第27話【第七章】

【第七章】


 翌日、午前七時。

 昨日と同じ会議室に、エンターテイナー構成員五名は集合していた。


 グレープ号からのバンカーバスター投下による、闇の組織壊滅作戦。その作戦概要をしっかり立てるためだ。

 ここで、大問題が一つ。


「場所が分かってないんですか?」

「そうなのよ、ヤっちゃん。ごめんなさいね」

「で、でも、じゃあどうやってバンカーバスターを投下するんです? 二発しかないんでしょう?」

「ええ。戦闘機ならまだしも、ヘリからの投下となるとね。爆弾自体に自立型の掘削装置を付帯させなきゃならないから、高くついたわ。テロリストの事務所に強盗に入って巻き上げたお金はすっからかん」


 その会話を聞きながら、権田は違和感を覚えた。

 菅原は、いつもその組織の会議室に通っていたのではなかったのか? それなのに場所が分からないとは、どういうことだ?


 菅原と目が合ったタイミングで、権田は顎をしゃくって見せた。自分で皆に説明してやるべきだろうと。

 これから殲滅しようとしている組織は、実は菅原が所属している部署である。――そんなことを権田が勝手に言い出すわけにはいかない。知っているのは菅原本人と、その菅原に認められた権田だけなのだ。


 そうは言っても、どうして菅原が敵の本拠地を知らないのか。それは疑問の余地がある。


「現在、私にも敵の本拠地は分かっていません。ただし、見当はつきます。東京湾に建設された洋上港湾施設『アクアフロート』です」


 アクアフロートとは、工業製品の輸出入簡略化のために建設されたメガフロートの一種だ。時の政権下に、与党の人気取りのためだと非難轟々の中で建設された施設である。

 実は米軍との兵器共同開発のための施設なのだ、などという陰謀論が流行った時期もある。


 それはそうと、何故菅原の知り得る地理的情報がそれだけだったのか。


「アクアフロートの海面下施設は広大です。エレベーターが縦横無尽に展開されていて、侵入者があればすぐに感覚を失って迷います」

「それは厄介っすね」


 眼鏡を直しながら安野が呟く。それに頷いてみせてから、菅原は続けた。


「正直、異常です。そこまで隔離性の高い海面下施設があるということが。でもそのお陰で、人間の警備員はいません。思う存分、暴れることができます」

「それで、どこに行けば爆撃地点を絞れますか?」

「いいところに気づいたわね、ミっちゃん。ここよ」


 プロジェクターで写し出された港湾部の中で、一際高いビルが目を引いた。


「ここは……『ベイサイド東京』ですか?」

「その通り。そこの地上三十階から三十二階、ガラス張りの階層だけ警備が厳しいのよ。きっとそこにアクアフロートの構造に繋がるヒントがあるはず。だから――」


 すると、権田がだらんと片腕を上げた。


「疑問点が二つ。いいか?」

「もちろん」

「まず一つ目だ。俺たちは、正規の警官や自衛官の殺しはやらねえ。ベイサイドはどうやって制圧する? 二つ目は姐さん、あんたの言葉遣いだ。あんたはさっき『きっと』アクアフロートの構造のヒントがある、と言った。不確実性に基づく戦闘は極力避けるべきだと思うが?」

「そうね、一つ目の答え合わせ。このフロアの警備をしているのは自律型戦闘機械、いわばマシンよ。それならいくら殺しても、いえ、壊しても問題ないでしょう?」


 無言で頷く権田。問題は、疑問点の二つ目だ。

 昨日権田に話したことを皆にひけらかしていいものだろうか? 実は、間接的にとはいえ権田の家族を奪ったのは自分なのだと、言うべきだろうか? それでは士気の低下に繋がる恐れがあるが――。


