第4話

「あ、あなたが菅原司令官?」

「そういうあなたは矢口由香さん、ね。エンターテイナーにようこそ。と言いたいところだけれど、ちょっと待っててもらうわ。ここで全滅したら、入隊も除隊もなくなってしまいますからね」


 そう言いながら、菅原の右手に握られた得物がぬっ、と姿を見せた。

 大振りの日本刀だった。


 この時代に日本刀? 銃撃犯を相手に? いやいやいやいや、あり得ない。しかもあんな丈の長い刀、女性に扱いきれるのか?


 矢口は改めて菅原を見上げた。

 決して若くはない。四十代から五十代といったところだろう。品のいいボブカットの髪は灰色に染まっている。

 だが、その切れ長の瞳には、静かな狂暴性が宿っている。猛禽類のようだ。

 何者をも彼女を止めることはできない。少なくとも矢口はそう思った。


「タっちゃん、ミっちゃん、こちら菅原。直接援護に向かいます。気をつけて」

《ええ!? 姐さん、来るんっすか?》

《む、無理しなくていいですよ、姐さん!》


 怯えの色を帯びた男性と女性の声が、菅原のヘッドセットから漏れ聞こえてくる。

 前もって送られたデータを思い出す矢口。

 確か、男性が安野立己、女性が帆山瑞樹といったか。


 そこまで頭を巡らせた矢口は、しかしすぐに権田に引っ張り倒された。


「なっ、何すんだよ!」

「伏せろ!」

「ッ!」


 言うが早いか、権田は矢口に覆い被さってきた。

 何しやがるんだおっさん! ロリコンめ、訴えてやる! と、叫ぶことができたら楽だったろうが、残念ながらそれは叶わなかった。


 矢口を抱きしめる権田の腕は力強く、しかし大切なものを絶対に守り抜こうという優しさが感じられたからだ。


 呼吸まで忘れた矢口。そんな彼女の腕を掠めるように、弾丸が飛来した。

 どうやらこのヘリが銃撃を受けているらしい。


「チッ! 立己も瑞樹もまだまだだな、味方機の接近に合わせて安全確保をし損なうとは!」

「そうでもないわよ、ゴンちゃん。二人がいなければ、地対空ミサイルで私たちは今頃木端微塵ですもの」

「こっ、この天候で敵の装備が見えるんですか?」


 ようやく口を利くことのできた矢口が問いかける。


「ああ、そうだよ。姐さんは目がいいんでな」


 そう答えたのは権田だ。視力が高いとなれば、ますます猛禽類っぽいなと矢口は思う。

 菅原の横顔に、パイロットの声が被さった。


「司令、指定座標に到達しました!」

「了解。タっちゃん、ミっちゃん、準備はいいわね?」

《ええ!》

《いつでもどうぞ!》

「では、遠慮なく」


 すると、既に開放されていたハッチから、菅原は颯爽と飛び降りた。

 何の滞空装備もなく、重力に任せて落下したのだ。


「ああっ!」


 矢口は思わず悲鳴を上げたが、権田は身を起こし、やれやれとかぶりを振った。


「作戦終了だな」

「は、はあっ!? だって、菅原司令が落下し――」


 そこから先は言葉にならなかった。ズドオオオオオオン、と凄まじい雷鳴が、皆の耳を聾したからだ。

 いや、雷鳴? 違うな、と矢口は推測する。音はともかく、雷光は見られなかった。

 では今の音は……?


 権田が立ち上がったのを見て、矢口もそろそろと腰を上げた。そして、唖然とした。

 山肌が削り取られていた。斜面に沿って、大きな円を描くように木々がばっさりと斬り払われている。直径二十メートルはあろうか。


 すると、すぐに小型のハイパワーライトがこちらに向けて照射された。どうやら味方が発しているらしい。


《こちら菅原、状況終了。タっちゃんもミっちゃんも極々軽傷。我々三人の回収を願います》

「了解、回収座標に向かいます」


 この事態に最も度肝を抜かれていたのは、言うまでもなく矢口である。


「あ……」

「ふいー、やっぱり大迫力だな、姐さんの斬撃は」


 耳栓を外して、権田がロープを準備し始めた。

 矢口は耳栓などしてはいなかったが、手で耳を塞いでいた。不幸中の幸いだ。


「なっ、ななな何だったの今のは!?」

「何だった、って何が?」

「権田さん、見てなかったの!? 山肌がいっぺんに削られて……!」

「ああ、見たよ。今まで何度も見たさ」

「だったら教えてよ! あれは何だったの!?」

「この組織の司令官・菅原美智子の必殺技。『周雷斬』なんて呼ばれてる。まあ、こんな中二病臭い名前、本人は嫌ってるようだが」


 再び言葉を失った矢口が気づいた時、既に安野、帆山、そして菅原がロープで引き上げられてきたところだった。

 皆雨に打たれてずぶ濡れで、僅かな出血が見られたものの、命に別状はなさそうだ。


「これが、エンターテイナー……?」

「通常業務と新入りの身柄保護を同時にこなさにゃならんとは、まったく苦労するぜ」


 ふざけ半分で愚痴を漏らす権田。そんな彼の前で、矢口は顎を外していた。

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