってようね」

「ね。なにされるかわかんないよ……マジで」


澪と穂波は顔を合わせて頷いた。


「って!そんな話じゃなくて!ホントにまだなの?」

「ん。霞も私もまだ。キレイなまま。ほのかとは対極」

「言い方。」


ほのかがジト目で私を見てきたけど、華麗にスルー。


「まあ。ほのかはね。高校のときから汚れてたし」

「ん。もうすでに落ちないレベル」

「否定する気はないけど、言い方どうにかなんない?」


花音の言葉に頷く。


「襲うって選択肢がないってことは誘惑?」

「ん。そろそろ零奈が仕掛けてくると思う」

「零奈ちんが?」


食べるに専念していた涼が顔を上げた。


「まだ朝の通い妻やってんだ」

「ん。腕が上がってきた。ずっといるなったら、霞の居場所がなくなる」

「え。いつの間にそんなになってんの?」


霞は「聞いてない」みたいな顔をしてる。


「なになに?掠め取られちゃう展開?」

「今日だって2人でどっか行った」

「まさかそんな話になってたり……?」


霞が恐る恐るつぶやくと、ゴクリ……と誰かが息を飲む音がした。


「ちょっと待って!そんな展開聞いてないんだけど!!もっと早く言ってよ!!」


穂波がバン!とテーブルを叩いた。


「ん。私も今日ふと思ったから呼んだ」

「こんなとこでのんきにご飯食ってる場合じゃないじゃん。早く動かないと!」


と、そこに穂波が注文したピザが2枚来た。


穂波はそれを受け取ると、ものすごい速さで食べはじめた。

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