第13話


         ※


「しかしやり方がアナログだなあ。現金そのものを盗みに入るなんて……」


 雑居ビル屋上に着陸したヘリに乗り込みながら、安野は呟いた。

 菅原の情報処理・改竄能力があれば、ハッキングやクラッキングで暴力団から金を巻き上げることは十分可能に思える。


 が、実際行われたのは強行突入だった。権田だって危なかった。

 そんなリスクを冒してまで、現金にこだわる理由は何だ?


「お、お前……」

「なんだい、殺し屋さん」


 武装解除され、特殊なロープでがんじがらめにされた大倉が安野に声をかけた。


「さっきのはどういうトリックだ?」

「さっきの、って?」

「しらばっくれるな、散弾銃だ。軽傷とはいえ、他人様の左足に傷をつけたんだぞ」

「ああ、あれか」

「どこに仕舞った? いつの間に片づけた?」

「それはね、殺し屋さん」


 僅かに二人の視線が交錯する。


「ヒ・ミ・ツ」


 言うが早いか、安野は大倉の側頭部を思いっきり殴りつけた。一撃で気絶だ。


「ま、いろいろあるんだよ。仕込みはね」

「安野さん、もうじき証拠隠滅のための爆破が行われます。離陸します」

「了解です。一応怪我人を乗せてますので、安全飛行でお願いします」

「了解しました」


 ヘリの高度が三百メートルに達した頃だろうか、眼下で橙色の爆炎が煌めいた。続いて黒煙が、ビルの基礎部分から濛々と立ち昇る。


「地上の皆は無事なんだろうな……」


         ※


 爆発音よりも先に、地鳴りのような振動が乗用車を震わせた。運転席に帆山、助手席に菅原、後部座席に矢口が座っている。いや、矢口の場合、札束に溺れていると言った方が適切か。


「上手くいったみたいですね」

「そうですね。姐さん、今晩の料理はあたしに任せてくれませんか?」

「あら、よろしいの?」

「ええ。高級食材を取り揃えますから」


 そんな帆山と菅原の会話に、矢口は割り込んだ。


「さっきの爆発で、悪者たちは全滅?」

「そのはずだよ。残るのは死体だけ」

「でも、爆薬二つだけでよくできたね。ボク感心しちゃった」

「持ち上げても何も出ないよ。お金は大事なんだから、贅沢するのは今日だけ」


 むぅ、とふくれっ面を作る矢口。

 だが、矢口が帆山の手腕に驚いたのは本当だ。


 帆山が仕掛けた二つの爆弾。

 一つは、雑居ビルの裏口近くにある太いガス管に仕掛けたもの。

 もう一つは、雑居ビルの警備員を刺殺したものだ。


 最初に起爆したのは、ガス管の方である。

 菅原と合流した帆山と矢口は、正面入り口に戻るようにしてビルを出た(その間に金庫から有り金を巻き上げておいたが)。そのタイミングで、ガス管を破損させた。


 二つ目の爆弾は、大した威力はなかった。ただし、広範囲に炎を展開するモデルだった。

 それがガス管から噴出した可燃性ガスに引火し、連鎖的な爆発を起こした。

 悪党は皆殺し。それに証拠隠滅もできる。一石二鳥の作戦だった。

 いや、ビルそのものを倒壊させずに爆破するという経験を帆山に与えたとすれば、一石三鳥か。


 反対車線を多くのパトカーやら消防車やらが走っていくのを尻目に、帆山は僅かにアクセルに力を込めた。

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