第20話
※
やがてグレープ号は、着陸態勢に入った。搭乗経験のある矢口には分かる。
もっとも、どこに着陸したのか、この後自分がどう扱われるかは定かでないが。
間もなく、ガシュン、という着陸時の衝撃吸収ユニットの駆動音と共に、臀部から背筋を伝って振動が伝わってきた。
さらに、牽引車で機体が引っ張られていくのも感じられる。やはり倉庫のような場所に格納しておくつもりなのか。
ヘッドギアには、正面の映像が明確に捉えられていた。そこには、自動小銃を手にした黒服の男たちが二十名近く。
音響探知システムによると、回転翼は二機共停止させられてしまったようだ。後方からは、がらがらと蛇腹式の鉄扉が下りてくるのが聞こえる。
《ヘリのパイロット、投降しろ。ヘッドギアを外して、風防を上げて出てこい》
こうなってしまっては、自分一人でできることは最早皆無と言っていい。敵に従うのは癪ではあるが。
がちゃり、と金属の擦れる音と共に、風防が展開される。すっとヘッドギアを外し、矢口は両手を上げて座席から立ち上がった。
「そのままそこに立ってろ。武装解除をさせてもらう」
すると、左右から金属製の脚立がするすると寄ってきた。その上部には、矢口に指示を出した男と同じ服装の黒服が立っていて、ぱんぱんと矢口の身体を軽く叩いた。
「ちょっ! どこ触ってんだ、変態!」
という非難の声も空しく、装備してきた拳銃は呆気なく取り上げられてしまった。
「拳銃一丁と予備弾倉三つ、取り上げました」
「了解。手錠を掛けろ。扱いは丁重にとの指示は皆聞いているな?」
コクピットから下ろされた矢口は、そのまま素直に連行されることにした。
本当だったら、どこか脱出口がないか確かめたいところだ。が、あまりきょろきょろしても怪しまれるだけだろう。
矢口はその若さには不相応な諦めの溜息をついた。俯いたまま、腕を引かれて歩んでいく。
格納庫からしばらく外を歩くことになった。周囲を見渡してみると、平坦な野原。遠くにちょこんと小さな建物が見え、その背後からは森林が広がっているようだ。
天気は今にも振り出しそうな曇天で、さっきのグレープ号強奪作戦の時と比べるとだいぶ暗い。
まるで今のボクの心境を写しているみたいだな。矢口はそう思った。雨が降り出す前触れみたいな、じっとりした匂いもするし。
すると、目の前に扉があることに気づいた。と同時に、手錠が取り外される。
一瞬呆気に取られたものの、今はチャンスだ。千載一遇と言ってもいい。
なんとか脱出できれば――。
しかし、その考えはすぐさま霧散することになる。扉の向こうから現れたのが、見知った人物だったからだ。
「あっ、あんたは……!」
「待っていたよ、矢口由香さん」
※
ところ変わって、同時刻・エンターテイナーのセーフハウス。
この時間だけは、菅原は室内での喫煙を許可していた。もっとも、喫煙者は自分と権田しかいなかったのだが。
「あの嬢ちゃんが来て、せっかく賑やかになったと思ったんだがな」
「ちょっと! 権田さん、そんな言い草はないでしょう!?」
「落ち着いて、瑞樹さん」
「じゃあ安野くん、あなたはどうしろってのよ!?」
「……」
俯く代わりに、安野はある人物に視線を遣った。菅原にだ。
「説明、させてもらってもいいかしら?」
唐突に許可を求められ、安野と帆山は顔を見合わせた。が、沈黙はなかった。
頼むよ、姐さん。そう言って権田が促したからだ。
「ありがとう、ゴンちゃん。まずは、ヘリごとヤっちゃんを誘拐した連中には、強力な電波妨害並びに遠隔操縦を行える、高度な技術力があるってことね。正直、私たちには対処できないわ」
「となると敵は、そんじょそこらの殺し屋集団と違って、資金は潤沢。有能な技術者もついてる、ってことか」
「そういうことになるわね」
チッ、と聞こえよがしに権田が舌を鳴らす。
「でも、ヘリの現在地は分かるんでしょう?」
「そうよ、ミっちゃん。今回の見本市が、表沙汰にできないような商品を扱っているのが幸いしたわね。あの場所にあったのはお試し品。すなわち、最先端軍事技術の結晶よ。万が一強奪されても追尾できるよう、強力なGPSが仕掛けられているはず。ヤっちゃんだって気づいてるはずだわ」
ふむ、と腕組みをしながら権田。
「いずれにしても、あの嬢ちゃんを人質に使うっていう前提で作戦を練るべきだな」
「だったら一刻も早く奇襲をかけるべきでは?」
