第16話


         ※


「さて、状況をお聞かせ願おうか、大倉敏也くん」

「はッ」

「ああ、姿勢はそのまま。敬礼は不要だ。まだ杖が要るんだからね」

「失礼致します」


 大倉にお呼びがかかったのは、エンターテイナーから解放されて三日後のことだった。

 広くて薄暗い部屋だ。真ん丸の円卓が中央に置かれ、誰が見るとも知れない観葉植物が四隅に配されている。


「さ、君もかけたまえ。足に負担をかけるわけにもいかんのだろう?」

「はッ、お言葉に甘えます」


 すると、先ほどから大倉に声をかけていた初老の男性がほほ笑んだ。

 次に口を開いたのは、より厳つい、肩幅の広い男だ。


「大倉一尉、君のようにエンターテイナーから解放される人間は珍しい。独自のパイプでもあるのかね?」

「いえ。先日の薬物製造施設急襲作戦の際、旧知の仲の者と遭遇しまして。武器弾薬が心許なかったので彼を放って撤収しました」

「彼、とはこの人物のことですね?」


 三人目、今度は張りのある女性の声が耳に入ってきた。

 と同時に、部屋奥のプロジェクターが起動し、その『彼』とやらを写し出す。


 苦い唾を飲みながら、はい、と大倉は一言。


「権田宗次郎、五十二歳。元陸上自衛官で、しかもその後暴力団幹部。一旦は逮捕されたものの、警察組織間での機密漏洩の防止や情報伝達の高速化を目指すプロジェクトに参加。特赦を与えられて、現在は割合自由に行動しているようです」

「大倉くん、君ほどの凄腕でも仕留めきれなかった男だ。先日、君が足を負傷した件についてもね」


 中性的な若い声が、この場にいる五人目の人物のもの。


「まあそれでも、彼の提供してくれる情報は実に有益だ。殺してしまうには惜しいが……。我々が苦心しているのは、その任務を大倉敏也一尉、君に引き続きあたらせていいものかどうか、ということだ」

「と、申しますと?」


 大倉は五人目の方に顔を向けながら問いを投げる。


「君は権田宗次郎とは因縁があるそうじゃないか。中東某国に非公式戦術部隊として潜入、国際テロリストのアジトを潰して回った。帰国後、権田は妻子を持つものの、二人は殺害されてしまった。君の手でね」


 何度聞かされても、この胸の傷が癒えることはない。たとえその二人(権田本人を含めれば三人)の暗殺計画が、警視庁公安部上層部からの勅命だったとしても。

 そしてそれが、表向き大倉が在籍している防衛省の利害と一致するものだったとしても。


「権田宗次郎に自覚があるか否かは定かでありません。しかし、彼は知りすぎてしまった。この国が国民世論を欺き、中東で戦闘行為を行ったということを。そしてその結果がどうなったのかを」


 女性が淡々と言葉を並べる。


「公安がマークしてあなたに情報を提供していましたが、これ以上放っておくわけにはいきません」

「そこで、我々の出番というわけだ」


 肩幅のある男の口角が、にやり、とつり上げられる。薄暗がりでもそのくらいは見て取れた。


「大倉敏也・一等陸尉、君には私の部下を率いて、権田宗次郎及びその仲間の殲滅を頼みたい」

「命令ですか」

「いや、君に罪悪感が欠片でもあるなら、無理にとは言わん。他の者に指揮を執らせるつもりではあるが」


 他人の指揮で権田を殺す? 冗談じゃない。

 あいつはかつての相棒あり、同時に自分が贖罪しなければならない相手なのだ。

 せめて足さえ動かせれば。

 権田と一対一で戦える条件になれば。

 その時こそ、自分が自分で自らの真価を見極める瞬間となるのだろうが。


 大倉はゆっくりと腰を上げ、松葉杖をついた。


「その任務、自分がお受けします」

「かつての同胞を仕留める覚悟はある、ということだな。了解した。よろしく頼むよ」

「はッ」


 初老の男性に向けて、大倉はすっと敬礼した。


         ※


 その週の土曜日。


「うわあ……」


 厳重なセキュリティを潜り抜け、帆山と矢口は、見本市のメインエントランスに足を踏み入れた。

 見本市の会場は、だだっ広くて屋根のない、学校の校庭のような場所だった。


 まだセキュリティシステムが隠されている可能性があるとして、菅原から口を酸っぱくして言われていた。目立つ真似はするなと。


 帆山はもちろん、矢口も平静を装っていた。それでも、拳銃から爆撃用ドローンまでがずらりと並んでいるさまは圧巻である。さらに向こうには戦車が並んでいる。矢口は興奮せずにはいられない。


