仕事場にいても、常に仕事に意識が向いているわけではない。ふと外界に意識を向けると、ジィィーッ……という鈍い蝉の声が流れ込んで来る。そういえば蝉は土の中で何年か子供時代を過ごした後、樹上で大人になり、結婚相手を見つけるべく必死にけたたましい鳴声を上げ、だが二週間後に呆気なく六本の足をすっかり閉じて絶命するのだという。名も知らぬ蝉だが、君の文字通り生涯のリサイタルにはこうやって観客が一人はいてくれているという事実に感謝してくれよ、と厚かましくも思うものである。

 ところで人間はつくづく身勝手な生き物である。蝉どもの大独唱会場となっている樹下を通ってはなんと煩わしいものよと言いつつ、それが遠い屋外から屋内に染み込むのに気づき、しかもそれに合わせて窓の向こうに浮かぶ入道雲なんかを見た暁には嗚呼夏だわネなどと勝手に感傷に浸っている。自らの子孫の命運を担っている当の蝉からしてみればなんとも傍迷惑な話であろう。そういう私もまた、皮肉にもその一人なのだ。

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