第29話

 いつもと全く変わらない、落ち着き払った菅原の言葉。それを聞いて、矢口は余計な緊張感が溜息と一緒に出ていくのを感じた。


「了解! ただし、揺れますからね!」


 と一言。こうして、アクアフロートをめぐる空対空決戦が始まった。

 まずはグレープ号が一機仕留めた。こちらの機動力を見誤った敵機と、菅原の巧みな機関砲さばきのお陰だ。


 それに警戒感を覚えたのか、残る五機のうち三機は素早く展開し、三方向からグレープ号を包囲した。残る二機は高高度で待機。

 舌打ちしながら、グレープ号の機体を揺さぶる矢口。いくら最新鋭機とはいえ、グレープ号は人員輸送という目的も兼ねた機体だ。攻撃に特化した戦闘ヘリの速度には追いつけない。


 加えて、敵の操縦者は極めて戦略的だった。三角形を描くような配置は、同士討ちを避けるのに適しているし、こちらの脱出路を防ぐのにも効果的だ。


 矢口は必死に考えた。

 この状況、どうしたらいい? 上昇しても下降しても、敵の射線からは逃れきれない。一体どうすれば――。


 そう考える時間を与えてくれるはずもなく、敵は銃撃を開始した。慌てて機体を傾ける矢口。カカカカン、とグレープ号の装甲板の上で弾丸が弾ける。

 回転翼に当たらずに済んだのは、矢口の直感的操縦と、突如として吹いた海風のお陰だ。


 だがその海風にしたところで、グレープ号ばかりの味方をしてくれるわけではない。機体が大きく煽られ、高度が下がる。これでは今度こそいい的だ。


 機関砲を連射しながら、敵のうち一機が突撃してくる。特攻する気なのかもしれない。

 せっかくバンカーバスターまで搭載してきたのに、ここまでか。


 そんな絶望感を振り払ったのは、外部からの突然の通信だった。


《こちらオオクラ。援護する》


 その言葉が終わるや否や、アクアフロート海上施設から何かが猛スピードで放たれた。それは白煙を引きながら伸びてきてグレープ号のそばをゴウッ、と通過。接近中だった敵のヘリに直撃、爆散させた。残る敵機は蜘蛛の子を散らすように散開する。


「あ、あの、大倉さん? 生きてたの?」


 驚きを隠せない口調で尋ねる矢口に、再び通信が入る。


《私は地対空戦闘用AIだ。現在は大倉敏也の人格を模して行動している》

「だから助けてくれたの?」

《そうだ。だが、このAIが防空システムを担っていられる時間はそう長くない。ここの中枢施設を叩くなら、早めに達成した方がいい》


 随分としぶとい人ねえ。そう呟く菅原に応じるように、対空システムが順次起動し始めた。


 地対空ミサイルの次に起動したのは、対空機関砲だった。分速三百発のガトリング砲が何基もせり上がってきて、一斉に火を噴いた。

 それも、操作しているのは単なる火器管制システムではない。そこに侵入したAI『オオクラ』なのだ。大倉敏也の戦術に基づき、巧みに敵機をグレープ号から遠ざけていく。

 そこで矢口が高度を合わせ、菅原が機関砲を水平方向に発射して敵機を撃ち抜く。


 敵機が動揺したところで、今度は地対空ロケット砲が三連射される。

 狙われた敵機はチャフを撒き散らして回避を試みるが、ミサイルを三つも落とすには足らなかった。

 尾翼が一瞬で消し飛ばされ、そのままゆるゆると墜落していく。

 残るは二機。


 しかし、ここで大問題が発生した。


「しまった!」

《どうしたの、ヤっちゃん?》

「機関砲、弾切れです!」


 グレープ号の機関砲が弾切れを起こしたのだ。

 バンカーバスターを搭載するために、機関砲の弾数を削ったのが仇となった。バンカーバスターと機関砲の両方を完全搭載するのは、グレープ号には重すぎた。


《こうなったら出し惜しみはできないわね。ヤっちゃん、敵機に突撃して》

「どっ、どうするつもりなんです!?」

《バンカーバスターの水平射撃で敵機を落とします》

「そんな無茶な!」


 ヘッドギアを被ったまま、振り返ろうとする矢口。途中でケーブルが首に絡まり、うげっと喉を鳴らす。


 垂直投下が最も望まれるバンカーバスターを空中戦で使うなど、矢口の想像力では及ばないアイディアだった。だが、敵機を全滅させなければ、バンカーバスターの狙いを定めることはできない。


