第12話 ひと時の幸福と命がけのデスゲーム

「深夜……」


 絶対零度の視線を放つ玲に、僕の隣では徹と新藤さんが青い顔で慌てふためている。

 

 そんな二人に対して僕はといえば、焦るどころかいつも通りの平常運転。全く問題ないとすら感じていた。


 どうしてかといえば昔から玲は僕が他の女子と話すのを凄く嫌がっていたことを知っているからである。


 昔はどうして嫌がるのか全く分からなかったが、それが今なら彼女なりの嫉妬だったとわかる。


 そんな彼女の嫉妬に気が付かなかった僕はといえば、良く女の子絡みで彼女を怒らせたものだ。


「その女は誰?」

「あ、えと、私は……」


 新藤さんは口をパクパクさせて必死に声を出そうとしているが、玲の迫力に完全に呑まれてしまっていて、上手く声が出せない様子であった。


「こいつは……」


 そんな愛しの彼女の様子を見かねてか未だ青い顔ながら徹が口を開くのだが、


「佐藤君は黙ってて」

「あ、はい……」


 あっさり撃沈されてしまった。そんな徹を新藤さんは白い目で見ていた。


 まあ仕方ないだろう。美人の怒っている姿は怖いとよく言うが、実際玲が怒っている姿はマジで怖い。現にいつもは彼女に話しかけてくるクラスメイトが誰一人として近寄ってこないのだから、いかに彼女の怒りようが怖いかがよく分かる。


 それにしても玲にとって僕が異性と会話することがここまで嫌だと感じているとは思わなかった。


 本当新藤さんには申し訳ないことをしたと思う。


「まあまあ落ち着いてって」

「私は落ち着いているわ。ええ、とっても落ち着いているわ」


 嘘つけ。絶対怒ってるくせに。


「大方僕が新藤さんを好きだと勘違いでもしたの?」

「は!? ち、違うし!? そんなことないし!!」


 おお、おお。慌ててらっしゃる。慌ててらっしゃる。その慌て様先程の新藤さんよりも百倍は可愛い。


 それにいつも僕の事を虐めてくる玲に、たまには意趣返しの一つでもしてやりたい。


「実はそうなんだ。僕は新藤さんの事が大好きなんだ」


 勿論これは嘘。第一、僕は昨日玲が好きであると告白している。流石に、この程度の嘘くらいあっさりと看破して見せ……


「う、嘘……」


 玲は瞳にうっすらと涙を滲ませながら、まるでこの世の終わりといわんばかりの顔をしていた。


 しかもあの表情を見るに、昨日の嘘泣きなどでは決してなく、ガチ泣きである。


 そうなってくると、流石の僕も焦ってくるわけで……


「嘘!! 今の嘘だから!!」


 玲を弄るのは止めて、彼女のメンタルケアに努める。


「……本当?」

「本当、本当。大体昨日の今日で僕の気持ちが変わるわけないじゃないか」

「ならキスして?」

「そ、それはちょっと……」


 それはいくら何でもハードルが高すぎるって。大体クラスメイトの皆も見てるわけだしね。


「やっぱり私よりその女の方が好きなんだ!!」

「どうしてそうなるのさ」

「だったらキスしてよ!! 今、ここで、私に、キス!!」


 いつものクールな彼女は何処へ行ったのか。完全に幼児退行してしまった様子に、周りは騒然。


 かくいう僕とてここまで子供みたいになってしまった玲は初めてである。


 これ以上放置すると流石に彼女の尊厳にかかわるな。


「キスはダメだけど、ハグならいいよ」


 僕は代案を提案する。それに彼女は、一瞬考えた素振りを見せると、やがて「わかった」と一言呟いた。


「だったらおいで」

「……うん」


 玲は僕の胸に飛び込むと、そのまま僕の胸に何度も頬ずりをして来た。


「よしよし」


 僕は優しく彼女の頭をなでてやる。


「えへへ……」


 ご満悦な様子の彼女に、ひとまずは彼女の尊厳は守れたようだ。


 ただ一つ問題があるとすれば……


「ふふふ、明智君。サッカーやろうよ!! お前ボールな!!」

「いやいや、ダメだよ。明智君は今から僕と鬼ごっこするんだから。文字通り命をかけた、ね」

「血反吐までボクシングしようぜ明智!!」


 殺意の波動に染まったクラスメイト主に男性陣をなんとかしなければならないことぐらいだろうか。


「徹。助けてくれ」

「いや、普通に無理」


 僕はどうやら親友にも見捨てられたらしい。


「だって俺もターゲットだから」


 そういう徹には、いつの間にか涙で顔をぐしゃぐしゃにした新藤さんが抱き着いていた。


 よっぽど玲が怖かったんだね。本当ゴメンね。


「はぁ……さて親友。始めるとしますか」

「……そうだな」 


 本当、嫌になるよ。このクラス……

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