第8話 自室での攻防戦

「ねぇ、深夜は私にどんな服着て欲しい?」


 場所は移り僕の自室。


 結局あの後一緒に帰った僕と玲だが、玲はあの後一度も自分の家に帰ることはなく、制服姿のまま僕の家に遊びに来ていた。


 そんな彼女が僕の背中に玲が抱き着く姿勢で、唐突にそう尋ねてきた。


「そんな事聞いてどうするのさ」

「いや、着てあげようかなって思って」

「え、誰が?」

「私に決まっているじゃない。むしろそれ以外の選択肢があると思ってるの?」


 玲は呆れた様子で首をやれやれと振っている。


 いや、まあ確かに僕の好きな服を着てくれるの嬉しいのだが、僕としては嬉しさよりも怪しさが勝る。


「どうしてこのタイミングでそんな事してくれるの?」

「どうしてだと思う?」

「む……」


 何処か含みのある言い方だ。玲が僕の事を好きであるという気持ちは既に彼女から聞いている。


 順当に考えれば、好きな男子をよろこばせてあげたいからという所だろうか。


 だが相手は玲、絶対に何か裏があるに違いない。


 何より今の玲は、絶対に何かを企てている。


 そんな彼女に、あっさりと答えを教えてしまうのは悪手に他ならない。


 まずは彼女の意図を確定させねば。


「さぁ、どうしてなんだろうな? 愚鈍なる僕にでもわかるように教えてくれないだろうか?」

「え~どうしようかな」

「そこをなんとか」

「じゃあ、深夜の好みの服を言ってくれたら教えてあげる」


 それを言ってしまっては、こちらの負けが確定する。故にその要求はのめない。


「それは無理だ。逆に玲が何を考えているか僕に教えてくれたら教えてあげるよ」

「ふむ、ふむ。なるほど。だとしたら遠慮するわ」


 ここで断るということは絶対何か考えているということの証明に他ならない。


 大方セフレに関する内容の事であろう。


 彼女は絶対に僕とセフレになることを諦めていない。諦めていたらこんな積極的名アプローチはしてこない。下校中だってあんなに密着して、僕たちの仲のよさをまわりにアピールするような真似をしていた。


 あれは僕たちが深い関係にあることを周りにアピールする為の行為、外堀から僕を埋める為にした策に違いない。


 何より朝比奈玲という少女にという三文字は存在しない。


 故に僕は彼女の思惑を躱し、目的を阻む必要がある。


 それこそ彼女がセフレという関係を諦めて、健全な関係であるところの恋人同士になりたいと思う様になるまで。


「巫女装束……」

「は?」


 およそ彼女の口から飛び出したとは思えない意外過ぎるワードに、僕は間抜けな表情をする。


「ふむふむ。深夜は巫女装束に興味があると」

「は!? え、どうしてそうなる!?」

「ん? だって興味あるんでしょう?」

「それは……」


 確かに僕は巫女装束は割と好きだ。特に脇が見えるスタイルのが大好き。ってそんな事はどうでもいい。


 どうして彼女は僕が巫女装束が好きだととカンパできた?


 僕は一言も巫女装束に関連するワードを発していない。


「興味あるんでしょう?」

「……ノーコメントで」


 ジッととした目で見られるが、そんな事知ったことか。


 それにしても玲の巫女装束……ちょっと見て見たいかも……


「メイド服、セーラー服、ミリタリー、チャイナドレス……」

「どうしてそうニッチな服あげるの!?服って言ったらもっと、こう、違うのがあるでしょう!?」

「ふむ、深夜はメイド服とチャイナドレスにも興味があると……」


 だからなんでわかるの!? 玲はもしかして僕の心が読めるのか!?


 いや、読めても全然不思議ではないのだけれど。


「大声をあげて誤魔化そうとしてもダメよ。私、深夜の事なら何でもわかるんだから」

「え、何それ怖い……」

「ちょ、怖いとか言わないでよ。傷つくでしょう……?」

「うっ……」


 玲の目元にはうっすらとした涙が浮かんでいた。まあ明らかに嘘泣きなのだろうが、そうだとわかってもやっぱり好きな人の涙は中々に効く。


「悪かった。だから泣き止んでくれ」

「……じゃあ深夜の一番好きな服装教えて?」

「まだ聞くか。大体僕の事がわかるなら……」

「ぐすん……」

「ああ、もう泣かないで!! 心が、心がいたいから!!」

「……じゃあ、教えて?」

「分かったよ。言えばいんだろう!! 言えば!!」


 ここで僕の実質的な投了宣言。その瞬間、玲の口角が勝ったと言わんばかりに上がっていた。


 その後の僕といえば、玲に根掘り葉掘り質問攻めにあい、それはおおよそ3時間にまで及んだ。


 その間の僕は、あまりの恥辱にきっと死んだ眼をしていたと思う。

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