(13)襲撃の罰則

「それではまず君達の処遇だが、私に仕える気は皆無のようだし、このままトルファンへ連れていくわけにはいかないな。王都に帰って貰う」

「当たり前だ! 誰が貴様なんかの下につくか!」

「伯爵。宜しいのですか?」

 さすがに甘すぎではと、サーディンが口を挟んできた。それにカイルが、苦笑しながら応じる。


「忠誠心皆無の人材を雇い入れる程、酔狂ではないからね。勿論、このまま無事に帰すつもりはない」

「と仰いますと?」

「まず馬も荷物も放棄し、徒歩で手ぶらで森を抜けて貰う。負傷した箇所の手当てもなしだ。これはある意味、温情ともいえるが」

 その台詞に、刺客の騎士達が一斉に反発する。


「はあ? 温情だと!?」

「それのどこがだ!!」

「野盗の代わりに、俺達を身ぐるみ剝ぐ気か!?」

 しかしカイルは、すこぶる真顔で言葉を継いだ。


「その通りだ。色と持たされて十分な人数を揃えていたのに、私の暗殺にあっさり失敗しましたなんて報告したら、お前達の主人はどう思うかな? とんだ役立たずだと冷遇されるなら良い方で、辺境に飛ばされたり騎士として働けなくなる可能性すらあると思うが」

「…………」

 主の性格を知り抜いていた騎士達は、その指摘に反論できずに黙り込む。


「だが、私達を襲っている場に野盗の集団が乱入して混戦になり、やむを得ず馬を捨てて森に紛れ、命からがら逃げ延びたと報告をすれば、まだ温情をかけて貰える可能性があると思うが?」

「…………」

 どうすれば良いのかと騎士達は困惑顔を見合わせたが、その中の一人が喜色満面で声を上げた。


「そんな心配は無用だ! ランドルフ様は、俺達の働きを褒めてくれるからな!」

「ほう? どうしてそう思う?」

「貴様が、《他人の加護を奪う加護》を保持しているのが分かったからだ! そんなランドルフ様の脅威となりかねない加護を、このまま野放しにしておけるか! この事実を報告したら、間違いなくランドルフ様から褒賞を頂けるぞ!」

 相変わらず直立不動のまま、その騎士は胸を張った。しかしそんな彼に、周囲から憐れみと侮蔑の視線が注がれる。


「馬鹿ね」

「馬鹿だな」

「うわぁ、底抜けの馬鹿」

「馬鹿過ぎて笑える」

「間抜け面だと思ったら、頭の中も相当残念だったな」

「はぁ!? 貴様ら、何がおかしいんだ!?」

 その騎士が憤然としながら怒鳴りつけてきたが、その場全員を代表してサーディンが問いを発した。


「お前、どうして自分が流血しながら立ったままなのか、その理由が分からないのか?」

「馬鹿にするなよ!? その女が、俺達に立てってほざい……、あ!」

 そこで漸く、どうして自分の発言が嘲笑されたのかが分かった騎士は、瞬時に顔を青ざめさせた。それと同時に、シーラが場違いに明るい声を上げる。


「はぁ~い! 《他人の精神支配記憶操作加護》持ち女の仕業でぇ~す! それじゃあ時間が勿体ないので、さっさとカイル様が言った通りにて貰いますね~!」

 そして顔色を変えている六人の騎士に向き直ったシーラは、語気強く言い聞かせた。 


「あんた達、良く聞きなさい。あんた達の持ってきた毒や睡眠薬の瓶は、持ってくる途中で手違いで割れてしまったの。それで私達が寝入っている所を襲おうとしたら、野盗が襲撃して混戦状態になったわけ。それで命からがら手ぶらで逃げだしたの。この間に、カイル様以外の加護持ちなんか一人も見ていない。分かった?」

「分かりました!」

 シーラの問いかけに、六人が直立不動のまま、声を揃えて叫ぶ。


「毒や睡眠薬の瓶は?」

「持ってくる途中で割れてしまいました!」

「私達が寝ている所を襲おうとしたら、何があったの?」

「野盗が襲撃してきました!」

「当然、応戦したわよね? それでどうなったの?」

「野盗と伯爵達両方から攻められて、命からがら逃げだしました!」

「その場に加護持ちはいたかしら?」

「伯爵以外、一人もおりません!」

「よし、記憶操作終了。いつも通り、完璧!」

 打てば響くような応答に、シーラは自画自賛しながら誇らしげに笑った。その様子を唖然としながら眺めていたサーディンが、声を潜めてカイルに尋ねる。


「伯爵。その……、本当にこれで大丈夫なのですか?」

「ええ。これまでの経験から、大丈夫だと断言できます」

「そうですか……。これまで、色々あったようですね……」

 サーディンは詳細について尋ねる事はせず、シーラから視線を逸らした。


「はい、それじゃあ、さっさと行く! ここから一番近い集落まで夜通し歩けば辿り着く筈だから、そこで手当てして貰いなさい! その怪我なら、そこまで放置していても失血死にはならない筈だから、頑張ってね!」

 シーラの指示で、六人がよろめきながら暗い夜道を歩き出す。お互いに矢を抜いたりしたことで、彼らの口から小さな悲鳴や呻き声が漏れていたが、樹々の間にその姿が見えなくなると同時に、その場に再び静寂が訪れた。


「血も涙も無いな……」

「一応、これが襲撃に対する罰則だと思ってくれ」

「そう言われてしまうと、些か甘い気がします」

 微妙な顔つきになったサーディンに、カイルが弁解するように応じた。そしてさり気なく話題を変える。


「さて、それでは次に、こちらの方だが」

「伯爵。こいつには色々と聞きたいことがあるので、暫く私に任せていただけませんか?」

 ロベルトを軽く睨みつけながら、サーディンが申し出た。剣呑さが僅かに滲み出ている様子に、カイルは一応注意しておく。


「それは構わないが……。サーディン、冷静にな?」

「承知しております。伯爵の前で、見苦しい姿を晒すつもりはありません」

 サーディンは傍目には落ち着き払った様子で歩み寄り、ロベルトと真正面から向かい合った。





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