第28話
※
二日後の昼時。
空には薄く、白い雲が点々としているだけで、これからベイサイド東京に潜入しようと考えている二人の気を僅かに楽にしてくれた。その二人とは、安野と帆山のことだ。
菅原と帆山が共同製作した偽造パスカードを持って、二人はエントランスを突破。それからスムーズなエレベーターの乗り換えを二回。ビルの三十階へと到達した。
「うわあ……」
その廊下の光景を見て、先に身を引いたのは帆山だった。人の骸骨のような、見るからに不気味なマシンが、手持無沙汰にうろついていたのだ。
幸いなことに、二人は外部の侵入者として認識されていないようで、マシンたちは攻撃を仕掛けてくることはなかった。
「さ、瑞樹さん。ここだ」
安野がそっと帆山の手を引く。三〇〇二号室、アクアフロートとの直通回線がある部屋だ。
バンカーバスターの投下地点なら無線で調べることもできたが、ここは念のため有線で通信させてもらう。
一方、権田はベイサイド東京の正面に位置する高層ビルに立て籠もっていた。
こちらもまだ誰にも気づかれていないし、射線上に敵の歩行機械をまとめて補足できる。
さらに、菅原と矢口はグレープ号で、周辺の空域で待機しているところだった。
今回の任務は、まさに一撃離脱。あまり長時間滞空することは避けたい、という菅原の提案で、離陸のタイミングを計っていた。
五人が五人共、統率の取れた考えで敵を叩く。ここまでは順調なはずだった。
――ここまでは。
※
「瑞樹さん、まだかかりそうかい?」
「ええ、もうちょっと待って」
久々に聞いた安野の緊張感あふれる声。それに後押しされるように、帆山は回線を接続し、時には外して、アクアフロートとの連絡履歴を漁っている。
「どうしてこんなアナログなことやってんのよ、あたし……」
そうぼやく間にも、安野は自分を守ってくれている。その事実を思い返した帆山は、自分で両頬を叩き、気合いを入れ直した。
五分ほどが経過した。
「これで、よしっ!」
帆山の明るい声が響く。有線接続作業が完了したのだ。
「あとはこのパソコンで――」
アクアフロートの心臓部、すなわちバンカーバスター投下地点を検索しようとした、その時だった。
ヴーン、ヴーンという警報音が鳴り響いた。突然の耳を聾する轟音、それに天井に取り付けられた赤色灯が輝き出すのを見て、帆山はうずくまった。
「瑞樹さん! パソコンを! 取ったらすぐに部屋の奥に!」
どうやらこの警報は、ベイサイド東京の情報流出を感知すると鳴りだすらしい。もし無線通信でアクアフロートと連携を取ろうとしていたら、今頃失敗していただろう。
有線でアクアフロートにハッキングした方がよい、とは菅原に言われていたのだが、その忠告は正しかったわけだ。本人曰く、これまた女の勘、だそうなのだが。
しかし喫緊の問題は、まさにドア一枚隔てた向こう側にあった。
があん! があん! と、何かがドアにぶつかってきている。きっと、あのマシンがドアを破ろうとしているのだ。
破られたら最後、二人はその場で拘束されるか、最悪殺害されるかもしれない。
「瑞樹さん、伏せて!」
安野が帆山を突き飛ばし、半身を覆いかぶせるようにして帆山を保護する体勢に入った。
安野は自動小銃を構え、人間の胸の高さに狙いを定める。マシンの弱点がどこなのかは分からないが。
突然の事態に戦慄しながらも、帆山はハッキングを続ける。
と、その時だった。
一瞬、場が静まり返った。
《まったく、苦労させやがる》
「あっ、権田さん!」
《あの歩行機械の首を狙った。やはり頭部を切り離されると機能を停止するみたいだな》
「助かりました」
安堵の声を上げる安野。だが、権田の声は鋭い。
《まだだ。上の階から階段を伝って歩行機械が下りてきやがった》
「機数は?」
《八機ほどだ。グレープ号に取り付けたガトリング砲で掃射してえところだが》
「そしたら僕たちまで死んじゃいますよ!」
《冗談だ。お前らに関しては、対戦車ライフルでできる限り援護する。幸い、こっちからそのフロアの廊下側は丸見えだからな》
「引き続き援護頼みます! 瑞樹さん、作業の進捗は?」
「ちょっと待って! データのダウンロード完了まで、五、四、三、二、一!」
瑞樹が零、と言い切る前に、帆山特注ノートパソコンの画面に見取り図が映った。待ち焦がれたアクアフロートの構造図だ。
「これをグレープ号に送るね!」
