第53話 無表情に揺れる想い

「……ま、なんにせよ本格的に帰ろうぜーい。リンが待ちくたびれちまうぜ」


 妙な雰囲気を払拭するように、手で足についた砂埃を払って、ケートは笑う。

 その言葉に否を唱える必要もない私は、「それもそうね」と頷いて、ケートの隣へと並んだ。


「あ、待ってくださいっスよー!」


 その後ろから、少し遅れるようにナインがついてくる。

 ……ついでにその後ろに、サイがいたが。


「って、後ろから音がすると思ったら、モンスターじゃないっスか!?」


「がんばれーにゃー」


「っちょ、ケートさん!? 手伝ってくださいっスよ! 弓使いは接近戦苦手なんスよ!?」


「私の知っている弓使いならやれる」


 あれはだから弓使いじゃないって。

 そうこう言ってるうちにナインは弾き飛ばされ、サイは私達めがけて突っ込んできた。

 なるほど。


「ケート、ナインをお願い」


「りょーかいにゃー」


 ぴょんぴょん跳ねるような軽い足取りでナインを起こしにいくケート。

 なんかもう、緊張感が無さすぎ。


「ブモ!」


「その鳴き声はどちらかと言うと豚っぽいから違うと思う」


「ブ、ブモ?」


「でも、まあ、同じ四足動物なので許せるかなー? あ、でも死んでね。【蝶舞一刀】水の型『水月』」


 サイが飛び出すのと同時に、鼻先から尻尾まで真っ直ぐに斬り抜ける。

 チッと納める時の音がして、アイテム入手のアナウンスが流れた。

 うん、これくらいなら一刀両断できるね。


「相変わらず見事っスねぇ……」


「ありがと。ナインさんは大丈夫?」


「問題ないっス。吹っ飛ばされて頭打ってたところを、ケートさんが助けてくれたっス」


「にひひ。やることはしっかりやるんだぜ」

 

 にまにまと笑いながらピースしてくるケートに苦笑しつつ、そっと頭を撫でてあげる。

 すると、少し戸惑ったような声で「お、おう……?」とケートが鳴いた。

 ケート、アシカみたいな声だしてる。


「あ、ケートさん照れてるんスか?」


「てて、照れてねーべよ。ただなんかこう……」


「なんスか? よく聞こえないっスよ?」


「う、うっさいわい! ぽっと出弓使いが!」


「ひ、ひどいっス!」


 そうしてまたギャースカギャースカ口喧嘩を始めた二人に、私は今日何度目か分からない溜め息を吐くのだった。

 はぁ……そろそろ帰ろうよ、二人とも。



「あ、お帰りなさい。セツナさん、ケートさん、あとナインさん」


「ん」


「たーだいまにゃー」


「ただいま戻りましたっス! カリンさん、素材はこれで十分っスか!?」


 出迎えてくれたミトとカリンに「ただいま」と返しつつ椅子に座れば、ナインが机の上にサボテンやらサイやらの素材を出していく。

 いや、必要だったのは、サボテンのトゲだけだったはずだけど?


「残った素材はカリンさんに報酬の一部としてお渡しするっス! なので、すこーしだけお安くしてくれないっスかね……?」


 あ、なるほど。

 私やケートからするとそこまで高くないけど、それはイベントの賞金があるからだよね。

 つまり、ナインからすると少し苦しいんだなー。


「構わない」


「ほ、ほんとっスか!?」


「でも、ほぼ残らない」 


「……え?」


 喜んだのもつかの間、無慈悲なカリンの言葉に、ナインはその場でピシりと固まった。

 あーまあ、カリンだし……試作とか言って色々試すんだろうなぁ……。


「全種100」


「え、え?」


「えっと、万全なのは全種類100個くらい欲しい、だそうです?」


「ひゃ、ひゃく……」


 膨大過ぎる量にナインは呆然としつつ……しかし、すぐに「やってやるっスよぉ!」と作業場を飛び出していった。

 元気だなぁ……。

 もうすぐ夕暮れなんだけど、まあナインなら大丈夫かな。


「ねーねー、リンー。ホントに全種類100個も必要なのかにゃー?」


「……必要ない」


「にゃーるほどー。にひひ、まあ帰ってきたら謝りなよー?」


「ん」


 通じ合ってるっぽい二人に、私とミトは揃って首を傾げる。

 カリンさんが意地悪するとか、なんだか珍しい気がするなー。


 と思ってたら、ケートが私を手招きして、そっと作業場から出て行く。

 そんなケートの後を追って外にでると、ケートは私のそばまできて、耳元に口を近づけた。


「リン、ちょっと怒ってた感じだったにゃー」


「……え? なんで?」


「私達に対しては普通だったし、たぶんナイン君が、ミトちゃんに迷惑かけたからじゃないかにゃー?」


「ああ、なるほど」


 つまり、私と決闘する前の出来事を、狩りに行ってる間に詳しく聞いたんだろう。

 だから、帰ってきた時も、少し静かだったんだ。

 ……いや、静かなのはいつものことだっけ?


「でも、ちょっと不思議だにゃー。リンって、あんまり人に固執しないタイプだと思ってたし」


「そうなの?」


「うん。なんか間に線がある感じだからにゃー。まあ、今はもうお互いに慣れちゃったから、あんまり気にしてないんだけど」


「んー……よく分かんないかなー。カリンさんは最初からずっとカリンさんだし。あ、でもお肉関係の時は、全然違う人に見えるけど」


 アレはほら、なんていうか……中毒者みたいな。

 肉中毒ってなんか嫌な響きだけど……でもそんな感じ?


「まー、アレが多分、本来のリンの性格なんだと思うぜー。普段はいろいろ考えてて、逆に喋れてないって感じ」


「そういうものかなー?」


「そういうものですたい。ほら、好きなモノに対しては、口が軽くなるみたいな感じ? 身に覚えない?」


「……あんまりないかな」


 思い出してみても、そんな経験はあまりない。

 ケートのことで思い出してみれば……あー、たしかに。

 ゲームの話するときだけは、ケートもすっごいマシンガンだ。


「へへっ、照れるぜ」


「褒めて良いことなのか分からないんだけど」


「好きなことをいっぱい話せるって良いことだと思うんだけど、違うのかにゃ?」


「うーん……そう言われると、良いことのような気がするけど……」


 そもそもその場合、話す側じゃなくて、聞く側が良い人ってことなんじゃないだろうか。

 となると……私が良い子なんだな。

 うん、それは正しい気がする。


「……とりあえず、カリンさんはもう大丈夫なの?」


「たぶん大丈夫じゃないかにゃー? でも、しばらくミトちゃんに任せとこうぜ!」


「まあ、それもそうね。作業場も出ちゃったし……戻った時に聞かれても困りそうだし」


「ういうい! んじゃ、狩りにはちょっと遅いし、茶でもしばこうぜ、お嬢さん」


 キリッとした顔で誘ってくるケートに笑いつつ、私は差し出された手を取る。

 そして私達は、すっかり行きつけになった喫茶エルマンへと向かった。


-----


 名前:セツナ

 所持金:211,590リブラ


 武器:居合刀『紫煙』

 防具:戦装束『無鎧』


 所持スキル:【見切りLv.4】【抜刀術Lv.14】【幻燈蝶Lv.4】【蹴撃Lv.6】【カウンターLv.9】【蝶舞一刀Lv.9】【秘刃Lv.2】

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