第15話
「これは酷いな……。眉間を弾丸が貫通してる。とても子供に見せられたもんじゃないですね」
「まったくだ。一体日本は、いつからこんな国になったんだ?」
「僕に訊かれても困ります」
そんな部下の報告を受けながら、機動隊員たちは救急車を下りた。
すると、運転席側から医師がやってきて安野に声をかけた。
「大丈夫かい、坊や? 今はもう安全だ。腕の止血はしてある。ちゃんと輸血もするから、心配しなくていいよ」
正直、安野は反応に困った。父親が殺害されたのは明白だ。その事実を飲み込めないままに、何やら話は進んでいる。
医師は安野の点滴を確認し、その場を離れようとした、その時だった。
「うわっ!」
救急車の車体が大きく揺れた。銃撃のせいでアスファルトが抉られ、駐車場内が未舗装のような状態になっていたのだ。
ずれる担架。その上に載せられていた遺体も、さらに顔にかけられたシートまでもが揺れる。
後から搬入された遺体の顔が露わになったところで、安野の記憶は途切れていた。
※
「安野、それがお前の母親だったのか」
飽くまで淡々とした大倉の言葉に、安野は頷く。
「でも妙なんです。僕は母親の遺体を見たはずなのに、どんな負傷をしてどんな状態だったのか、全く思い出せないんです」
「それはストレス性のもんだろう」
権田がワインを注ぎながら言った。
「あんまりにもショックがでかすぎると、脳みそがパンクする。よく言うだろ?」
「ええ。でも、それより過去の母親の顔さえ思い出せないんです。写真を見ても、ぼんやり靄がかかったような感じで」
「それだけ酷い有様だった、ってことだろうな」
「おい、権田!」
流石に権田の言い方は酷だと思ったのだろう。大倉が割り込んできた。
「あのなあ、大倉。それでも安野は必死に戦ってるんだ。水を差すようなこと、言うんじゃねえぞ?」
「……」
しばしの沈黙の後、口火を切ったのは安野だった。
「大倉さんも見ますか? 僕の装備」
大倉は、今度はあからさまに困惑の表情を浮かべた。拳銃も自動小銃もここにはないが。
安野はシャツを捲り、左肩までを露わにした。一見、普通の左腕に見える。
しかし、何かがおかしい。無機質な感じがする。
「驚かないでくださいよ? よっと」
安野が勢いよく左腕を振る。すると、腕が変形した。皮膚が引っ込んで金属パーツが露出し、肩から指先までが一直線に伸ばされる。
がしゃり、といかにもな音がする。その頃には、安野の左腕は中口径の散弾銃に変化していた。
「なっ! こりゃ、一体……?」
「八連装の散弾銃です。僕の護身用に、姐さん経由でプレゼントしてもらいました。」
「姐さん、安野に言ったんだ。復讐したければすればいい。だが負傷した左腕は使い物にならない。戦うつもりなら、人工の腕部を接続するか、仕込み銃として緊急時に対応できるようにしておくか、ってな」
「安野、お前はそれで自分の腕を義手に……?」
「はい」
短く答える安野。
鎮痛剤はまだ効いているはずなのに、大倉は右ふくらはぎに鋭い痛みを覚えた。
「まあ射程が短いですから、いざって時に限られちゃいますけど。でも今回は上手くいったみたいですね」
再度沈黙する大倉。
口をつけるでもなく、ワイングラスを弄びながら呟いた。
「軍事サイボーグ技術か」
そう言う頃には、大倉の視線は権田に向いていた。
「こんなものが、国家レベルで隠蔽されてる組織に回されていたとはな……」
「こんなもんだからだよ。俺たちはモルモットにされてんだ。ま、新兵器をガンガン試せるってのは気分の悪いもんじゃねえがな」
すると、安野は右手で左腕を擦った。
「おっと、弾が入ったままだった」
嫌な汗が大倉の全身から吹き出す。俺の人生はここで終わるのか。隠し銃に眉間を撃ち抜かれて。
だが、安野はそんな無粋なことはしなかった。弾丸の入ったままの薬莢を排出し、ポケットに詰め込んだのだ。
「お、俺を殺すつもりじゃなかったのか?」
「馬鹿野郎、死人相手にこんな酒やら料理やらを持ってくるはずがねえだろうが。まあ、少なくとも最後の晩餐にはならねえ。安心しろ」
安野に代わって補足する権田。
「安野、もういいぞ。手負い、ってか足負いの大倉だったら、俺が面倒を見てやれる。二人も見張りはいらねえ」
「分かりました」
すると散弾銃は出現時と同様に、がしゃがしゃと、しかし迅速に左腕に格納され、安野の身体の一部となった。
