28 『顕鱗者』
「今さら話す気になったことのほうが驚きだよ」
フン、と鼻を鳴らすナザレ。
「今だからこそだ。お前が間違った気を起こさないように、土壇場で私を殺そうとしても無駄だと言っておいてやろうと思ってな。親切心だと思え」
「それって私と戦うのが嫌ってことじゃないの」
「聞く気がないならいい」
ネイは両手を交差させて掲げる。ナザレはそれを睨み、ため息をついた。
「――私は『顕鱗者』だ。私の不死は恐らくそのせいだ」
「ああ。もしかして、あの時にわかった?」
ある者が不死であることを、その者が生きているうちに知る方法はない。不死者自身ですら、死を経験して初めて、自分が不死であることを知るのだ。
ナザレの死をネイは二回見た。
その一度目。ネイが仕掛けた『
「そうだ。鱗は大火の後しばらくしてから顕れたが、自分の『祝福』が何であるのかはずっとわからなかった。竜乗りの才能がそうなのかとも思っていたんだが」
大陸ではごく稀に、十歳頃になると身体の一部に「鱗」が現れる者がいる。法院は彼ら『顕鱗者』は古竜より「祝福」を授かったのだというが、実際に彼らはそう呼ぶべき異質な能力を持っていることが多かった。
「驚いていないな。やはり気づいていたか」
「まあね。アンタで二人目だし。あれが『祝福』の力だとは確信が持てなかったけど」
いくら古竜の「祝福」と言えどその異質さは『呪い憑き』と同様に忌避されやすく、力を顕した子どもは法院に引き取られる。そうした経緯から『敬虔』の兵士にも一定数の『顕鱗者』がいるとは知っていたが、ナザレのような飛び抜けた能力は聞いたことがなかった。
「いつから気づいていた?」
ナザレの問いに、ネイは記憶を掘り返す。
「二人でザイルの家に行った時かな。着替えた後、アンタからは竜の匂いがしたから。それまでは血の匂いがキツくてわからなかったんだ」
「匂い……」
「私は鼻が利くんだ」
「そういう問題じゃないと思うが」
ナザレは呆れ顔で言うと、続けた。
「なんにせよ、お前は私を殺せない。それだけは覚えておけ」
一度気の抜けた表情を見せているため、ナザレの言葉にあまり迫力はなかったが、ネイはひとまず相づちを打っておく。勿論、ナザレが不死であろうが対応する方法は色々あるが、どちらにせよ、ネイの中には彼女と戦うことに対する抵抗感が生まれつつあった。
そこで、がくんと馬車が停まり、二人は顔を見合わせた。
ネイは馬車の端ににじり寄ると、幌の隙間から外の様子を窺った。
馬車はすでに帝城を囲む壁の前に到着していた。石壁の前は広場のようになっており、重武装の警備がぞろぞろと立っている。門は開いているが、そこにも兵士がいる。
警備の一人が御者と会話しているのが聞こえてきた。
「ナザレ」
小声で呼びかけると、ナザレが首元から
御者と話していた男がこちらに向かって来るのが見え、ネイは慌てて幌の隙間を閉じた。
「まずい」
本来の予定では御者がもっとごねて時間を引き延ばすはずだったのだが、何か問題があったに違いない。荷物の点検が早すぎた。鎧の音が二人分、馬車を回り込んで来る。
「まだ?」
「ダメだ」
もう一度ナザレは
足音が荷台の後ろで止まった。同僚と談笑する男の声。とっさに二人は入口の脇に貼り付いた。幌の陰になってはいるものの、入口の布を払って左右を覗き込めば、それだけで見つかってしまう。入口に垂らしたカーテンの間から男の指が突き出した。
早鐘のように鳴る鼓動を聞きながら、ネイはそれをじっと見つめた。
視界の端でナザレが大ぶりのナイフを取り出した。
――殺すな!
ネイは必死で首を振る。
ばさりと布が引き開けられ、荷台の中に外光が射し込んでくる。
「あー……」
男は荷台の中を覗いて、
顔を見回そうとし、
シゥ――
「ワイバーンだ!」
「は?」
彼は同僚の声に後ろをふり返った。男たちの怒声。悲鳴。がちゃがちゃと鎧や武器が鳴る音。
カーテンは閉められ、荷台がガンガンと叩かれる。
「行け、行け!」
馬がいななき、弾かれるように馬車は走り出す。
ルマンにも〈燼灰〉の狷介を諫めることはできなかったらしく、ひとたび城門をくぐってしまえば、警備の目は少なかった。その数少ない兵士たちさえ、外の応援のために続々と門から出て行き、彼らを尻目に馬車は悠々と目的地にたどり着いた。
帝城の裏手、業者用の搬入口だ。魔術の生き物である竜といえど、まったく食事を摂らないわけではない。〈燼灰〉や帝城内の施設を世話する者たちは常駐しているし、あのように警備兵もいる。そういうわけで定期的な物資の搬入が必要になるらしかった。
馬車が停まったところで、ナザレが
搬入口の警備がこちらに歩いてきた。
「なんだ。今日は搬入あったか?」
「ええ。急ぎで必要になったと言われまして」
「急ぎで? 俺は聞いていないが……中味を見てもいいか?」
「ええと……」
御者台に座った御者が口ごもる。
その横からネイが顔を出す。
「アンタはチャムチダってどこか知ってる?」
「なん――っ」
背後から忍び寄ったナザレが男の頭に布袋を被せた。
ネイはすばやく御者台から飛び降りて、男の胸に手を当てる。
「『
二三度ガクガクと痙攣すると、男はぐったりとなった。くずれる身体を支えて地面に寝かせると、ナザレがロープを取り出して手足を縛り上げる。ついでに轡を噛ませて、もう一度袋を被せてやれば仕事は完了だ。
「こ、殺したのか……」
御者の男が蒼白な顔で尋ねてくる。
「死んだ相手を縛るわけないだろうが」
「まあまあ。大丈夫、気絶させただけだよ」
「俺はどうすればいい……?」
御者は不安な表情を浮かべていた。あの商人がこの男にどこまで話していたのか分からないが、城門前での段取り不足を考えるに、詳しいことは何も説明していなかったのだろう。
「アンタはコイツに顔も見られちゃったしな。まあ、私たちに脅されたってことにして。何か困ったらあの商人に、グクマッツって名前を出してくれればいいからさ」
こくこくと頷く男。「行くぞ」ナザレはどうでもよさげに歩き出す。
「怪しまれないようにしばらく待ってから出てってね。それじゃ」
「あ、あんた」
「何?」
立ち止まる。
「チャムチダはリッツガドルの町だ。聖王都から東にずっと行くとある」
「……ホンカケーキってのが有名?」
男は自分で自分に戸惑っているような顔をしつつも、はっきりと頷いた。
チャムチダのホンカケーキ、ね。
「ありがとう。助かったよ」
そう言って、ネイは物資搬入口から帝城に入った。
ナザレに追いついたところで、
「何を笑ってるんだ」
「あ。そう?」
自分の顔に手を当てる。なるほどたしかに、笑っている。
「ちょっとやりたいことが出来たんだ」
ちらりとこちらを見て、ナザレは鼻を鳴らした。
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