配信(1)

 盤面から大きく飛び出した丸いボタンに「3」の字が見える。そのボタンを押し込む指がアップになり、ボタンはオレンジ色に点灯した。カメラが少し引いて、そこが狭いエレベータ内の操作ボタンであることがわかる。


 少しの間。


 微かに手振れのある画面が操作ボタンを映し、その上に「なぜかレトロ。」というテロップが乗る様を土井は思い浮かべた。フォントは昭和のテレビ風の……いや、それだと煩い。シンプルでなんとなく懐かしい程度の、丸みがあるものではなく、主張しすぎず……それか、テロップは無くても良いか。このレトロな操作ボタンは、いまどきの都会人には物珍しいはずだ。これだけで画になるし間が持つ。ショート動画の「つかみ」にも丁度良い。


 いずれにしろ、それを決めるのは早稲田だが。


 棒付きホルダーに取り付けた小型カメラを構える早稲田の横顔を、土井がちらりと伺った瞬間、エレベータは三階に到着した。

 早稲田は太った身体に見合わぬ滑らかな動作でカメラを滑らせ、重そうなエレベータの扉が開く瞬間をきちんと収めた。

「何号室だっけ」通路を行きながら早稲田が聞いた。

「8だ。308」

「そうだった、さっきも聞いたか」

「うん、さっきも言った」

 短い通路がすぐ突き当たって、左右に分かれている。早稲田は首を捻って行き先を確認しながら、踵を軸にぐるりと四分の一回転して身体の向きを変えた。その間、カメラを構えた腕はまったく動かさない。この場面が動画の素材として使えるか使えないかに関わらず、身に染み付いた動作だった。


 画面が横に滑って新たな通路が映し出されると、まさにそのタイミングで308室から出てきた男が、会釈しながら「あ、どうも……」と言い、数歩近づく。精悍な顔立ちの、背の高い男だ。歳は三十手前に見える。無地のシャツにジーパン、スニーカーと、普段着じみた格好で、社会人らしからぬ印象は視聴者の期待通り。表情や話し振りも淡々として、作った感じがない。演技をしないようにという早稲田の指示を男は律儀に守っており、微かな苦笑いと共に「お越しいただきありがとうございます」と、当たり障りのない挨拶。


 株式会社RPA あかしおさん


 テロップは白文字で控えめに出る。土井は「呪術師」という肩書きを入れたバージョンも作ったが、赤潮の意向でそちらは不採用になる。


 建物は小綺麗だが年季の入った住居用のマンションで、308室はそれを軽く改装したもののようだった。入口ですぐに靴を脱ぎ、廊下に上がる。カメラを揺らしたくない早稲田は靴を脱ぎっぱなしで、靴下のまま廊下を進む。

「すいません、行儀悪くて……」早稲田は首だけ動かして赤潮に謝り、土井も同じく謝りながら、二人分の靴を揃え、早稲田が無視したスリッパを拾って、すぐ後ろを追った。

 短く狭い廊下の突き当たりの部屋に通される。ローテーブルを挟んで革張りのソファが向かい合う応接間だった。


 ローテーブルの上に小さなスタンドを置いてカメラを固定する。画面の中央に土井、左端に早稲田が映り込む位置を選ぶ。位置決めまでに画面が無駄に揺れてしまったので、早稲田は座ってからカメラを固定するまでの動きを三度やり直した。


「凄いですね」向かい側に座った赤潮は、物珍しそうに二人の撮影の様子を眺めていた。「こうやって撮るんですね」


「すみません」と、早稲田は言った。「どうしても、編集で楽をしたいと思うと素材がたくさん必要で……加工で頑張れば良いことなんですけどね」

「ワンカット風に加工するんです」と、土井は補足した。


 赤潮は頷いた。「チャンネルに上がってるのを幾つか見ましたよ。ちょっと、映画みたいでした。手が込んでますよね」


「ユーチューブはもうレッドオーシャンですから。何かしら飛び抜けた売りがないと、入口にすら立てません」早稲田は話しながら、目線はずっとカメラの液晶モニターに注いでいた。「顔が超いいとか、めちゃくちゃな大食いとか、死ぬほど金持ちとか……よほどのことがないと、ほんとに。僕らは何も持ってないから、とにかく真面目にクオリティの高い動画を作るしか無いんです」

