第6話 予想外
それは同棲してから1年と半年くらいが経った頃だ。
その日は彼女が先に帰宅していたようで。
「ただいま」
「……おかえり」
「帰ってたんだね」
「うん」
「……どうかした? なんか、元気ないけれど」
彼女がソファに座って待ってる時は、大概悩み事や相談がある時。でもその彼女の表情は、とても深刻そうなものだった。
「あのね、晃さん。これを見てもらえる?」
「これ? なんだろう……」
そこには一枚の封筒。しかも、地元の総合病院の名前。まさか、彼女の身体に何かが? 確かに彼女は最近具合が悪そうだった。いつもなら喜びそうなデザートも、ちょっと気分が悪いから、とか。
こんな順調な日々だからとたかをくくっていたら、そんな形で幸せが崩れていくのか。
なんてネガティブな想像を必死に掻き消して、生唾を飲み込んでから封筒の中身を取り出す。
そこには。
「……え?」
「分かる、それ?」
「あ、いや……え、っと」
「5週目だって」
「……それじゃあ」
僕は思わず、顔を上げて彼女を見据える。手に持っていたのは、エコー写真。
そこには表情を一転させ、ゆっくりといつもの笑顔を見せて。
「おめでた、かな」
「ッ……!!!」
僕は何もいえず、彼女に抱きついた。と、その後に彼女のお腹を意識して、咄嗟に手を離す。
「ご、ごめん! 乱暴すぎたかな……今の、大丈夫?」
「多分、平気だよ。お腹に何かしなきゃ」
「そっか、よかった……」
「全然気づかないんだもん。私が体調悪いのから察するとかもないし?」
「いや、それはまあ……」
「ふふ、良い意味で晃さんにはそういうとこ、期待してないからいいの。その分サプライズできるって思ったし」
彼女はそう言って、まだ膨らんでいないお腹をそっと撫でた。
子ども、妊娠か。嬉しかった、たまらなく。余りにも幸せが過ぎる。想定外過ぎて、こんなにもリアクションできないのかと驚いていた。
あぁ、早く君の顔が見たい。だって、こんなにも嬉しそうな彼女の顔を見たのはいつぶりだっただろうか。
「楓、ありがとう」
「うん? どうして?」
「……分かんないけど、嬉しくって」
「晃さんのことだから、泣いちゃうかと思ったけど」
「僕もそう思ったけど、それどころじゃなかった。今頃になって、手が震えてきた」
「そんなんじゃ、生まれた時大変だね?」
「大変だよ。本当……こんな幸せでいいのか」
「いいんだよ。だって前も言ったけど、私はまだまだ満足してないから」
「あぁ、確かにそうだね」
そう言って彼女と隣に座って、今日はいつも以上に話をした。段々と彼女の顔を見ている内に、胸が熱くなる。彼女を求めたいと思った時に、ふと思った。
「……あ、そうか」
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
と、少しごまかしたようにさりげなくスマホで検索を掛ける。が、意地悪な彼女に堂々と盗み見られて。
「あ、ちょ、ちょっと!」
「ふーん、なるほどなるほど。晃さんは、欲求不満ですか?」
「あ、いや……だってそりゃ、ここから先どこまで楓のことがお預けになるか、とか……」
「できたら、安定期まで待って欲しいけどな」
「安定期、これか。……うん、もちろん。楓の身体が一番大切だから」
「そう言ってもらえて嬉しい。でも、私だって不満じゃないなんて言ってない。だからその分、キスして?」
彼女に言われるなり、僕は彼女を引き寄せた。ソファの上で何度も、何度も唇を寄せ合った。時に笑いながら、時に強引に、彼女と戯れる時間が堪らなく幸福だった。
*
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