第12話


         ※


 権田と大倉の間では、巧みな駆け引きによる戦闘が続いていた。

 大倉の得物はオートマチック拳銃。十五発装填型だ。最初に火を噴いたのは、やはり大倉の方だった。


 権田は頭部をわきに逸らすようにして回避し、そのまま駆け寄り大倉のコンバットスーツを掴み込む。そして、背負い投げの要領で大倉を投げ飛ばした。

 狭い屋上での戦闘、しかもフェンスも何もない。踏み外したらそこまでだ。


 問題は、手榴弾の爆風を防ぎ切った大倉のマント。彼がそれを着用して権田を殺しにかかっているということは、本気だということに他ならない。

 これも公安の仕事の一環なのだろうか?


 権田とてコンバットスーツを身に着けてはいる。だが、被弾した際のダメージを完全に相殺することはできない。

 大倉の使用している拳銃は二十二口径。スーツの上から撃たれたところで殺傷されることはないだろう。しかし、連続で同じ個所に弾を喰らったら、衝撃で内臓が潰される可能性はある。


 大倉の十五発に対して、権田のリボルバー拳銃に装填されているのは六発。純粋に弾数がない。

 それに大倉はあのマントを羽織っている。よほど巧みに急所を狙わなければ、大倉を仕留めることはできないだろう。


「ふっ!」


 先ほどの背負い投げから、一気に攻勢に出る権田。念のため銃器は使わず、執拗に大倉の右腕を踏みつけた。


「ぐっ!」


 呻き声を上げる大倉。だが、ここで彼は思いがけない行動に出た。ばさり、とマントを放り投げたのだ。


「ぶわ!」


 突然マントを被せられ、権田は怯んだ。咄嗟にそれを放り投げる。

 もし権田が冷静であれば、そのマントを自分の防御兵装として使うことを考えただろう。


 だが、それは無理な相談だった。

 かつてのバディだった大倉。

 俺の妻子を手にかけた大倉。

 そして、今度は俺の命までをも奪おうとしている大倉。


 百戦錬磨の権田でも、この状況に落ち着いて対処しろという方が無茶だ。


 マントがひらひらと宙を舞い、ばさりと屋上に落ちる。その直後、権田の目に入ったのは、こちらに銃口を向ける大倉だった。


「チイッ!」


 権田は脚部の筋肉を総動員して、横っ飛びで連続する弾丸を回避。

 こちらも二発発砲したが、同じような挙動で回避されてしまう。


「腕は落ちてねえみたいだな、大倉」

「それはお互い様じゃないのか、権田」


 そう大倉が言い切る前に、権田は全速力で大倉に向かって駆け出していた。

 頭部を腕のプロテクターで防御し、拳銃はその場に放り捨てている。まさに特攻だ。


 意表を突かれた大倉。だが、すぐに対処法を思案し始めた。

 今の権田が狙っているのは、体当たりで自分から銃器を手離させること。白兵戦なら権田の方が一枚上手だ。接近されるのは勘弁願いたい。


 権田の接近を防ぐには、プロテクターの隙間からこちらの銃弾を撃ち込むしかないだろう。が、最も重要な部位である頭部と胸部を守られてしまっている以上、彼の突進を止めるのは至難の業だ。


 ここは回避しよう。

 大倉がこの考えに至るのに要した時間は、ざっと〇・一秒。ほぼ直感と言ってもいい。

 すぐさまサイドステップで回避を試みる。


 だが、大倉の身に思いがけないことが起こった。右手に握らせていた拳銃が、『何か』に叩き落とされたのだ。


「なっ!?」


 その『何か』の軌跡を、大倉は見極める。そして思わず、笑い出しそうになってしまった。

 権田が投擲してきたのは、一度手放したはずのリボルバー拳銃だった。

 きっと手首に見えないワイヤーを巻き、右手首に固定することで、常に手元に拳銃があるのと同じような挙動を可能にしたのだろう。


「ははははっ! そんな小細工まで弄するとは! 歳を取ったな、権田!」

「馬鹿野郎、人間ってのは常に変わっていくもんだ、歳のせいだなんて言わせねえ、よっ!」


 再び権田の手元に戻ったリボルバー拳銃は、連続して火を噴いた。今度も二連射。

 だが、権田にはこの弾丸を当てるつもりは毛頭ない。

 

