第17話
「基本スペックは、お手元の資料をご覧ください」
皆が目を下ろす。そこには、中学生が描いたにしてはなかなか上手いヘリのイラストと、端のほうに基本スペックがまとめて示されていた。
「ええっと、ご覧の通りとしか言いようがないんだけど……。現在運用されている陸上自衛隊の戦闘ヘリと比べて、航続距離は一・二倍、飛行速度は一・三倍になってます。部品の換装じゃなくて、完全な新型。型式番号は――」
それから矢口はつらつらと数字とアルファベットの羅列を述べた。どうやら、人員輸送と戦闘の両方を兼ねるというコンセプトの機体であるらしい。
「なるほど。確かにこれは完全に新型の、最新鋭機と呼べるでしょうね。でも、それだけではないのでしょう?」
菅原がすっと視線を矢口に走らせる。すると矢口は、待ってましたとばかりに立ち上がった。
「このヘリの操縦には、ライセンス取得や操縦技術の習得が必要ありません!」
ばん! と両手をテーブルについて、矢口は上半身を乗り出した。
皆がぽかんとした顔をしている。が、帆山だけは物知り顔で目の前の湯呑をすすっている。
その冷淡さが癇に障ったのか、矢口は再びテーブルを叩いて帆山を睨みつけた。
「ちょっとそこ! もっと驚くところでしょ、ここは!」
「だってあたし、もう知ってるもん。そのヘリの最大の特徴は、パイロットの意思で直接操縦できるってことでしょう? ヤっちゃんにできるんなら、あたしにだってできます~」
「ああっ! ボクが一番言いたかったところなのに!」
「まあまあ、二人とも落ち着きなよ」
仲裁に入ったのは安野だ。
「あっ、ごめんなさい、大人げなかったわね……」
「ああいや、謝るならヤっちゃんに」
この時帆山にとって、赤面しているのが矢口に悟られなかったのは不幸中の幸いである。
「つまり今ここにいる五人の中で、無作為に二人選んでも大丈夫、ってことだな? 操縦士と銃撃手を別にしても」
権田はテーブルについた肘の上で手を組みながら、確認がてらにそう尋ねた。
「そういうことになりますね。ランダムでも大丈夫かと。でも、流石にパイロットとガンナー――火器管制士のダブルタスクは無理でしょうから、少なくともツーマンセルは組んでもらう必要がありそうですね」
淡々と語る安野。それを聞きながら、権田はやれやれとかぶりを振った。
「なあ安野、お前最近、やたらと横文字使ってないか?」
「何か不都合でも?」
「なんだか俺が旧世代の人間だって言われてる気がしてきちまうんだが」
「そんなことはないっすよ」
「ああそう」
権田は嫌味をここで打ち切り、話を戻した。
「ちなみにそのヘリ、遠隔操縦はできねえのか? やっぱり操縦席に着いて、その、なんだ、ヘッドギア? そいつを被らねえと動かせねえのか?」
「はい。万全を期すならそうなります。飛ばすぶんには可能ですけど、精密操縦は難しくて――」
「あい分かった!」
がたん、と椅子を引いて権田は席を立った。
「取り敢えず、この冊子に必要事項は書いてあるんだろ? なら後は自分で勉強するよ」
「あっ、まだ説明は終わってないですよ、権田さん!」
「じゃあ、私も権田さんにお供させていただこうかしら。ごめんなさいね、ヤっちゃん」
「えー、菅原さんまで……」
文句を垂れつつも、矢口には権田と菅原を止める気はなかった。何かあるのだろう、大人の事情というものが。
※
ダイニングを出た権田は右手を背後に回し、ハンドサインを送った。もちろん、すぐ後ろをついて来ている菅原に対してだ。
菅原は無言。異議なし、ということだろう。
ちなみに権田が送ったハンドサインの意味は、二人だけで話すべき案件がある、という程度の意味だ。
セーフハウスとはいえ、数日もすれば扱いも慣れたものである。
権田は廊下の奥へと進み、電子ロックのかかった一際頑丈な部屋へと足を踏み入れた。
いざという時は防空壕にもなり得る部屋だ。そこら中に水や食料が山と積まれている。
「で、どうしたの、ゴンちゃん。あなたが会議を抜け出すなんて珍しいわね」
「からかうのはよしてくれ、姐さん。あんただって分かってるだろう? 俺が子供を戦場に送り込みたくないって思ってることは」
「それで、今回のヘリ強奪作戦からヤっちゃんを外せ、と?」