「それが一番凄いと思いますけど」と、赤潮は言った。

「僕らがここに座って、それで赤潮さんにも画面に入っていただきたいんですけど」早稲田は画面の右側にあたる位置を示した。「えっと、顔だけモザイクだっけ?」早稲田は土井を見た。

「いや、それが」

「元々来るはずだった奴が来れなくなったんです」赤潮が土井の返事を引き継いだ。「俺は別に良いですよ。顔も声もそのままで」

「いや、ありがたいです」土井は深めに頭を下げた。「なかなかいらっしゃらないんですよね。顔出しオーケーの方が。でもやっぱり素顔が見えた方が、動画としては強くなりますからね」

「俺の顔なんかでいいんですか」

「いやもう、ばっちりです。イケメンだし若いし……それで肩書きが呪術師でしょう。これは久々に跳ねる気がしますよ」

「若くはないですけどねえ」赤潮は苦笑した。

「いや、全然若いですよ。たぶん僕らのチャンネルの視聴者の平均年齢より若いと思います。え、二十代ですよね?」

「まあ、ギリギリ」

「僕らもう三十と三十一ですよ」土井は早稲田の顔を見やって苦笑した。「それでも界隈の中では若手の部類なんですよ。周りはもっと先輩ばかりです」

「それがちょっと意外でした」と、赤潮は言った。「ユーチューバー来ると聞いてたんで、もっと若い人達かと勝手に思ったんですが」

「ユーチューブってもうおじさん達のものですから。若い人は違うサイトに流れちゃってるんで。見てるのサラリーマンと主婦ですよ。っていうか僕は赤潮さんが若いのが逆にびっくりしました。呪術師だっていうから、なんていうか、仙人みたいな感じをイメージしてたんで……まあこの話、また『本編』でやりましょうかね」

「入りの挨拶をやるんで、そのあと、画面に入ってきてもらえますか?」早稲田が言った。

「色々めんどくさくてすみません」土井は再度頭を下げた。「基本的にはそれで、カメラ回しておいて後から編集で調整しますけど、初めから撮らない方がいい部分があれば適宜、カメラを切りますから」

「あ、切っていただくこともできるんですね」

「もちろんです。うちの動画いつもワンカット風ですけど、それは加工のマジックなんで」

「実際には普通にブツブツ切ってます」早稲田は両手をハサミの形にしてテープを切るような仕草をした。


 それから土井と早稲田はソファの上で居住まいをただし、いつもの挨拶をした。

「はい、皿パンダ」

「リアテンです」

「ということで今日もやってきましょー」

「「テンマトパンダト」」土井は早稲田と声を合わせながら笑顔を作り、ハイタッチをした。


 いつも通り、この二人の腕の下あたりにテロップが入ることになる。


「今日はですね、呪術師に呪術を依頼してみよう! ってことで、じゅじゅっ……待ってこれ、言いにくいな。早口言葉か」土井は噛んでしまった自分のセリフに自分でツッコミを入れた。「まあその、じゅじゅちゅの、ええ」

「ちゃんとやれよ」早稲田が肘で小突く。

「いやちゃんとやってる、やってるって。うんうん。ちょっとね、呪術師、という方に僕も初めて会うんで、まずそもそも何? ってところからね。それと、この株式会社RPAさんというところに今回ご協力頂いているわけですけど、このRPAさんが専門で提供されている、まあいわゆる得意分野の、独自の呪術みたいなのが? あるようなので、それをお金を払って依頼すれば掛けていただける、ってことで、このあと実際にどういったことができるのかをお聞きして、実際に掛けてみて頂いてね、どんな感じになるのか、やっていきたいと思います。んじゃそれでー!」

