(12)ディロスの推測

「《他人の加護を無効化できる加護》なんてものがあるなら、《他人の加護を奪える加護》なんてものがあっても、全然おかしくありませんよね?」

「ええと……、ディロス。ちょっと待ってくれ」

「要するに伯爵は、相当性格が良い人間なんですよ。他人の加護を妬んで奪い取ろうなんて考えたこともなかったから、加護が発現しなかった。だからどんな加護持ちなのか、今の今まで判明しなかった。違いますか?」

「あの、ディロス。性格が良いと褒めてくれたのは嬉しいが、発想がちょっと飛躍し過ぎでは……」

「伯爵。因みに、さっき斬りかかられた時、どんな事を考えていましたか? できるだけ、正確に教えて欲しいのですが」

 真顔で迫られたカイルは、動揺しながらも必死に思い返してみた。


「どんな事って……。咄嗟の事だったし……、どうしてこんな奴にろくでもない加護を授けているのかと、心の中で女神シュレイアに対して暴言を吐いたが……」

「それだけではありませんよね?」

「ええと……。こんな奴に持たせるくらいなら、俺に寄こせば他人を害する為に使ったりしないぞ、とか非難もしたような……」

「心の中で、この野盗の加護を寄こせと考えた。それに間違いはありませんね?」

「……ああ、確かにそういう事を考えた。考えたがな、ディロス。幾らなんでも、内容が突飛すぎないか?」

 どうにも納得しかねる話の流れに、カイルは抵抗しようとした。しかしここで、新たな声が割り込む。


「伯爵、俺も発言して良いでしょうか?」

「アスラン? ああ、勿論構わないが……」

「今の話を聞いて、ちょっと思い出したことがあります。武術大会の時に感じた違和感についてですが」

「『違和感』?」

 いまさら何を言い出すのかと、カイルは怪訝な顔で問い返した。アスランはそれには構わず、周囲の騎士達に向かって声を張り上げる。


「武術大会の時、伯爵とランドルフの対戦を観ていた者はこの場にいるか?」

「俺は観ていたぞ」

「私もです」

「私は参加者でしたので、その控え席で」

 アスランの問いかけに、サーディンの他、二名の騎士が軽く手を挙げながら応じた。その三人に、アスランが問いかける。


「その時の事を、良く思い返してみて欲しい。カイルがランドルフの脇腹を蹴りつける寸前、相手の一撃を交わした時、妙にランドルフの動きが遅くなかったか? 遅いというのは普通の人間の速度ではなく、素早く動ける加護持ちのランドルフの動きにしては、という意味だが」

 そう尋ねられた三人は、揃って難しい顔になって考え込んだ。


「言われてみれば……、確かに一瞬、動きが変だなと思った記憶がありますね」

「ただ、そのすぐ後に伯爵が体当たりしてランドルフ殿下を転倒させ、その喉元に剣を突き付けるという予想外の展開が続いて、そんな事はすっかり忘れていましたが」

「俺もそうだな。確かにほんの短い時間だったとは思うが、動きに違和感があったと思う」

 三人の話を聞いたアスランは軽く頷き、カイルに向き直る。


「それを踏まえて、今度は伯爵に確認したいのですが」

「ええと、何を確認したいと?」

「あのランドルフとの対戦時。もっと正確に言えば、対戦の終盤。奴に蹴りを入れる直前、どんな事を考えていましたか?」

「いきなりそんな事を言われても……」

 困惑しながらも、カイルは真剣にその時の状況を思い返しながら、口を開いた。


「そうだな……、確か『加護が使えるからってふんぞり返って』とか、『少しは周囲の人間や民の為に、自分の加護を有効に使え』とか、『そんな加護なら俺に少し寄こせ』とか、『試合中俺にも加護を持たせて、五分の条件で俺に勝ってみせろ』とか……」

「…………」

 なんとなくアスランの言いたいことが分かってしまったカイルは、無表情になって口を閉ざす。一瞬その場に沈黙が満ちてから、ディロスがアスランに確認を入れた。


「アスランさん。因みにそのランドルフ殿下って、武術大会後もすばやく動ける加護が消えたって話は出ていないんですよね?」

 それにアスランが、真顔で頷く。


「聞いていないな。もしそんな事態になっていたら、城中大騒ぎだ」

「そのろくでなし、命拾いしましたね。伯爵が『少し寄こせ』とか『五分の条件で戦え』とか考えずに、さっきのように単に『加護を寄こせ』とか考えていたら、このおっさんみたいに加護を根こそぎ奪われていましたよ。その殿下は試合中、一時的に加護を取られただけで済んだんですね」

「……やっぱりそうなるのか」

「そうなんじゃないんですか? それで説明がつきますよね?」

「つきそうだな。そうか……、カイルの加護は《他人の加護を奪える加護》か……」

「しかも《他人の加護を無効化する加護》よりも、優先順位が高い加護みたいですね。無敵過ぎて微妙過ぎる……」

 二人揃ってどこか遠い目をしながらの台詞に、カイルは頭痛を覚えた。


「ディロス……。自分でもそう思うから、口に出すのは止めてくれないか?」

「すみません。つい本音が出てしまいました。ところで殿下の加護についての論争は取り敢えずここで止めて、この襲撃犯達の処遇を決めませんか?」

「実に真っ当で建設的な提案だな。そうしよう」

 あっさり話題を変えてくれたディロスに感謝しつつ、カイルは改めて眼前の問題に目を向けた。





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