「今回だけじゃねえ。元々、あいつを俺たちの組織に引き入れた、というか引き受けたのがマズかったんだ」
背筋をピンと伸ばして、中央のテーブル付属の椅子に腰かける菅原。権田はと言えば、片手で椅子の背もたれに体重を預け、菅原を真っ直ぐ見ようとはしない。
その態度が、逆に本音を話している時の権田の態度なのだ。それを菅原はとっくに承知している。
しかし、と菅原は思案する。
矢口は自分の過去を権田に話したのだろうか? 彼女の過去を知った上で権田が相談を持ちかけてきたのか、それとも知らずにいるのかによって、菅原の権田に対する対応は大きく変わる。
「五年前の都内脳神経技術研究所が電子的攻撃を受けた、って事件は知ってるわね」
「ああ。治験参加者が全員脳を焼かれて死んじまった、ってひでえ話だろ?」
「その通り。九十点」
「何?」
なるほど、権田はしらなかったのだな、『その事実』を。
だが、そこから先の権田の頭の回転は速かった。
「まさか、生存者がいたのか?」
無言で頷く菅原。
「それで……いや、しかし……。矢口由香がその生存者で、俺たちエンターテイナーに接触してきたとでも?」
「百点満点。ここまではね」
ふう、と権田は短い溜息をついた。
「若すぎるとは思っていたが、まさかそこまで入り組んだ事情があったとはな。それで? さっきのヘリの操縦には、脳みその外科的手術を施された矢口が適任だ、とでも言いたいのか?」
「百二十点」
なんだよ、百二十点って。馬鹿にしてんのか。
権田は内心毒づきながらも、菅原の狡猾さに舌を巻いていた。
「なあ菅原、矢口の家族は?」
「まともな両親の下で育てられた子供が、脳外科の治験なんかに協力すると思う?」
「考えづらいな。俺が親なら絶対に辞めさせる」
「でしょう?」
肩を竦める菅原に追いすがるようにして、権田は問いを重ねた。
「事実、あの若さ――小学五年生であの治験に参加したのは彼女だけだった。というより、極端に若かったというべきね」
「だろうな。親がまともじゃねえってのは……何があった? 虐待か? 育児放棄か? それとも――」
「両親との死別よ」
「えっ」
これには権田も息を飲んだ。
「これが、ご両親を亡くす一ヶ月前のヤっちゃんの写真」
一枚の写真を胸ポケットから取り出す菅原。掠めとるようにして写真を読み込む権田。
そして権田は、えっ、と息を詰まらせた。今日二回目だ。
「矢口の両親って……。こりゃあ、六年前に俺が仕留めた国内テロリストの幹部じゃねえか!」
「その通り」
だからヤっちゃんが自分でゴンちゃんに打ち明けるまで、待っていようと思ったんだけどね――。
そう呟いて、立ったままだった菅原はようやく権田の方を見た。
「ゴンちゃん、煙草一本貰えるかしら」
「……」
「ゴンちゃん?」
「あ、ああ……」
権田は写真を凝視したまま、左腕だけでシガレットケースとジッポライターを取り出した。が、携帯灰皿を手渡すほどの余裕はなかった。
ふうっ、と息をついた菅原は、二年ぶりだとやっぱり妙な感覚ね、と呟いた。
が、そんな言葉は権田には聞こえていない。
「最初に接触したのは、裏情報でその治験に生存者がいる、って分かったから。電脳化してるわけじゃないけど、ヤっちゃんは特異体質になったみたいでね。何か電子機器に関する作戦時に使えるんじゃないかと思ってアプローチしたのよ」
「いや、ちょっと待て。おかしいぞ? 矢口の能力を活かしたいというのは、俺たちエンターテイナー側の一方的な都合だ。それに矢口がホイホイ従うとは思えないんだが?」
「ご両親の仇を討てる。そう言って説得したわ」
ぞくり、と嫌な震えが権田の背筋を這い回る。
両親の仇って、俺じゃねえか。
深く考えないでいた――というより考えるのを拒否していたが、もしかしたら自分が大倉に対して憎しみを抱えきれていないのも、自分だって他人の大切な人を奪ってきたからか。いや、きっとそうだ。
「俺は一体、何をやってるんだ……?」
「私からは以上。ゆっくり悩んで頂戴ね、ゴンちゃん」
がしゃん、と音を立てて菅原が退室した後も、権田はしばらく指一本動かせないでいた。
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