第四章 結

 大学の入学式が終わった後、コンビニへと歩いた。あのことを、また、思い出していた。

 あっちの七月一日、すなわちこっちの七月五日の夜、僕は『水野場高校爆発事件』と検索した。何も出てはこなかった。ああ、助かったんだ、と思った。

 あの非日常を忘れることはなかった。 今こうしているように、何度も思い出した。なんとか切り替えて、受験勉強をむりやりしていた。それでも、あのことは、忘れられなかった。忘れられるはずがなかった。

 コンビニに着いて、アイスコーヒーのカップを手に取った。ニコちゃんの影響で、コーヒーを飲むようになったのだ。相変わらずシュガーとガムシロップの量は六ずつだが、いつかは彼女と同じようにブラックで飲めるようになりたい。そう思っていた。

 レジを通したカップを機械にセットし、ボタンを押すと、豆が挽かれ始める。そして、液体が注がれる間に、僕はシュガーとガムシロを用意した。その時、

「あ」

 と、隣から聞こえた。見ると、会ったことのない女性だった。彼女の方はシュガーとガムシロを握る僕の右手を見ていた。少し、気まずく感じた。しかし、次のセリフで全てを理解した。

「いきなりすみません。好きな飲み物はなんですか」

 このタイミングでこの変な質問ができるのは、僕がずっと会いたかった人しかいない。答えは一つだった。

「サイダー」

 女性は、安心したように笑った。

「外で話そう」

 そしてニコちゃんは、できあがった僕のコーヒーを指さしながら言った。




 近くの公園のベンチに二人で座った。

「めっちゃ嬉しい」

 僕は我慢できず言った。

「私も会いたかったんだ」

「ニコちゃんも」

「うん」

「よくあの質問ができたね」

「そのTシャツ、ニセ明」

「え? ああ、なるほど。結構ヒント残してたんだなあ」

 そういえば、星野源さんを聴いてるとあの時言っていた。覚えていたんだ、と嬉しかった。

「可愛い」

「え」

「ニコちゃん、可愛いじゃん」

「え、うわ、恥ずかしい」

「それは僕も」

「タケシもカッコいい」

「うわあ」

 体温が上がった。

「そういえば『インストール』読んだよ」

「ん? ああ、あれね。うん、めっちゃ面白かったでしょ。スピッツは聴いた?」

「うん、聴きまくった。良かった」

「そうかあ。良かった」

 二人で笑った。

「あのね、爆発犯をね、殴ったの。それで事件は止められたんだけど、私が怒られちゃった」

「やっぱりゲーム得意なんだなあ」

「頑張ったよ。あ、そうだ、今から私ん家でマリオやる?」

「家に行って大丈夫? 何もない?」

「何かあるかも。タケシ、私のタイプだから」

 ニコちゃんはいたずらするような顔をしていた。

「僕もニコちゃんの感じ、タイプだよ」

「えっ」

 少しだけカウンターを打てた気がした。

「だから恥ずかしいって」

「ゲームは見てるだけでいいよ」

「そういえば、タケシはなんでこの街に?」

「あれ見て。今日はあの大学の入学式」

「え、私も。すごい偶然」

「うわあ、最高だな。さっそくニコちゃん家行こう」

「うわ、最低」

「だって、僕のこと好きだろ」

 するとニコちゃんは照れて、視線をうろうろさせた。僕はただ待っていた。少し時間がかかって、その口はついに開いた。

「好きだよ」

 ずっと好きだった声が、ようやく、目の前から僕の耳に届いた。

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声の人 魚里蹴友 @swanK1729

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