 早い話、矢口はミリオタなのだ。帆山もいろいろと手に取って見てみる。が、ナイフと白兵戦にしか興味のない帆山にとっては、何がどう楽しいのかさっぱり分からない。


 それにしても、青空天井の下でこんな兵器の見本市など開いていいものだろうか。今更ながら帆山は思う。

 だが実際、そうでなければこの見本市自体は開催できなかったのだ。人工衛星で監視できるようにしておかなければ。

 何がどの国に流れたのか、兵器市場関係者は目を皿のようにして見守っているに違いない。このあたりはオープンにしておこうという密約が、国家間で結ばれているのだろう。 


「ヤっちゃん、今回の目的、忘れてないよね?」

「あっ、はい! 周辺の大まかな雰囲気を掴んで、調達したいヘリを選ぶんでしょ?」

「その通り。今回の展示会は、臨戦態勢で臨む兵器が多いから、ヘリにもちゃんと燃料は積まれているだろうしね」


 ビュンッ、という風切り音と共に、二つの影がよぎる。どうやら最新鋭戦闘機の模擬飛行が行われているらしい。流石にあんなスピードでは、仲間の救出任務には向かないだろう。

 

「やっぱり狙いはヘリだな……」

「どう、ヤっちゃん? お眼鏡にかなうヘリは見つかった?」

「うん、まあ」


 はしゃぎだしたいのを必死で我慢しながら、矢口はちゃんとヘリの外観やスペックに目を光らせていた。


「これ、これがいいよ、帆山さん」

「どれどれ?」


 矢口が指さしたのは、たった今着陸を完了した多用途ヘリだった。キャビンは広いが、複座式のコクピットの風防は鋭角的になっており、攻撃性能も高そうだ。


 だが、矢口が最も気に入っていたのは、その操縦方法だった。


「よっと」


 ヘリの回転翼が止まり、次のお客(当然正規の軍人だ)を乗せようとしていたところに、矢口は割り込んだ。

 割り込まれた男性の方は、何やら北欧ヨーロッパのものと思しき言語で抗議したが、矢口はどうどうと馬でも宥めるような調子で間を置いた。素早く前席に滑り込む。


「さ、帆山さんも!」

「しょうがないわね……」


 それから件の男性に向かい、どこかの言語で帆山は詫びをいれた。

 後部座席に乗り込み、周囲を見渡す。ここは火器管制システムの塊だ。いざ敵を相手にした時、真っ先に反応するのは帆山の握ったレバー。そして機体の先端に設置された機銃砲だ。


 前席の矢口を真似て、瑞樹もまたヘッドギアを被る。


「ねえヤっちゃん、これでいい?」

「……」

「ヤっちゃん?」

「え? ああ、ごめんなさい。ボク、ぼーっとしてたみたいだ」


 おいおいそれで大丈夫なのか。下手をしたら死ぬんだぞ。――などとは、流石に怖くて言えなかった。


《第二十六番機、離陸準備完了を確認しました》

「よし、じゃあ離陸を――」

「ちょ、ちょっと待って!」

「どしたの、帆山さん?」


 帆山はずいっと身を前席の乗り出した。


「あなた、ヘリの操縦経験なんてあるの? 安全に飛ばせるんでしょうね?」

「それはボクじゃなくて、このヘリに訊いてくださいよ。このヘッドギア、脳波をキャッチして自在に動けるシステムが搭載されてる。ほら、レバーもスイッチも極端に少ないでしょ? このコクピット」


 ああ、だから矢口はこのヘリを選んだのか。

 帆山が納得した直後、がたん、と一度揺れてから、僅かな振動と圧迫感を伴ってヘリは離陸した。


「おおー、快適快適」


 自分の意思だけでコントロールできる機体を、それこそ自由気ままに乗り回す。

 矢口の今の心境は、あたかもアメリカ中西部時代、暴れ馬を乗りこなすカウボーイそのものだった。


 まあ、手綱を握るわけでもなく、足で馬の腹を蹴るわけでもないのだが。

 だからこそ、脳波発信による自在な活動が可能になるわけだ。


「ねえ帆山さん、菅原司令に頼んでみてくれません? このヘリの担当は矢口がやります、って」

《はあ? 勝手に他人様をパシリにしないでよ。自分でしなさい》

「ちぇっ、はあーい」


 強奪すべき獲物は見定めた。これでもう、自分たちがここにいる意味はない。

 そう判断し、帆山は矢口の肩を引っ叩いた。


「はいはい、着陸しますよーっと」


 ダウンバーストで上から下へと風が流れていく中、矢口は野外展示ブースのヘリが配されていたところに、綺麗に着陸を果たした。

 この間、矢口は一時も操縦桿に触れてはいない。


「ねえ帆山さん、ボクこの子に気に入ったよ」

《左様で》


 回転翼の空を切る音が、次第に小さくなっていく。

 帆山の素っ気ない答えに続き、矢口は入退場ゲートを出た。


         ※


 セーフハウスに戻った二人は、早速会議を開いた。


「ボクが選んだエンターテイナーの専用ヘリは――これです!」

「もったいぶらなくていいよ、ヤっちゃん。それで、何がすごいわけ?」


 安野に出鼻を挫かれた格好だが、それでヘリの性能が落ちるわけではない。

 そう自分に言い聞かせた矢口は、得意げにヘリの解説を始めた。

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