「それでー」と、早稲田も被せて言いながら、おざなりに拳を突き上げた。

「さてそれではさっそく、登場していただきましょう。本日ご協力いただく、株式会社RPAの、赤潮さんです」

「よいしょー」と、早稲田はまたおざなりな囃子を入れた。


 二人に促されて、赤潮が画面の右側に映る位置に座った。


「あの、早口で聞き取れなかったんですが」赤潮は少し不安そうに言った。「こちらがパンダさんで、そちらが、テン……?」

「僕が皿パンダです」土井は言った。「で、相方の早稲田くんが、リアテン、または、テンマ。まあ活動名ですからね、覚えなくていいですよ」

「でももう、ここからカメラ回ってるわけですよね。動画内では、土井さんって呼ばない方が良いですか?」

「いや、まあ、変だったら切るんで大丈夫です」早稲田がまたハサミの仕草をした。

「だいたいよく本名ぽろっと言ってて、そのまま動画に出してるんで。ファンもみんな知ってますから」土井は笑った。

「なるほど」

「さてそれでは……」


「早速ですみませんが、止めてもらえますか?」と、赤潮はカメラを示して言った。


「あ、はい……?」土井は頭の中に組み立て掛けていた台本が飛んで、自分でもよくわからない返答をした。

 早稲田が腕を伸ばしてカメラの録画を切った。


「これで、切れてますか?」赤潮はカメラのモニターを見つめた。

「はい、今、オフレコです」早稲田が言った。


「すみません、ありがとうございます」赤潮は二人に向き直った。「事前のやりとりでもお知らせした通りですが、術を掛ける瞬間や、掛かってる瞬間に関しては、撮影していただくことはできません。これは呪術を成功させるためというか、変な事故を起こさないために必須のことで。どういう仕組みで何が起きているのかを、撮影して検証すること自体が、呪術の効果を壊すことになります。なので、この点だけはかなり制限させて頂くことになります。それ以外の、顔が出るとかここの住所が割れるとかみたいな、プライバシーに関する部分は、特に気にしないので映していただいて良いのですが」

「それで十分です。十分すぎなほどです」土井は改めて頭を下げた。

「というわけで、早速ですが、今日はお二人のうち、どちらの方のご依頼でしょうか?」赤潮は土井と早稲田を見比べた。

「えっと……」

「僕ら、二人ともそれぞれ依頼をしようかなと考えてたんですが」口籠る早稲田の代わりに、土井は言った。「こっちの早稲田君、リアテンの方は、最近ダイエットしたいと言い出したんでそれに関するようなことで。僕は……」

「ああ、ストップ、すみません」赤潮は申し訳なさそうな口調でまた遮った。「どういう依頼なのかをお聞きする段階から、呪術が始まります。それで、呪術の掛け始めから終わりまで、別の方にご同席いただくことはできません。つまり、土井さんに呪術を掛ける間は早稲田さんは部屋の外へ出て頂いて。早稲田さんに掛ける間は土井さんが外へ。そして、お互いが何を依頼するのか、したのか、について、事前にも事後にも話し合わないようにして欲しいんです」

「事後にも、ですか」土井は聞き返した。

「そうしていただきたいですね。というのも、普通の方には事後のことまで煩く言わないんですが、配信者の方だと撮影をされるでしょう。呪術を掛ける前と掛けた後でお二人の生活の様子がどう変わったのかを、動画という客観的な証拠を持って検証することができてしまいます」

「うーん……それは、あえて検証目的の動画でなくとも、うっかり比較可能な状況になってしまうだけでも、まずいんでしょうか」

「あまり良くないですね。本当なら撮影そのものをしばらく控えてほしいんですけど、そうはいかないでしょうから、代わりの予防策としてお互いの依頼の内容を一切知らないようにするのが良いかと思います」


 思ったより面倒なことになった、と土井は早くも後悔し始めた。早稲田の顔を伺いたくなるが、これは「企画」の問題だから土井の領分だ。


 望み薄と思っていた取材と出演の交渉があっさり通った時点で、話がうますぎるとは感じていた。心霊だの呪術だのといったオカルト系の取材動画は、タイトルへの食い付きは抜群だが肝心の画がほとんど撮れない。どの配信者も手を出しがちな話題であるものの、実態はやらせに振り切るか、薄い情報を小出しにしてお茶を濁すくらいしかないわけで、「タイトル詐欺」と呼ばれる低質な動画が量産されがちだ。もし、自分たちのチャンネルが呪術師への正攻法の取材できちんと内容のある動画を出せれば、それだけで注目度ランキングに食い込むくらいのインパクトがあるはずだった。


 これまでそれをやってのけたチャンネルがほとんど無いのが、土井には不思議だった。たまたま、まともに営業している本物の呪術師を知人の口コミで知ることができ、たまたま、相手が撮影にも理解があって、取材にも協力的で。が、他のどのチャンネルでもなく自分達のチャンネルに最初に訪れたということが、土井には信じられなかった。こんな簡単なことなら、他のチャンネルが先にやっているはずだ。なぜ、先駆者が見当たらないのか。


