第13話 夕暮れの教室

朝の地獄の鬼ごっこから時は過ぎて、今現在の時刻は夕方の18時。


 僕と玲は未だ下校することなく、誰一人としていない学校で、二人きりの状況。


 こうなったのは彼女から一度二人で話をしたいという申し出があった為だ。


 ただ今日の彼女には、色々な予定がびっしりと詰まっており、結果今の今まで解放されず、やっとこさ二人きりの状況が作れたのである。


「その……今朝はみっともないところを見せてごめんなさい……それに」


 玲がちらりと僕の傷だらけの体を見て、申し訳なさそうな顔をする。


「いや、気にしなくていいよ。からかった僕も悪かったわけだしね」

「でも……」


 玲が気にしているのは、僕がをクラスメイトとの鬼ごっこで負傷していることについてだろう。


 あの後僕と徹は、授業が始まるまでそれはそれは必死で逃げ回ったものだ。


 しかも僕と徹は一度捕まり、危うく生き埋めにされかけたが、そのタイミングで偶然教師が通りかかったおかげで、難を逃れることでき、まさしく九死に一生の出来事だった。


 ただまあ、クラスに戻ったら戻ったで、周りから怨嗟の声や嫉妬の視線を浴びせ続けらえるのは割と堪えた。


「それよりも玲の方はあの後大丈夫だったの?」


 僕としてはどちらかといえばそちらの方が心配だった。


 何せいつもクールで、冷静な彼女が一人の男にあそこまで取り乱し、あまつさえ涙すら見せたのである。


 しかもその男というのが、イケメンでもなんでもないただ彼女の幼馴染ってだけのなんの特徴も特技もない男だ。


 クラスメイト達からするとそりゃあ嫉妬し、妬むのは、当たり前だろう。


 しかも僕と玲は昨日、今日ともに登下校も共にしている。その状況を学校の多くの人間が目の当たりにしているわけで、僕たちが付き合っているのではないかと疑うものも数多くいる。


「……こんな時も私の事心配してくれるのね。深夜のそういう所、私は本当に好きよ」

「……好きとかそう軽々しく言うなよ」


 人から好きと言われる行為は、何度言われても慣れないものだ。


 そう思う僕の頬は赤くそまっていた。


「でも私としては、ちょっぴり寂しくもあるの」

「寂しい?」


 はて? 僕は彼女に対して何か寂しいと思わせる行為をしただろうか?


「……だって深夜が私のことを気にしてくれるのは、私に気を遣ってるからでしょう?」

「……」


 玲のその言葉は、僕の胸に深く突き刺さった。


「何も言わないということは図星なのね……」


 僕は何も答えない。


「ねぇ、深夜が私に人一倍気を遣うのは、どうしてなの?」

「……その質問には答えられない」


 僕が玲に気を遣う理由……それは彼女のことが好きだからと言う理由もある。


 でもその根幹にあるのは、全く違うもの。そして、それを僕は彼女には言えない。


 言えるわけがない。だってそれは、きっと、僕の中で最も人間らしくて、醜い感情だから。


 そんな思いを聞いたら彼女は、きっと僕に幻滅し、嫌いになってしまうから。


「どうしても教えてくれないの?」


 玲の真っ赤な瞳が、縋るような目で僕を真直ぐに見つめる。


「ダメだ」


 そんな彼女の気持ちを裏切るように、僕は静かにそう呟いた。


「わかったわ」


 彼女は今にも消えそうな小さな声でそう呟いた。


「でも一つだけ教えて欲しいことがあるの」

「なんだ?」

「深夜は私の事、好き……なんだよね?」

「うん。そうだよ」


 玲を好き……この感情は間違いなく本物の感情で、嘘偽りのない僕の本心。


「えへへ、そっか」


 僕の答えに安心したのか、夕日をバックに照れたようにかすかにはにかむ彼女の姿は、とても幻想的で、魅力的に思えた。


「私も深夜の事、大好きよ」

「いきなりなんてこと言うのさ」

「別に、なんでもないわ。ただそう言いたい気分だった。それだけよ」


 そう言った彼女の眼差しは何かを決心したような、そんな力強い眼差しをしていた。


「帰りましょう。もう日が暮れるわ」


 そう言って彼女は僕に手を差し出した。


「ん、ん」


 彼女はそう唸りながら、視線は僕の手にまっすぐ向けられていた。


「もしかして手を繋ぎたいの?」

「うん!!」


 昨日みたいに腕を組むのはゴメン被るが、手をつなぐ程度なら僕としても問題はないので、彼女の手をそっと握る。


「えへへ……」


 だらしなく、緩み切ったその顔はとてもじゃないが普段の彼女の表情とは思えない程、緩み切っており、それでいて優しいものであった。


 思えば昔はよく手を繋いで帰ったものだ。


 昔から玲の手はとても温かくて、柔らかくて、手を繋いでいると心がポカポカしてくる気持ちにさせてくれた。


「帰ろ?」


 玲がそういう。僕はそれに「うん」というとそのまま、仲良く手を繋いだまま学校を後にした。

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