第11話


         ※


 その日の午後三時。皆の腹の調子が収まったところで、作戦は開始された。

 まずは、雑居ビルのアンテナの破壊だ。


「こちら権田、目標地点の三百メートル南方、高層ビルの屋上にて監視任務にあたっている。って言っても、コンクリートしか見えねえがな」

《了解。地上班突入まで待機をお願いするわ》

「了解だ、姐さん」


 権田は何とはなしに首を曲げ、空を見上げた。やはり梅雨の天気は変わりやすいらしく、昨日までの晴天が嘘のように曇天になっている、


「ま、梅雨だしな」

 

 そう呟きながらも、権田の目は縦横無尽に目標を探していた。ドローンだ。

 もちろん、アンテナを潰せばドローンも操縦不能となり、落着するはず。だが、敵の数はできるだけ減らしておいた方がいい。


「アンテナを潰したら、すぐにドローンも叩かねえとな」

《こちら安野、菅原チーム、突入準備よし》

《帆山、矢口チーム、準備よし!》

「了解。あとはカウントダウンに合わせて突入を開始してくれ」


 言われるが早いか、四人はカウントもなしに正面扉と裏口を蹴破り、すぐさま戦闘モードに入った。


「っておい! まったく、アンテナを破壊してからって話だったじゃねえか」


 権田は思わず悪態をついたが、まあ、いつもの自分たちらしいと言えば自分たちらしい。

 把手を肩に当て、スコープを覗き込んだ権田は、ふーーーっと長く息を流した。全身の細胞に酸素が行き渡るのを感じる。


「さてと、一発目だ」


 消音器を装備した対戦車ライフルよりも、アンテナが潰れる音の方がよく響いた。


「さて、次は……。ああ、皆苦戦してるじゃねえか」


 これには流石の権田も驚きを隠せなかった。敵の数が多いのだ。

 強盗に入ったらいつの間にか自分たちが捕縛される。そんな馬鹿な展開は願い下げだ。


 ヘッドギアのバイザーを下ろし、敵と味方の区別を確認。これなら誤射することもあるまい。

 権田は二発目を装填し、帆山と矢口コンビを援護するべく引き金に指をかけて――すぐさま手を離し、ごろりと転がった。


 権田の頭があったところには、硝煙を上げる小さな痕が三つ。敵襲だ。待ち伏せされていたに違いない。銃痕からするに、大口径の拳銃による銃撃を受けたらしい。


 対戦車ライフルなど、こんな大きな得物をぶん回して戦うわけにはいかない。それでも再利用されるのを防ぐためか、敵の銃弾は執拗にライフルを攻撃。

 権田が慌てて飛び退ると、呆気なく火薬が引火してボン、と滑稽な音を立てた。ライフルはもう使い物にならない。


 考えるべきことはいくつもあったが、問題は謎の敵が何者なのか、という点だ。

 自分の狙撃手段を奪い、予想以上の大多数の仲間で突入班を迎撃する。

 狙撃援護なしで彼らはどこまでやれるだろうか? そんな不安もある。


 が、しかし。

 今、自分とライフルを狙った銃撃――。このやり口には見覚えがある。いや、分からなかったらそれこそおかしい。


 かつての相棒の戦術だったのだから。


「よう、権田宗次郎。精が出るな」

「そうだな、大倉敏也。何しに来た?」

「お前を殺しに、いや、仕留めに来た」

「ほう?」


 権田のヘッドフォンからは、援護射撃を要請する皆の声が鳴り響いている。

 しかし、残念ながらそれどころではない。


 大倉は、この前の違法薬物製造施設を潰した際に遭遇したのと同じ格好だった。よくあるコンバットスーツに、防弾・防爆仕様の特注マント。


 権田は大倉の弱点を探すべく、会話を続けることにした。


「立派な戦闘服だ」

「ありがとう、権田。まあ、私とて焦っているわけではないんでね。少し話をしようじゃないか。俺はお前と袂を分かって、それからどうやって生きてきたのかと」


 権田はごくり、と唾を飲んだ。大倉への恐怖からではない。自分の過去への恐怖、絶望からだ。


 すると、大倉は無防備にも、拳銃をホルスターに仕舞って頭を下げた。


「許してくれは言わん。権田、お前の奥方と娘さんを殺害したのは、この俺だ」

「……は?」


 声、というより奇妙に冷たい息が、権田の喉を伝って肺から押し出された。


 大倉の一言が権田に与えた影響。

 例えば、金属塊で側頭部を殴られたような。腹部を散弾銃で撃ち抜かれたような。そうして目の前が真っ白になっていくような。


 一方で、自分の予想が当たったようだという実感もまた、権田にはあった。

 この男が自分の妻子を奪ったとすれば、きっとこんな殺し方をするだろう。そう考えると、『あの時』に遭遇した状況にも筋が通る。


 考えていることはたくさんある。だが、今の権田にそれを言語化するのは不可能だった。

 それを悟ったのか、大倉は言葉を続けた。


「俺はな、権田。お前のバディを務めると同時に、警視庁公安部の人間として動いていたんだ」

「こう……あん……」

「お前の奥方――権田奈津子博士の研究分野は覚えているな?」

「未開拓の砂漠や山岳地帯での、作物植物の育成研究……」

「そうだ」


 そう言って、大倉は権田から目を逸らした。ただし、会話を止めるつもりはない。


「奈津子博士の提唱した遺伝子操作は、それを可能にし得るものだった。だから日本だって、いつかは食糧自給率を上げることができる。そういう理屈だったよな?」

「……」

「しかし、それを快く思わない連中もいた。挙げればキリがないが、そいつらが政府直轄部隊を動かして、お前の家を急襲したんだ。いや、正確には部隊ではない。私が一人で赴いた」