《私もガンナーの判断に賛成だ。こちらも地対空装備が尽きかけている》


 オオクラの言葉に、矢口はぐっと唇を噛み締めた。


「どうなっても知りませんからね……!」


 矢口は正面の敵機に狙いを定め、一気に加速。敵も機関砲を放ってくるが、それを気にする余裕はない。捨て身だ。


《バンカーバスター、発射!》


 がこん、と機体が揺れて、一瞬だけ無重力感に陥る。

 発射されたバンカーバスターは正面敵機の無人のコクピットを貫通。ガンナー席をも通過し、そのまま海に落ちていった。


 残されたのは爆発四散した敵機と、その爆風をギリギリで回避したグレープ号だった。

 その直後、その上方で滞空していた最後の敵機が、オオクラのミサイルで木端微塵になった。


 残るバンカーバスターは一基。これでアクアフロートの中枢を叩けなければ、今日の作戦が全て無駄になる。


《ヤっちゃん、改めてデータを共有して頂戴。ミっちゃんからはアクアフロートの構造図が届いていたわよね》

「あっ、はい! 座標送ります!」

《了解!》


 珍しく喜色溢れる声を上げた菅原。その声に続いて、オオクラが通信を寄越した。


《どうやら私の役目はここまでのようだ。アクアフロートの中枢を破壊するということは、私の存在も消え失せるだろう。恐らく、人間である大倉敏也と同じように》

「えっ? そ、それは……」


 矢口の胸に、重くて冷たい現実が下りてくる。


《私は所詮AIだ。気にすることはない。君たちエンターテイナーは殺人を犯さないそうだが、相手がAIなら配慮は要るまい?》

「そ、そうかもしれないけど……」

《権田一家を襲撃した時点で、人間としての私は死んだも同然だったのだ。相棒の家族を殺めたのだからな。気に病むことはない。もう一度死ぬだけだ》


 矢口が戸惑っていると、代わりに菅原が口を開いた。


《大倉敏也・一等陸尉、心より敬意を表します》

《光栄だ、菅原美智子司令》


 オオクラがそう言い終える頃には、グレープ号は標的となる座標に到着していた。


《バンカーバスター、投下!》


 固定器具を解除されたバンカーバスターは、呆気なく海面に落下した。

 海面下の構造物に接触し、自動で回転を開始する。その先にあったのは、菅原が所属していた組織の情報中枢を担うスパコンだ。


「あっ、菅原さん! アクアフロートから発信されていた通信電波が途絶えました!」

《ふう、作戦成功とみていいようね。と、言いたいのは山々だけれど》

「はい?」

《タっちゃんたちの応援に行きましょう。窮地に陥っているかも》

「でも、機関砲もバンカーバスターもないんじゃ……」

《私がどうにかする。ゴンちゃんとの通信を繋いで頂戴》

「りょ、了解」


         ※


「チッ! 一体何機出てきやがるんだ、あの骸骨野郎!」

《こちら菅原、ゴンちゃん、状況は?》


 権田は狙撃体勢のまま、ヘッドセットを耳に押し当てた。


「ベイエリア東京の三十一階から警備用歩行機械が出てくる! こいつら、いつの間に量産されてたんだ?」

《潜入していた二人は無事?》

「ああ、なんとかな。だが、安野も帆山も武器がほとんど残ってない! こんな数の歩行機械を相手にするには――」

《私にアイディアがあるんだけれど、一旦銃撃を止めてもらえる?》

「了解だ。が、まさかとは思うが……」

《ええ。たぶんその『まさか』よ》


 その言葉の直後、暴力的な風がぶわり、と権田に襲い掛かった。グレープ号が低高度で頭上を通過したのだ。


「マジかよ……」


 そこから先はあっという間だった。

 グレープ号のガンナー席の風防が展開し、菅原が日本刀を振りかざしながら飛び降りた。否、三十一階に飛び移った。


 空中で抜刀し、易々とガラスを破砕した菅原は、流れるような動作で前転、マシンたちの中央部に滑り込んだ。

 後は言うまでもなく、雷光と轟音があたりのあらゆるものを震わせ、水平方向に斬り払った。


「姐さん、そんなに使いたかったのかよ、周雷斬……」


 そう呟きながら、権田は対戦車ライフルを解体してリュックサックに詰め込み、皆と合流すべくその場を後にした。


         ※


 我ながら随分と派手にやったものだ。

 どっと疲れが出るのを感じながら、菅原は周囲を見渡した。あたりは腰部で上下に切断された骸骨状マシンの残骸で埋め尽くされている。


 しかし、使用頻度が高かったからとはいえ、周雷斬でここまで疲弊するのは初めてだ。やはり自分も歳なのだろうか。


 三十階へ通ずる穴を見つけた菅原は、慎重に顔を覗かせ、階下にいる安野と帆山に呼びかけた。

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