 土壇場になって赤潮の突きつけた要求が、その答えのようだった。


 呪術は非科学の領域。再現性を保証せず、検証を受け付けない。

 起きたことを映像と音声で記録し、それを大勢の視聴者の目に晒して繰り返し吟味させるという配信業の形態とは、すこぶる相性が悪い。


 今日の撮れ高が期待できないだけならまだしも、事後の撮影にまで制限が掛かるとなると、この企画は非常に厳しいものになる。

 こんなことなら、もう一件話が進みそうだった飲食店との交渉もキープしておくべきだった。土井は腹の底で苦々しい思いを押し殺した。


「実際どこまでなら可能なんです?」黙っていた早稲田が、口を開いた。

「どこまでっていうのは?」赤潮は聞き返した。

「僕らとしては、何かしらオチは付けないといけません。ここに来て、お話を伺い、試しに呪術を掛けてもらう流れになって。それで、実際にそれをする瞬間や具体的な内容は映せないとして、その後なんらかのオチは必要です。呪術を掛けてもらった結果、どうなった、というのを見せたいんです」

「どうもならんのですよ、それが」赤潮は困ったように少し笑った。「見た目に何も変化がないし、本人の認識としても今まで通りの日常が続くだけ。ただ少し、自動化した日常の出来事について、心を煩わされたり記憶に上ったりする頻度が減るというだけです」

「それなら、後日の僕らの生活ぶりを撮影しても問題はないわけですよね? 見た目に違いが出ないのなら」

「まあ、うーん……どうかな」

「こういうのはどうでしょう」早稲田はまた少し考えてから言った。「僕らに、一週間限定でそれぞれなんらかの自動化の呪術を掛けてもらって、その一週間はお互いに内容を明かさない。何を依頼したか分からない状態で普段の様子を撮影して、それで一週間後に、呪術の効果が切れた段階で、種明かしをする。実はこういう依頼をしてました、と」

「うーん……それくらいなら、あまり影響はないかとは思いますけど」赤潮の返答は歯切れが悪かった。「依頼の内容次第なところもありますね。やってみるのは結構ですが、その結果、何も起きないということもあり得ます。自動化の効果が感じられなかった場合は、お代は頂きません」

「いや、そんな……」

「いえこれは、他のどのお客様にもそうしていますから」赤潮は淡々と言った。「うちは初回はお代を頂かないんです。自動化を設定して、まずそれがお客様の望んだ通りの働きをするかどうか、様子見をして頂きます。で、思い通りじゃなかった部分は追加で調整して、上手くいっているようなら精算、お支払いとなります」


「ま、でも、それはそれとして、本日の出演の謝礼は受け取っていただけませんか」土井は慌てて言った。

 タダほど高くつくものはないのだ。金のやり取りを介さない口約束は責任の所在や範囲が曖昧になり、後々のリスクが大きくなる。


「わかりました」赤潮は頷いた。「事前にご連絡いただいたときにご提示いただいた金額ですね。それとは別に、自動化のお代については、普段のうちの料金体系をそのまま適用しましょう。とはいえ、この出演自体うちの宣伝にもなることですから、宣伝料として少し割引いたしますよ」

「あ、ええ、ありがとうございます……ご期待に添えるように頑張りますけど、僕ら本当に弱小チャンネルで」

「そうは言ったって、ここまで続けてらっしゃるからにはそれなりの収益はあるわけでしょう。俺もこの会社を一応自分で回してるからわかりますけど、入ってくるものがあるだけで凄いことですよ、実際。自営なんてちょっと油断したら無限に貯金が溶けるだけですからね」

「まあ、まあ、それはね……」土井は苦笑いをした。

「それで自動化の内容なんですけども、まずどちらの方から……」

「あ、すいません」早稲田がまたカメラを見てから、割り込んだ。「ほんとに恐縮なんですが、ここに赤潮さんが座ってから諸々の説明をされて、僕らが一人ずつ依頼をすることになるまでの流れを撮らせていただけますか? 視聴者への説明用に」