 菅原は、ここはひとつ、腹を括るべき場面なのだと自分に言い聞かせた。


「二つ目の答えは、ずばり女の勘よ」


 これには、皆ががくっと姿勢を崩した。


「ちょ、ちょっと菅原さん……」


 不安げな空気の振動が、矢口から発せられる。それを打ち切ったのは、哄笑だった。


「ふっ、ははははっ! ははははははははっ!」

「どうしたんすか、権田さん!」

「安野、だって可笑しいじゃねえか、この期に及んで女の勘とはよ! いいぜ姐さん、その勘に俺は賭けてやる。お前ら、若いの三人はどうだ?」


 安野と帆山、それに矢口は互いに顔を見合わせた。

 最初に口を開いたのは帆山だ。


「女の勘……。あんまり好きな言葉じゃないんですけど、今の権田さんの笑い声で吹っ飛んじゃいました」

「ボクも賛成です。今までだって、菅原さんが指揮を執ってきたから死者が出てこなかった。でしょう?」

「おお、嬢ちゃんも賛成か。残るは――」


 悪戯っぽく口角を上げて視線を寄越す権田。それにつられて、安野もふっと笑みを浮かべた。


「いいんじゃないっすか、その作戦で」

「よし、決まりだ姐さん。命令をくれ」

「そうこなくっちゃね。今はアクアフロートとベイサイド東京に電気的通信記録があるかどうか、スパコンに読ませてるところ。皆はヘリの整備と火器の整備にあたって頂戴」


 各々が返答の言葉を発し、三々五々会議室を後にした。


         ※


 その後、やたらとうろつき回るある人物の影がセーフハウス内にあった。

 帆山だ。毎回、作戦決行日の朝や作戦準備中にほっつき歩く習慣が、彼女にはあった。最早癖のようなものである。


 だが、今日のそのルーティンは長くかかった。というより、終わらなかった。

 頭の中がいっぱいになってしまっていたのだ。主に安野のせいで。


 自分が両親を亡くしたことを考える度、帆山はいつも思うのだ。自分にとって大切だと思える人の存在を認めてはならない、と。また喪った時のショックに耐えられないだろうからと。


 しかし、自分が安野に好意を抱いてしまったのは紛れもない事実。この感情をぐしゃぐしゃに丸めて放棄することは、最早不可能だ。

 そう、最早、という言葉を遣わなければならないほど、帆山にとっての安野の存在は大きくなっていたのだ。


 唸り声を上げつつ、顎に手を遣って歩き続けていると、突如として壁が現れた。正確には、壁ではなくて人間だ。


「いたっ! ああ、ごめんなさい」

「いや、こちらこそ。大丈夫かい、瑞樹さん?」

「え?」


 はっとした帆山が顔を上げると、そこには安野の顔があった。穏やかな笑みを浮かべて、何らかの金属機械を腕いっぱいに抱きながら。


「ごめん、なさい……」

「いや? 僕にも非があるよ。それに、二度も謝ることないじゃないか」

「あっ、それは、その……」


 帆山は自分が何を言いたいのか、否、何を考えているのかすら分からなくなってしまった。


「そうか、きっと緊張でメンタルが弱ってるんだ。ちょっと僕の部屋で待っててよ。この部品運んだら、お茶でも淹れるから」

「あ、ありがと」


 安野はにこやかに、しかし帆山の気持ちには全く気づかない様子で、狭い廊下のわきを通り抜けてグレープ号の整備区画に向かった。


 その背中を見送り、横を見る。スライドドアは開けっ放しになっていて、どこか帆山をいざなっているかのように思われた。

 と、ここで帆山はぶんぶんとかぶりを振る。


 いくら許可を貰ったからとはいえ、勝手に異性の部屋に入ってもいいものだろうか?

 いやいや、昨日来たばかりの部屋に個性も何もないだろう。無骨な部屋だなあとでも思いながら踏み込んでしまえばいい。

 だが、しかし……。


「あれ? 瑞樹さん、待ってくれたの? 部屋でくつろいでいてくれればよかったのに」


 同性の部屋ならそうするだろうが、異性の、それも意中の人物の部屋ともなれば話は別だ。

 やはり安野は朴念仁なのだ。帆山はぎゅっと両手を握り締めた。


「紅茶くらいなら淹れるけど……って瑞樹さん、顔赤いよ? 大丈夫?」

「えっ? ああ! うん、全然大丈夫……」


 まったく、誰のせいで赤面しているというのだ。

 そう思って顔を逸らそうとした直後のこと。


「んー、ちょっと熱っぽいかな?」


 安野の顔面が目の前にあった。互いの額が触れあっている。帆山は危うく悲鳴を上げるところだった。


 もしこれが戦闘中だったら。

 バックステップで距離を取るなり、後方に素早く回り込んで喉を掻っ斬るなりしているところだ。


 が、帆山はぴくりとも動けなかった。

 石化の魔法にでも欠けられたかのようだ。ついでに、血流がよくなる魔法も。


 そもそも、今眼前にいるのは、敵ではなく恋愛対象だ。攻撃などできるわけがない。


「どうする、瑞樹さん? 僕よりも自分の部屋で眠るかい? よかったら、おじやか何か作って持っていくけど」

「あの……じゃあ、お願いします、立己くん……」

「了解っす」


 ようやく安野は帆山を解放した。


「この時間帯は誰も使ってないだろうから、キッチンでおじやを作ってくるよ。瑞樹さん、ちゃんと水分補給してね」


 ここまで言われてしまっては、帆山は無言で頷き、自室へ向かって踵を返すしかなかった。

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