(10)メリアの心意気

「そいつも加護持ちだって!?」

「そんな馬鹿な! どうして加護持ちが、野盗なんかになっているんだ!」

「他人の加護を無効化する加護だって!? そんな加護、聞いた事がないぞ!!」

「そうだな。俺も聞いた事がない」

 呆然自失状態からすぐに我に返った騎士達は、顔色を変えてロベルトを見やった。するとサーディンが、表情を一層険しくしながら問いを発する。


「ロベルト……。騎士団に在籍中、お前は殿下と同様に神殿から加護保持者の認定は受けていても、どのような加護持ちなのか不明なままだったな。もしや……、その加護の内容が明らかになった事と、突如行方不明になったのは何か関係があるのか?」

「え? 加護内容が不明だったのですか?」

 他人の加護の無効化という内容と共に、長らく加護の内容が不明だったという事実に、カイルは少なからず驚いた。しかしロベルトは問いかけには応じず、メリアを怒鳴りつける。


「どいつもこいつもうるせえぇんだよ!! おい、女! だからお前の加護なんて、俺にかかれば全く意味がねえんだよ! 怪我したくなけりゃ、おとなしくすっこんでろ!!」

「メリア、もっと下がれ。危険だ」

 カイルは鋭くメリアを制し、その場の緊迫感が増した。しかしメリアは全く恐れを見せず、再びカイルの前に出てロベルトと対峙する。


「はっ!! そんな与太話を真に受けてあっさり引き下がるなんて、間抜けのする事よね!!」

「いい度胸だな! 褒めてやるぞ! 命が惜しくないらしいな!」

「命が惜しくて王族仕えなんかできるか、このボケ! 口から出まかせにしても、もう少し信憑性がある話を作ってみなさいよ! 本格的に頭が足りないんじゃない!?」

「良く言った! 安心しろ! 苦しまずに一気にあの世に送ってやるぜ!!」

「やれるものならやってみなさい! 低能野郎!」

 メリアの挑発的な台詞に、ロベルトが剣を構え直しながら距離を縮めてくる。さすがにカイルは顔色を変え、メリアの腕を掴みつつ叱責した。


「メリア、下がれと言っている!!」

「聞けません! 絶対に離れません! 真偽が不明の加護に怖気づいて逃げたなんて事になったら、お義父様から叱責だけではすみませんから!!」

「メリア!!」

「こんな正体不明の奴を怖がってカイル様を残して逃げるなんて、私のプライドが許しません!」 

「いい加減にしろ! 放せ!」

 おとなしく背後に下がるどころか、メリアはカイルを守るように彼にしっかり抱きついた。そのままではまともにロベルトに斬りつけられてしまうため、カイルは本気で焦った声を上げる。その様子を見て、我慢できなくなったアスランが駆け寄ろうとする。


「貴様!! 二人から離れろ!!」

「おいっ! あいつを射ろ!!」

「アスラン、危ない!」

 弓を構えていた野盗達が、アスラン目がけて一斉に矢を放った。それをアスラン自身と側にいたサーディンが、辛くもかわしながら全て叩き落す。その間にロベルトは一気に距離を詰め、カイルに抱きついているメリアの肩から背中目がけて剣を振りかざした。


「気が済むまで、主君を守って死ねやぁぁぁっ!」

「メリア!」

(どうしてこんな奴まで加護を行使できるのに、俺はどんな加護を持っているかすら分からないんだ! 女神は、こんな奴に持たせているのに! それくらいなら俺に与えてくれれば、他人を害する為に使ったりしないのに! 俺に寄こせ!)

 それなりに信仰心を持ち合わせているつもりだったが、カイルはその時、加護を授けている女神シュレイアに対して、心の中で不敬な事を考えて悪態を吐いた。するとそこで、予想だにしていなかった展開になる。


「へ?」

「は?」

 かなり勢いをつけて振り下ろされた剣だったが、なぜかメリアの身体に触れる寸前で、大きく跳ね上がった。予想外の事態に、剣を持っているロベルトは間抜けな声を上げ、カイルも瞬きをしながら固まる。そして一泊遅れて、衝撃や痛みが生じないのに不審に思ったメリアが、カイルに抱きついたまま戸惑った声を上げた。


「え? 斬られてない?」

「なっ、なんで、剣が弾かれるんだ?」

「いや……、なんでと言われても……」

 明らかに動揺しているロベルトに、それ以上に困惑しながら応じるカイル。


「やぁああぁっ! このっ! くそぅっ! どうして!」

「………………」

 信じられない事態に、ロベルトは血相を変えながら再び剣を振り始めたが、それは一向にメリアの身体に届くことはなかった。その必死の形相を見て、カイルはこの状況では不謹慎だと思いつつも、少々気の毒に思ってしまう。

 事ここに至って、さすがに異常を感じたメリアがカイルから腕を放し、ロベルトに向き直った。そんな彼女にロベルトは正面から斬りかかるが、結果は同じだった。


「え? どうなってんだよ……」

「なんであの女に斬りかかれないんだ?」

「ええと……、ほら、あの女、攻撃を無効化できる加護持ちみたいだし……」

「だがいつも通り、ロベルトがその加護を無効にしたんだよな?」

「それならどうして、剣があの女に届かないんだ?」

 騎士達は唖然としていたが、野盗達の方が困惑と動揺が著しく、その場は益々混沌としてきた。


「……ちょっと、あんた」

「あぁ? なんだってんだよ?」

 少し前から冷静にロベルトを眺めていたメリアが、彼に声をかけた。するとロベルトが剣を構えながら、狼狽気味に応じる。


「実は野盗じゃなくて、空気が読めない旅芸人の一座なの?」

「はぁ? いきなり何をほざく」

「だって、『他人の加護を無効化する』加護持ちなんて、とんだはったりじゃない。『実は嘘でした~、驚かせてごめんなさい~』って、笑いを取るオチなのかと思って。……馬鹿馬鹿し過ぎて、全然笑えないけど」

 心底馬鹿にしきった表情で冷たく言い切られ、ロベルトは反射的に剣を下ろし、必死の形相で訴えた。


「違う! 俺は本当に、これまで何人もの加護を無効にしてきたんだ! 疑うなら仲間に聞いてみろ!」

「あぁら、そうですかっ!!」

「ぐおぅっ!」

 相手が剣を下ろしたタイミングで素早く距離を詰めたメリアが、ロベルトの顎に下から勢いよく拳を叩き込む。想定外の事態にすっかり油断していたロベルトは、その拳をまともに喰らい、その衝撃で地面に仰向けに倒れた。


「はっ! すっきりした! 他人の加護は無効化できても、他人の物理攻撃は防げないとか、間抜けすぎるわよね!」

「…………」

 仁王立ちでロベルトを見下ろしつつ悪態を吐いたメリアに、カイルはどう声をかければよいか分からなかった。



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