第4話 同棲

 それから僕らは3ヶ月後に同棲を始めた。


 僕は元より行き当たりばったりな性格で、地元に付き合いは合ったものの、特段未練はなかった。もちろん、上京に憧れていたのもある。


 その間に彼女に聞けば、過去の恋愛は惨憺たるものだったらしい。ヒモ男に半年以上付き合わされたとか、モラハラパワハラ男にも捕まっていたとか、しかもそれを飄々と語るものだから、彼女の潜在的な豪胆さに恐れ入る。


 新居が決まって、流石に転職し立てで不安もあるしと、1LDKで家賃は8万円。駅近くで二人とも仕事に行きやすいからと選んだものの、決して広いとは言い難かった。さすがは都会と内心で震えていた。


 ただ、彼女との新生活は楽しみしかなかった。


「あ、ソファどうしよっか」


「そうだね、流石に狭いから小さめのでもいいんじゃないかな」


「うーん、でも折角買うなら大きめのがいいけど」


 二人で家具屋を訪れて、立ち止まったのはソファコーナー。


 彼女が指差した3人掛けのソファーは結構なお値段がした。しかも、サイズを見る限りこれを置いたらリビングの3分の1が埋まってしまう。


 大抵は彼女の要望に合わせてたが、流石にこれは後で大変だろうと。


「いや、ちょっと大き過ぎると思うなぁ。二人暮らしなんだし、2人掛けでいいんじゃない?」


「……うーん」


 彼女は珍しく首を傾げながら、一旦はソファコーナーを外れて次の家具へ。テーブルやその他はすぐに決まった。一通り終えてまたソファコーナーに戻ってくると。


「……いいよ、晃さんの好きなので」


「え? あぁ、うん。そしたらこの……」


 と、一番安いのを選んで、レジに。しかし、どうも彼女が納得していない様子。


「楓、ソファ納得してない?」


「ううん、別に」


 これが初めての喧嘩だった。新居の準備をしたのに、どうしよう。そんなことばかり思っていたのだけれど、新居に戻ってからはいつも通りの彼女だった。


 そして、その日に持ち帰れるのが偶然そのソファだけだった。それはまたバツが悪いな、と思っていたのだけれど。


「ね、置くとしたらここでいいかな。テレビそっちでさ」


「うん、良いと思う」


 彼女は乗り気で、すぐにソファを置いた。引越しの荷物は明日届く。ソファだけがある新居に、二人で腰掛ける。


「晃さん、さっきはごめんなさい」


「え? ううん、全然。僕の方こそ」


「ソファって一番落ち着くから、立派なのにしたかったってのは、正直あるんだ」


「確かに、そうだね。それならそう言ってくれても」


「ううん、でも晃さんの言うことも分かったから。その、私、初めてわがまま言ってるな、って思ったから」


「え?」


「こっちに来てもらって、新居の準備とかも全部任せっきりだったから、甘えちゃってた。晃さんの優しさに助けてもらってるなって」


「そんな、大袈裟だよ。俺も楓に助けられてる」


「それでね。今こうやって座って、これでよかったなって思ったよ。このソファなら、晃さんと自然にくっ付けるから」


 そう言って彼女が肩にもたれ掛かってくる。僕自身、実際は部屋が想像より広くて、ソファが小さかったことを後悔していた所だった。けれど彼女にそう言われて、僕自身もこのソファで良かったと噛み締めていた。


 その空間が自分にとって特別で、何よりも甘かった。


 だからまた、溢してしまう。けれど今度は、意図的に。


「……このまま結婚しようよ、楓」


「……え?」


 彼女は上体を起こして、僕を見据えていた。


「同棲して数ヶ月してとか、そういうのもあるかもしれないけど……これからもずっと、隣に座っていて欲しいから」


「……突然過ぎるよ」


「でも、重いのはもう慣れたでしょ?」


「慣れてても、重過ぎ。同棲初日の前にプロポーズなんて」


 そう言って彼女は、涙を浮かべていた。泣かせたことだってなかった。

 

 彼女の色んなことを知る前に、彼女をずっとずっと好きになっていた。


 でもそれだって、順序の問題だ。これから先も彼女を好きであることに変わりはないんだ。色んなところを嫌いになったって、それ以上好きである確信があったから。


「ごめん。普通ならムードも何もないって怒られるんだろうけど」


「私なら許してもらえるって思ったの?」


「あぁいや、違うって。そういう意味で言ったんじゃ」


「もう、冗談。そうだね、私だから許してあげるの。突拍子もない晃さんを理解できるのは私だけだって、最近思い始めたから。そういう貴方と、一刻も早く結婚できるなら、こんな幸せなことないの」


 と、彼女は涙を流しながら笑った。


 本当に僕は、幸せ過ぎてどうかしてしまいそうだった。気づいたら僕ももらい泣きしていた。


 カーテンもない部屋に差し込む夕暮れ。ソファの上で二人、泣きながら、笑いながら、額をくっつけて幸せに浸っていた。


 *




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