「それができりゃあ苦労はしねえよ、安野。姐さん、グレープ号の着陸地点の衛星写真、あるか?」
「ええ。きっとゴンちゃんの予想通りだと思うけど」
すると、菅原はタブレットを操作して拡大してみせた。
「やっぱりな」
「やっぱり、って……。この黒い点々はドローンですか?」
帆山の言葉に、菅原は大きく頷いた。
「私たちがすぐさま奇襲をかけてくると睨んで、警戒しているんだわ」
「これで俺たちの奇襲を封じたつもりなわけか」
権田は唇を湿らせ、じっとタブレットを見続ける。
その時間、約十秒。沈黙を破ったのは権田自身だった。
「ちょっと借りるぞ」
さっとタブレットを取り上げ、権田は表示されている地図を広範囲に展開させた。
たちまちドローンが見えなくなる。代わりに見えてくるのは、背の低い草原に囲まれた格納庫と、宿舎と思しき建物。
さらに地図を拡大。すると、左上の方に斜めに走る道路と交番が見えてきた。
「こんなところに交番が……?」
横から覗き込んでいた安野が疑問を呈する。
「おいお前ら、これはチャンスだぞ」
「どうしたのよゴンちゃん、急にチャンスだなんて」
「この交番、人里離れたところに孤立してるだろ? 普通、こんなところに交番なんて置くかい、姐さん?」
「確かに不自然ね」
「そこでだ。この交番の地下に何かあるんじゃねえかと俺は睨んでるわけだが――このタブレットと姐さんのスパコン、繋げられるんだよな?」
「ええ、あたしが操作する」
流石にそこまで高度な操作はできなかったのか、権田は素直に帆山へとタブレットを手渡した。
このタブレットは、菅原の情報管制室とリンクしている。航空画像と地下施設の画像の連携など朝飯前だ。
交番の地下に何があるのか? それは――。
「ビンゴ。陸上自衛隊の特殊航空技研究所……。その支部がここにある」
「つまり、敵の親玉がここにいるってわけか」
満足げにタブレットを見下ろす権田。
「いや、待ってくれ瑞樹さん」
自分と瑞樹の話に割り込んできた安野をじろり、と睨みつける権田。そんなことには構わずに、安野は言葉を続ける。
「ここにわざわざ交番を置いた理由は何だい? まるで陸自の地下施設の場所を示しているようなものじゃないか」
「だからこそだろうよ、安野」
「えっ?」
権田は顔を顰め、ふんと鼻を鳴らした。
「近くに民間人が来たら追い返せるように、ってことだろう。最悪の場合、口止めするってことも考えられる」
今度は安野が音のない溜息をついた。
「でも、それとドローンが警備していることに何の関係があるんです?」
「簡単な話、騒音問題でしょうね。私が周辺警備を任されたら、確かにドローンは使うでしょう。でもあの羽虫のような飛行音は、今の技術では消すのがなかなか難しい。昼間はまだしも、夜間ともなれば猶更よ」
腕組みをしながら自らの推察を述べる菅原。
「さっきの格納庫や宿舎の画像を見る限り、大規模な部隊を駐屯させておけるとは思えない。防衛省内の派閥争いは知りませんけれど、きっと資金繰りにあえいでいる部署なのでしょう。だから、人件費をかけて夜間警備をするより、ドローンを飛ばしておきたい。万が一ドローンが人影を察知したら、偽装交番から武装した連中が出てきて、目撃者を脅す。もしくは殺害する」
「格納庫と偽装交番――研究所の目印が近くにあるのも納得できますね」
「そう。研究所と、戦利品を確保した格納庫との距離はなるべく近い方がいい。実際、この地図で見る限り、五百メートルほどしか離れていない」
安野と帆山の会話を聞きつつ、権田と菅原は目を合わせた。
「若いわね」
「確かに。若いな」
「えっ? 何です?」
帆山が振り返ると、若いという言葉を遣った二人が揃って腕組みをしていた。
「ん、ああ。二人共考え方が柔軟でありながら理路整然としている。俺や姐さんの出る幕じゃなかった、ってことだ」
「それはないでしょ、権田さん!」
安野も二人に向き合った。
「権田さんから学べることはまだまだ多いですよ、実戦での機転の利かせ方」
「そうですよ! わたしだって、姐さんほど情報収集と解析に秀でた人なんて知りません!」
帆山も加勢する。
そんな二人に気圧されたのか、権田と菅原は再び顔を見合わせた。
「引退にはまだ早い、とさ」
「お年寄りには楽をさせてあげるものよ、お二人さん?」
今度は安野と帆山が顔を見合わせる番だった。
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