第8話 悪魔

 彼女が病院に運ばれたのを知って、急いで仕事を切り上げて病院に向かった。


 が、今は面会が出来ないのだ。情けなく病院の入り口で不審な行動を続けていた。


「……楓」


 祈るような思いだった。僕は沢山の懺悔をした。


 あの夜。ソファを買い換えると決めた夜からもずっと、そのことを考えていた。彼女との時間、対話することはこれまで通りに幸せだったし、二人で子どものことを考えるのは新しい趣味になりつつあった。


 心から望んだ二人の子どもだ。持て余すくらいの祝福で迎えてあげたい。


 ただその反面で、悪魔の僕が何度も顔を出す。


『折角彼女と二人きりで生活が出来るようになったのに』


『君との純粋な二人の時間が、削られてしまうよ』


『まだ顔も知らない君に、彼女が取られてしまう気がして』


『もう少しだけ、本当なら時間が欲しかった』


『まだ、君に会いたくないのかもしれない』


 違う。違う違う。そんな不謹慎なこと……でも、そうなんだ。


 彼女を愛していて。だからこそ、その子どもも当たり前に愛おしくて。


 彼女のことが大切だから、この先も彼女が最優先で子供をないがしろにするなんてこと、絶対にあり得ない。


 かと言って、彼女が僕にとっては今、一番大切だ。母子ともに健康でいることが何より重要だ。


 なのに、僕は彼女と一緒に寝るときでも、臨月の彼女とは寄り添って寝ることができない。それだけでももどかしくて、まるで自分が子どもに戻ったみたいに、心の中でふてくされて、いじけて、彼女を求め続けていた。


 だからって、子どもにまで焼きもちを焼くなんて、大人気ない。それもまだ生まれてもいない子に。僕はそんな葛藤に辟易しながら、今日この日を迎えて、後悔していたのだった。


『僕があんなことを考えなければ。あぁ、どうか……二人が無事でありますように』


 本来なら立ち会えるはずだったんだ。それができなくなったのは、きっと僕のせいなんだ。彼女を少しでも支えられる場所に立てなかったのは。


 このままもし、もしも仮に……子どもに会えなかったら。そんなの、嬉しいわけない。僕自身も悲しければ、彼女の悲しい顔を想像するだけで胸が張り裂けそうだ。


 時が経てば、彼女との二人の時間をもう一度過ごせるって考えられるかもしれない。でも、それは違うんだ。二人が望んだのだから、今迎えてあげるのが正しい。


 だから、僕が間違っていました。


 今すぐ会いたいよ、君に。君を待ち遠しく思ってる、パパとママがいるよ。


 誰にも譲りたくなかったこの席を、君にあげるよ。


 いいや、やっぱりそれは、どうかな。


 だから、新しいソファにして、新しい席を作っておくよ。


 


 ——やがて僕は病院内へと誘われていく。


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