 まさか娘さんの誕生日プレゼントを買いに、お前が外出しているとは知らなかったが。

 そう言って、大倉は眉間に手を遣った。


「許せとは言わん。だが分かってくれ。俺は政府の勅命で動いたんだ。責任の所在を決められるのは、権田宗次郎、お前しかいない。でなければ……」


 権田が目を上げた時、銃口が額に突き当てられていた。


「お前は家族の仇すら討てないような軟弱者として、俺が殺してやる。さあ、銃を抜け」


 なるほど。懺悔に来た上で、俺とサシで勝負をしたかったのか。

 それを理解した権田は喉仏を上下させ、無言で頷いた。大倉はゆっくりと距離を取り、一旦拳銃をホルスターに収める。


 西部劇のようにスタイルは、二人ともとらなかった。何の前触れもなく、早撃ちでもなく、権田はゆっくりと拳銃を引き抜いた。


「強欲張りな男だな……」


         ※


 その頃、屋内は大変な事態に陥っていた。

 まず、安野・菅原ペアだ。廊下が狭いのを活かして、菅原がぶんぶんと日本刀を振りながら前進していく。

 菅原が斬りそびれた敵や、危険な爆薬を所持しているらしい敵を中心に、安野は銃撃を加えて菅原を補佐していく。


 これだけなら問題はなかった。が、あろうことか敵の中には対物ロケット砲を所持している者もいた。

 加えて、刀の切味が悪くなってきたのを察し、菅原は脇差で戦っている。

 圧倒的に、リーチが足りない。


「畜生!」


 安野は一瞬の隙を突き、スライディングしながら菅原のそばを通り抜け、三連射。


「ぐは!」


 所有者が脱力し、目標を見失ったロケット砲は、天井に向かって発せられて二階との隙間に大穴を空けた。

 この雑居ビルは、暴力団しか使っていないから民間人に被害が出ることは心配しなくていい。


 しかし、権田の援護射撃があれば、このフロアは一瞬で制圧できたはずだ。

 権田は何故撃たない? いやそもそも、どうして通信に応じない?


 ええい、だったら自分たちだけでやるだけのことだ。

 一旦菅原の後方に退いた安野は、再び弾倉を交換した。


         ※


 苦戦の様相を呈していたのは、帆山・矢口ペアも同様だった。

 銃器で武装はしている。が、それは二人にとって、あまり馴染みのあるものではなかった。必然的に、彼女らはナイフと腕っぷしで戦うことになった。


 最初に遭遇したのは、裏口から入ってすぐそばにいた二人の大男。


「あんなのやれるの、帆山さん?」

「まあ、同じ人間だからね」


 帆山は矢口に冗談のつもりで言ったのだろう。だが、帆山の過去を聞かされた矢口にとっては、冗談で済むレベルではない。


「ヤっちゃんはちょっとここで待ってて」

「はい。……ってぇええ!?」


 なんと帆山は、自ら堂々と姿をさらし、あろうことか見張りの二人と会話を始めた。


「ああん? ここは建築事務所だ、姉ちゃんみてえなのが来る場所じゃねえよ、とっとと帰んな!」

「ふむ、なるほど」


 大の男二人が怖くはないのか? 自分も飛び出すべきだろうか。

 だがその直前、矢口には見えた。帆山が袖にナイフを仕込んでいるのが。


「だ~か~ら~、ここはあんたの生活とはなんの関わりもねえんだ! 分かったら失せろ!」

「はあ~い」


 すると帆山はその場で踵を返し、逆手に持っていたナイフを無造作に男の一人に突き刺した。


「ぎゃあ、ああぁああぁああ!?」

「てんめえ、何しやがった!」

「遅いね」


 もう一人の男が拳銃を出そうとしたようだが、確かに遅い。一瞬で背後を取られ、頸動脈をすぱっ、と一撃。


「ヤっちゃん、もう出てきていいよ」

「……」


 なんだかとてつもないものを見てしまった気がして、矢口は恐る恐る足を踏み出した。


「あの、帆山さん、この人生きてますけど……?」

「ありゃ、ミスったか。じゃあヤっちゃん、代わりにとどめを刺しておいてくれない? それから、ナイフは回収してね」

「は、はい……」


 権田は自分でやってくれたが、帆山はそうではなかった。とどめを刺すという行為を、矢口に経験させようとしている。


 矢口は眉間に一発を撃ち込んで見張りを絶命させ、ナイフを引き抜く。ぴしゃり、と返り血を浴びて、矢口は慌てて顔を拭った。


「あの、ナイフ……」

「ん? ああ、ありがとう」


 そう言って、帆山はそれを何かの配管のそばに置いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る