「了解! 瑞樹さん、あとはグレープ号に任せて、僕たちは脱出だ。あのマシンを権田さんが全滅させたら――」
そこで安野の言葉は途切れた。唐突に、思わぬ場所から現れたマシンによって。
※
その頃、セーフハウスで待機中だったグレープ号の内部では、矢口が半ばパニックに陥っていた。
「安野さん? 帆山さん? 応答してください!」
《どうしたの、ヤっちゃん?》
「ベイエリア東京に潜入した二人からの通信が切れました!」
《きっと偽装がバレたんだわ。このままだと最悪、警備用のマシンに殺されるかも》
「じゃあ急がなきゃ!」
《長居は禁物だけど……。確かに私たちもそろそろ向かうべきね。今回の作戦の目玉、アクアフロートへのバンカーバスター投下任務もあるし》
「あっ!」
矢口は思わず歓喜の声を上げた。
「菅原さん、ディスプレイを! アクアフロートの構造図が、たった今帆山さんから送られてきました!」
《了解、バンカーバスター投下地点の算出を行うわね》
「お願いします! でも一体、安野さんたちの身に何が……?」
※
「ぐっ……」
安野は歩行機械の振り下ろした腕を、自動小銃でなんとか食い止めていた。フレームが歪んでしまったから、もうこの自動小銃は使えまい。
マシン、正確にはそれに搭載されているAIは、予想以上に狡猾だった。
部屋の入口を封鎖した後、上階にいた機体が床をぶち破り、降ってきたのだ。
ドアを破ると見せかけて、敵の上方を取る。これには安野も帆山も愕然とした。
廊下側からは、相変わらず権田による狙撃が行われている。だが、流石に室内の敵は狙えない。上階からやってきたマシンの相手は、安野と帆山だけでどうにかするしかないのだ。
「うおっ!」
もどかしいと感じたのか、マシンは安野の手から自動小銃をぶん取り、放り投げてしまった。屈み込むようにして、強化金属製の拳を突き下ろしてくる。
しかし、安野は冷静だった。
次の殴打のために腕を引いたマシン。その首根っこに自らの左腕を押し当て散弾銃を展開、思いっきり弾丸を撃ち込んだのだ。
これにはマシンも対応できず、二発で完全に首と胴体を繋ぐ回路がぶち切れた。まさに首の皮一枚という様子で、眼球の光学センサーが光を失い、ばったりと倒れ込む。
だが、降ってきたのは一機だけではない。建物に損傷を与えないよう、計算されていたのだろう。天井の穴は狭く、そこから一機ずつマシンが下りてくる。
「くっ!」
がしゃり、と安野が次弾を装填する間、彼は大きく突き飛ばされた。
帆山が、一際大きなコンバットナイフを片手に、歩行機械に跳びかかったのだ。
「瑞樹さん!」
もしかしたら感電してしまうのでは。というのは、安野の杞憂だった。
帆山はちゃんとゴム製の手袋を装着している。
「おんどりゃあああ!」
マシンの首は、ナイフで半分ほど千切れかかった。
「下がって、瑞樹さん!」
安野と帆山はするりと自らの立ち位置を交換した。
ズドン、と轟音を響かせて、二機目は仕留められる。しかし、あとどれだけの数のマシンが頭上にいるか分からない。
もう脱出するだけだというのに――。
※
「ん?」
飛行中、真っ先に異常を捉えたのは矢口だった。
《どうしたの?》
「ヘリです。IFF、応答なし! 味方じゃありません!」
東京湾中心部に建設されていたアクアフロートだが、まさにその方向に何かが点在している。機影は六つ。
矢口はすぐさま解析に入った。
「無人攻撃ヘリです! どこからか遠隔操作している模様!」
《映像、こっちにも回して頂戴》
「了解!」
そこにあったのは、陸自の払い下げと思われる戦闘ヘリだった。
こんな機密事項の塊、普段なら払い下げられるはずなどないのだが。
いずれにせよ、敵性勢力であることに変わりはない。六機のヘリは、轟々と回転翼の音を響かせながらアクアフロート上空で滞空している。
東京湾での火器の使用は、自衛隊にも経験がなかったはずだ。それがまさか、こんな形で初戦を迎えることになろうとは。
「どうします、菅原さん!」
《あのフォーメーションを崩すしかないわね。突撃しましょう》
「と、突撃ぃ!?」
《見たところ、敵機は機関砲しか装備していない。こちらから攪乱して、隙あらばバンカーバスターを投下する。せっかく二つあるんだもの、ちゃんと狙えばアクアフロートの中枢を叩けるわ》
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