「じゃあダイニングに戻ってます。ちゃんと権田さんの料理は取っておきますから」
「おう、頼むぜ」
こうして権田と大倉は、互いの過去をゆっくりと語り出した。
盗み聞きもNGだったな。そう思いつつ、安野はそそくさと退散した。
※
それから一週間後。大倉が無事釈放される運びとなった。
「ほれ、偽造保険証だ。まずは足を診てもらえ。それからこんな仕事からは足を洗うんだ」
「感謝する、権田。皆もすまない。俺なんかが生存した捕虜の第一号になるとはな……」
「まずはセーフハウスを見つけてくださいね。一ヶ所に留まるのは危険ですから」
「ありがとう、菅原司令」
何か憑きものが落ちたような様子で、菅原と視線を合わせる大倉。
今の大倉は松生杖をついている。少なくとも、足が完治するまでは殺し屋稼業はできないだろう。
安野と帆山も、広めの玄関に並んで大倉に向かって頷いている。
一人この場にいないのは、当然のことながら矢口だった。
矢口の認識としては、大倉は権田の元バディでありながら、彼の妻子を殺した張本人である。
そんな奴に施しができるほど、彼女はまだタフではなかった。
そんな彼女の不在を無視して、菅原は皆の方に振り返り、ぱちんと両の掌を打ち合わせた。
「さて! 次は自前のヘリでも用意しようと思うんだけど、どうかしら?」
「はあ?」
突然の発言に、安野と帆山はぽかんとし、権田は間抜けな声を上げた。
「ほら、この前ヤっちゃんを連れてくる時に、ヘリ使ったでしょう? あれお金かかるのよ。ヘリの整備とか操縦とかなら私たちの力でなんとかなる。けど、ヘリそのものがエンターテイナーにないとなると、やっぱりキツイわね。協力してくれた自衛隊員には口止め料を払わなきゃならないし」
「そ、そりゃあそうかもしれんが……。どうやって入手する? 入手できたとして、格納庫は?」
「それを今から決めるのよ、ゴンちゃん」
見事なウィンクをキメる菅原。
確かにヘリがあれば、敵地上空から味方の支援ができるし、逃走の足にもなるだろう。
だが、そんじょそこらにヘリが転がっているはずがない。
「あ、そう言えば」
帆山が声を上げた。
「今朝、こんな広告が挟まってました」
「えっ、なになに!?」
興味ゆえに幼児化する菅原。帆山から広告をかっぱらい、それに目を通す。
「なるほど、兵器の見本市かあ! 日本でもやるようになったんだねえ」
「はい。ヘリを強奪します。あとは、あたしたちのルーティンで即離脱。どうですか?」
「了解! 開催期間は――」
「今週末と月曜日の三日間です」
ふっと顎に手を遣った菅原は、帆山に礼を述べながら皆をダイニングにいざなった。
※
「はい! これが広告の拡大図!」
いつになく乗り気な菅原に向かう四人。
その中で、ずっとしかめっ面をしている人物がいた。言うまでもなく、矢口である。
昨日、権田に詰め寄った。大倉など、さっさと処刑してしまえと。
だが、権田はうんとは言わなかったし、それは菅原にしても同じだった。
菅原からは、今情報を吐かせているから、としか聞かされていない。だとしたら、厄介払いも兼ねて殺せばいいじゃないか。
今の自分の境遇を考えれば、大倉は、殺さずにはいられない対象だったのだが。
「ちょっと、ヤっちゃんは話聞いてるのかしら?」
「聞いてます。一日目に下見、二日目に効果的な爆薬の設置、三日目にヘリの奪還任務本番。合ってますよね」
「そうそう! よくできました!」
あまりに子供じみた扱いをする菅原に向かい、JC舐めんなと叫びたくなった。
が、やはりこの場を制したのは権田だった。今は控えてくれ、というアイコンタクトが見える。
そういえば、どうしてこんな広告がこのセーフハウスに投函されていたのだろう?
まさか新聞のように、一家に一枚配るような代物でもあるまいに。
きっと何某か裏があるのだな、という結論で止まってしまうのが、矢口の新米たる所以だった。が、いつまでも新米という立場に甘んじているつもりはない。
がたり、と音を立てて椅子を引き、立ち上がる。
「あら、どうしたの、ヤっちゃん?」
「ちょっとお手洗いに」
「これからは会議前に済ませとけよー」
権田の声に無性に苛立ちながら、便座に腰かける矢口。考え事をするために一人になりたかったのだ。
このエンターテイナーを取り巻く事態――黒幕は誰だ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます