第54話 不思議な気持ち

 side.カリン


 ケート達がいなくなった作業場で布から型を抜きだし、試作を作り上げている途中で、私は大きく溜息を吐いてしまった。

 おさまったと思っていた不思議な感覚が、ナインの顔を見た瞬間、ふつふつと沸いて……気づけば、職人として、商売人として、やってはならないことをしていた。


 ……本当に、私は一体何をやってるんだろう。


「カリンさん? どうかしましたか?」


 私の手が止まったことに気付いたのか、すぐ近くで作業していたミトが私へと声をかけてくれる。

 その顔はいつもと全く同じ顔色で、少し気弱そうな瞳の奥に、少しだけ熱を感じた気がした。

 楽しいんだろう……作るってことが。


「……問題ない。ミト」


「はい?」


「火、強い」


「えっ、あっ!」


 ボコボコと音を立てる液体を指摘すれば、ミトは大慌てで火を弱める。

 まだなんとかなる部分だったのか、カチャカチャと鍋の中身をかき混ぜて、「良かったぁ」とミトは胸をなで下ろした。


「カリンさん、ありがとうございます」


「ん」


「やっぱり難しいですね。素材ごとの温度設定がなかなか……」


「色、空気。素材の顔」


 ひとつずつ指摘しながら、そばで違いを伝えていく。

 素材に対しての温度はミトの方が分かることもあって、火の強さに対しての温度の違いがメインではあったけど。


「ふむふむ。なるほどです」


「素材含め、全体」


「素材だけじゃなくて、全体を見て、温度や状態を把握する、ですね」


「ん」


 ミトは飲み込みが早い。

 ただ、本人の性格的に、ここぞと決められないのが、失敗を増やす原因だ。

 でもそれは……やっていく内に、だんだんと慣れていくものだから。

 失敗も成功も、経験するのが一番の糧になる。


「あの、カリンさん。カリンさんはどうして、そんなに色んなものが作れるんですか?」


「ん? 経験」


「そ、それはそうですけどー」


「ゲーム以外。リアル経験」


 そう、ただそれだけ。

 私は生まれてから今までずっと、何かを作るような環境に、生きてきただけ。

 ただ、それだけだ。



 私は家族全員でやっている、何でも屋のような店の長女として生まれた。

 昔から物作りが好きで、いろいろな資格を取ったり、勉強したりしていた父と母が作ったお店は、本当に何でもありのお店だった。

 お弁当の注文が入ればお弁当を作り、家の外構修繕の依頼を受けて直しに行ったり、昔の服をリメイクして新しい服を作ったりなどなど、多種多様にわたる依頼を受け、こなしていく、そんなお店だった。


花純かすみは手先が器用だなあ、父さん似かもしれないぞ」


「いいえ、花純ちゃんは発想力がすごいの。私似よ」


 なんて、毎日色んなモノに囲まれながら、父や母と共に何かを生み出していく日々。

 とても充実した毎日で、小学校に上がってからもずっと、私は学校が終わればすぐ帰宅して、家の手伝いをする毎日を過ごしていた。


 しかし、私が中学二年生の誕生日に、その生活が変わることになった。


「花純。お前に渡したいものがあるんだ。父さんと母さんからの誕生日プレゼントだ」


「花純ちゃん、ずっと前から言ってたでしょう? もっと沢山の人から、いろんな依頼を受けて、いろいろなものを作ってみたいって」


「だから、これだ!」


 そう言って渡されたプレゼントが、当時最新式だったVR機器……シンギュリアだった。

 ちなみに、その時インストールされていたのが、バニグロだったりする。

 きっと、口下手で友達のいない私を心配してというのが本当の理由なんだろうけど。


「ゲームの中とはいえ、プレイヤーは実際の人間だ。だからこそ、修行になる。そうだろ?」


「ん」


「もちろん何かを作るだけじゃなくて、世界のいろんなところを見るのも大事。想像力は、経験の中にこそ種があるんだから」


 そう言った二人に、私はしっかりと頷いて「がんばる」と頷いた。


 それからの私は、学校に、手伝いに、ゲームにと……毎日忙しく精を出した。

 学校の勉強も知識を広げるために必要であり、両親の手伝いは技術を学ぶ場として、そしてゲームは、自らの力を試す場として。

 沢山の経験と、失敗を繰り返し、ゆっくりと、しかし確実に腕を上げていく日々。


 それは何物にも代えがたい、充実した日々だった。



 ――だからこそ。


「ミト、楽しい?」


「え? えっと、はい。難しいですけど、その分、上手くいったときの達成感が高まりますし、次は何を作ろうかって考えるのも楽しいです」


「ん。なら良い」


「ええと、はい」


 きっとミトは、この先もっと成長する。

 難しいことも楽しいと思えるなら、辛さも経験に変えていけるから。

 だから今、私は少し先を行こう。

 ……両親が私にしてくれたように。


「ミト、今何?」


「あ、今作ってるのは……消臭剤? みたいなものです」


「……?」


「実は先ほど、ケートさんに依頼されたんですよ。なんでも、必要になるかもしれないからって。あ、もちろんナインさんの装備用の染色液もやってますよ! これはちょっとした息抜きですから!」


 あわあわと補足するミトに頷きつつ、少し考える。


 ケートの依頼?

 もしかすると、ナインの相手をしていた時だろうか?

 でも、なんで消臭剤?


「分かんないですけど、一応三人分で、数回使える程度の量を作ってほしいって言われました。三人ってことは、ケートさんとセツナさん、あとナインさんの分だと思います」


「ん。意味不明」


「ですよね。また納品の際に詳しく聞いてみます」


「ん」


 二人で首を傾げつつ、お互いの作業に戻る。

 でも、消臭剤……?

 ナインも一緒ってことは、装備が完成した後に、何かを狩る気なんだろうか?


「……意味不明」


 まあ、ケートのことだし、いつも通りの突飛な何かなんだろう。

 そういうところは変わってない。

 あ、でもこの間から少しだけ……セツナの前では表情が柔らかい気がする。


「……ふふ」


 不意にこぼれた笑い声に、自分でも驚いて、布を切り落とす。

 ……あー。

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