「あ、そういえばそうですね」

「ほんとすいません。同じことの繰り返しでダルいと思いますが」

「いえ、俺が止めたんですし」


 赤潮はすぐにソファから立ち上がり、早稲田の指示を仰ぎながら、画面に映る位置に入ってきて座り、挨拶するまでの流れを「再演」した。


 ここまでのやり取りを念頭に入れながら、土井は質問や相槌を投げかけ、「自動化」の呪術の概要や注意点などを改めて赤潮に説明させる。赤潮の受け答えは滑らかだった。普段から客を前にして説明することに慣れているのだろう。それに、さっき話したことの繰り返しであるにも関わらず、「ですから」とか「先ほど言ったように」といった枕詞を出さない。一見、淡々としすぎてとっつきの悪い人間のようだが、実際にはかなり細やかで頭も気も回る男だ、と土井は感じた。


 依頼は土井が先にすることになった。煙草吸ってくる、と言って早稲田はソファから立ち上がった。

「禁煙したんじゃなかったのかよ」

 土井は思わずその背中に向かって溜息をついたが、早稲田は振り返らず足早に出て行った。


「いったん、こっち座っていいですかね。落ち着かなくて」赤潮は土井の向かい側のソファに座り直し、小ぶりの手帳と筆記具を取り出した。「では、お伺いしましょう」


 若干偉そうだな、と、土井はスープの隠し味程度の微かな苛立ちを覚えた。さっきの会話の流れでこちらが歳上なのはわかっているはずなのに、媚びたような態度が全くない。依頼者を安心させるための振舞いなのかもしれないが、なんとなく、もともとこの男はそういうことに全く興味を抱いていないようにも見えた。


「どうしようかな」土井は気持ちを落ち着けようとして、足元に目を落とした。来客用のスリッパは清潔でふかふかしている。自分の履いている靴下には毛玉がたくさん出来ていた。「……ルーティンの自動化ってことなら、毎日やることのほうがいいんですよね?」

「別にそうでもありませんよ。週に一度とか月に一度のようなことでも」と、赤潮は言った。

「着替えでも自動化してもらおうかな。朝、服を選んで着るところの自動化。それで一週間、それを伏せたまま色々撮影しておいて、実はこの一週間のコーディネートが全部自動でした、ってなると、多少は面白いかな」

「まあ、動画的かもしれませんね」

「変な組み合わせの服になったりするかな?」

「そこは、ご自身の普段の習慣によります。普段から変な服を着がちなら、自動化してもそうなるし、いつもこのような感じなら」赤潮は土井の今の服装を示した。「自動化しても毎日こんな感じです」

「ううーん。一週間、普通の服着て、実は自動でした……か。オチには弱いけどリアルではあるかなあ。まあ、とりあえずそれでお願いします。あの、それで実は、これとは別に本チャンのお願いがあるんですが」

 土井は赤潮の顔をじっと見上げ、ソファの縁に浅く掛け直してにじり寄った。

「この一週間後のネタバラシ用のやつとは別に、もうひとつ自動化をしてほしいんです。もちろん、お金はそのぶんもお支払いします。ただそちらは相方にも内緒で、別会計に。僕の個人の依頼です」

「いいですよ」赤潮はまったく驚きを見せなかった。

 まるで、予測していたかのようだった。

「何を自動化いたしましょうか」

「あの……」土井は手と声が震え出そうとするのを感じた。

 そこまで思い詰めていたつもりはなかったのに、やはり自分にとっては重大なのだ。

「あの、編集です」土井は目を落とし、詰まりそうになる声をどうにか絞り出した。

「編集って、動画の?」

「そう。それと、撮影も。……それってできるのかな?」

「できるできないで言えば、たぶんできますけど」赤潮は平淡な口調で言った。「いつまでですか? それも一週間?」

「いや……ええと、一生とかじゃなくてもいいけど……」

「まあとりあえず無期限にということですね、動画用のネタとかじゃなくて」赤潮は頷いた。「いいですよ。それがルーティンの、慣れた作業の範囲内であれば、可能な限り土井さんの意識に上らないようにできます。殆ど記憶にも残らず、いつの間にか片付いている、というふうに。だからといって仕事のクオリティが下がるということはありません。ただ、記憶の蓄積がされなくなるので、これ以上腕前が上がることもなくなります。それでも良いですか?」


 良いですか、だって?

 どうしようもない怒りが湧き上がってくる。しかしそれは自分自身に向けられるべき怒りで、目の前の男には全く関係のないことだ。


「……大丈夫です」と、土井は言った。

 自分の声が変な響き方をしているように感じた。

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