 どうせ避けられる。だったら、自分の戦いやすい環境に追い込めればいい。

 その環境こそ、フェンスのない屋上の四隅だった。


 その意図を察して、流石の大倉も額に汗をかいた。

 お互いこの距離では、最早銃撃は困難だ。さっきも思った通り、火器を使わない白兵戦では権田にアドバンテージがある。


 一か八か――。

 大倉は全身の力を抜き、それから一気に足の裏から膝、腰まで力を込め、回転しながら真上に跳躍した。ちょうどフィギュアスケート選手のように。


 横っ飛びで回避されることを想定していたであろう権田の顔が、ひどく間抜けに見える。

 このまま回し蹴りを食らわせてやれば、自分は再び足場を確保できる。あわよくば、衝撃で権田に脳震盪を起こさせることができるかもしれない。


「ぐはっ!?」


 大倉の足先は、見事に権田の側頭部を捉えた。

 権田は屋上に叩きつけられ、勢いを殺しきれずに、ざざざっ、と背面を滑らせた。ちょうど首から上が屋上からはみ出す格好となる。


 視覚が再び機能し始めた時には、大倉の構えた拳銃がちょうど自分の額に押し当てられていた。


「悪かったな、あんまりいい相棒じゃなくて」


 いいや、そうでもなかったぜ。今回の件を除けばな。

 権田はそう言ってやりたかったが、未だに意識は朦朧としている。ここまでか――。


 と、まさにその時だった。ドォン、というくぐもった銃声が、屋上の出入口から響いてきた。何だ? 何事だ?


 新たな敵襲だと察したのだろう、大倉は権田にとどめを刺さずに駆け出し、マントを拾い上げて装着した。屈み込み、拳銃を出入口に向けて構える。

 するとすぐさま、ノブを破壊された錆びたドアがゆっくりとこちらにむかって開き出した。連続して引き金を引く大倉。だが、そこに敵の姿はない。


 無駄のない動きで弾倉を交換する。だが、それが隙となった。

 ドアの向こう側から、バレルの長い銃身が見える。それからズドン、という轟音が、あたりの空気を震わせた。


「がっ!」


 咄嗟にマントを翻す大倉。だが遅かった。ズドン、ズドンと連射され、被弾は免れつつもどんどん追い詰められていく。

 やがてバランスを崩したところで足元を狙われ、左足のふくらはぎを弾丸が掠めた。


「ぐあああっ! ぐっ、はあっ!」


 この期に及んで、権田はようやく助けに来たのが安野だと気がついた。

 ポンプアクション式散弾銃のようなものを手にしている。


「頼むぜ、安野……」


 そう呟いて、権田は意識を失った。


         ※


《こちら安野、権田さんは無事です。敵性勢力を確保しました。処刑しますか?》

「いえ、連れて帰りましょう。情報を吐かせる必要があります。こちらも直に終わりますから」

《了解》


 普段通りの口調で、安野に応答する菅原。

 そう、普段通りなのだ。敵を薙ぎ払いながらでも。その手には、淡く青白い光を発する日本刀が握られている。

 周雷斬を小出しにして戦っているたので、その残滓が刀身にまとわりついているのだ。


 日本刀に刃こぼれは全く見られず、菅原の挙動にも疲労の色は見られない。

 すると、L字型の廊下の向こう側から気配がした。味方だ。


 菅原がすっと袈裟懸けをするように空を斬ると、日本刀の青白い発光は収まった。


「姐さん! 姐さん!」

「あら、無事なようね、ミっちゃん。ヤっちゃんは?」

「はい! ボクも無事です!」


 帆山も矢口も、目立った負傷はないようだ。帆山に頷いてみせてから、菅原は矢口をじろじろと見つめた。


「どっ、どうしたんですか、姐さん? ボクの顔に何か付いてます?」

「ちょっとこの場で一回転してみて、ヤっちゃん」

「は、はい」


 従順にその場でくるりと回ってみせる矢口。


「んー、まあいいわ。権田さんの方には安野くんが援護に向かったから。もう大丈夫みたいね。殺し屋を一人、身柄確保」

「殺し屋?」


 ふと、帆山の目が鋭くなる。


「ええ。どうやらこの前の薬物製造施設を急襲した際に襲ってきたのと同一人物のようね」

「ってことは、帆山さんを退けた仇を討てるってことですか?」

「そういうこと」


 無邪気に尋ねる矢口に、短く答える菅原。

 しかし、帆山はどこか腑に落ちないものを感じていた。


 自分では相手にならなかったような敵を、安野に早々仕留められるものだろうか? 権田との連携があったとしてもだ。


「さ、早く脱出しましょう。ミっちゃん、作戦通り?」

「あっ、はい。爆薬は作戦通りに」

「了解。今回は車で帰りましょうか。安野くん、そちらは?」

《救護ヘリを要請します。何せ、大の男が二人も倒れてるもんですから……》

「了解」


 それから金庫を漁り、ありったけの現金を奪ったエンターテイナーたちは、早々に現場を後にした。

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