第29話

昼休みが終わるチャイムがなることにはすっかり泣き止んでいた沙和ちゃんは少しだけ、泣きじゃくっていたために赤くした目で俺を見ると脱兎のごとく逃げていった。


俺はさっきまで抱き抱えていた沙和ちゃんの感触を確かめるように空ハグを繰り返してから自分の教室へと向かった。


疲れ果てた顔をした晃が俺の事を睨んできたが俺は無視することにした。


放課後のチャイムが鳴った。今日はバスケ部のほうに顔を出さなくてはいけない。


「おい、翔。お前いいことあったろ?なんだ。沙和ちゃんとうまくいったのか?」


よく放課後までその話題を我慢しただろ?とでも言うようににやけながら晃がきいてくる。それと同時に目の前で帰る準備をしていた中尾さんの動きも止まった。


「何も無かったと言えば嘘になるな。やっと俺に沙和ちゃんが心を開いてくれたというべきかな?」

「お!あの先輩の心をついに動かしたのか。難攻不落そうなのにな」

「俺の恋愛テクニックにかかればこんなもんよ」


俺がふんぞり返ってイキリ散らかしてると、廊下の窓越しに野太い声がした。


「そうかそうか。お前は沙和にベタ惚れ中か」


刈谷先輩。バスケ部のキャプテンである。現在、この人に誘われて男バスに入らされそうになっている。


「部活にはちゃんと顔出しますから、わざわざ迎えにきていただかなくても」

「いやいや、可愛い後輩候補に逢いに来たかっただけだよ。なぁ?晃」

「俺っすか?俺はバイトでもしようかと……」


突然に話を振られた晃は苦笑いを浮かべて、筋肉モリモリの先輩からの勧誘を断ろうとする。


「そうかぁ……。残念だな。せっかく女バスとの交流会があるのに」


刈谷先輩は興味のある言葉を置いてどこかに行こうとした。俺は脳内でその言葉の意味を処理するのに時間は必要なかった。


「刈谷先輩、今すぐ行きましょう」

「そうだよな、翔。で、晃はどうするんだ。なんか可愛い後輩をお世話したいって言ってた気もするが……」

「刈谷先輩、今すぐ行きましょう」


そんなふうにまんまと勧誘に乗せられてしまった。そんな俺たちが教室から立ち去った後で女子たちの会議が行われていた。


「中尾ちゃん……、君の恋愛は苦労するよぉ」

「それは中条さんもですよね……」


ギャルと大人しそうな女の子の異様なタックがお互いを慰めあっていた。1人は想い人が既にいる人に恋して、もう1人は相手は自分のことを嫌がっているときた。


「帰ろっか。うぅ……」

「帰りましょう。ぐすんぐすん」


わざとらしい泣き真似を二人して行った後に、顔を合わせて笑った。この後、仲良さげに並んで帰るところが目撃されたらしい。




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