第7話 下校中の出来事

「なぁ、玲」

「なぁに?」

「流石にこれはちょっとくっつき好きじゃないかな?」

「ん~? そうかな?」


 そう言う玲は両腕を僕の腕に絡ませ、顔を僕の肩に擦り寄せるような形でいる。


 そうなると僕らの距離感は必然的ゼロ距離になるやけで、彼女の柔らかな胸の感触が直に僕の腕に伝わってくる。


 僕としてはそんな状態に心臓が激しく鼓動しており、全く気が全く休まらない。


 どうしてそうなのかといえば、それは別に玲の大きな胸の感触に恥ずかしさや嬉しさ、興奮と言った感情を覚えているからとかでは断じてなく、周囲の目線が原因だ。


「チッ……」

「何であんなモブが朝比奈さんと入れるんだ……」

「うぅ……玲様が……玲様が……あんなミジンコなんかと一緒に……」


 このような罵詈雑言は勿論、嫉妬の視線はこれの日ではなく、まさしく針の筵と言わんばかりの状態に、僕のメンタルはどんどん削れていく。


 中には学校から僕たちの事をずっと尾行しているものまでいるが、所詮は学生の見様見真似なわけで、目線がこちらにいっているのんがバレバレで、あれでは尾行できているとはとてもじゃないが言えない。


 そんな僕の心境を全く意に返さない彼女は、離れるどころかさらに抱き着く力を強め、より僕と自身の身体を密着させてくる。


「本当、勘弁して」

「い~や」

「えぇ……」


 そんな彼女は僕のお願いを全く意に返さず、むしろこれでもかと周りに見せつける始末。


 その様はさながら大事な玩具を自慢する子供のようだ。

 

「玲。お願い。本当お願いだから。離れて」

「い~や。絶対離れない」

「はぁ……本当どうしよう……」


 僕の本気で困った顔に、心底楽しそうな笑みを浮かべる彼女。


 そんな意地悪な彼女も可愛らしくて、いいと思うし、何より玲にはずっと笑っていて欲しい。


 ただこのままにしておくのは明らかに良くない。主に僕の心臓への負担的な意味で。


 現在進行形で心臓はドクドクと激しく鼓動しているし、心臓だけじゃなくて、胃も段々痛くなってきた。


「お願いだからこれ以上は勘弁してくれ。これ以上されると僕の心臓がおもに限界だ」


 僕はちょっと強めの口調でそう言った。


「それは私があまりにも魅力的過ぎるからかしら?」


 僕の事をからかうような笑顔で、玲はそう尋ねた。


 さてこの後の発言は気を付けねばなるまい。


 ここで安易に「そうだ」と答えても、彼女には僕が嘘をついたことがバレるだろう。


 そうなるとどうなるか、彼女はきっと不機嫌になる。


 どうしてそう思うかといえば、長年玲と幼馴染をしている僕だからこそわかる感覚なわけで、ここでの選択を間違えると何か命取りになるそんな予感がする。


「いや、そうじゃなくて周りの視線が割と辛いので勘弁してほしいです」


 僕が選択したのは素直に自身の気持ちを吐露することだ。


 昼はこれで失敗したから、成功率としてはいまいちだが、この場面で嘘をつくよりはましだろう。


 もしここで僕が嘘をつこうものなら彼女は一体何をしでかすかわからない。


 第一僕がここで彼女の事を褒めるのは、明らかに僕らしからぬ行動だ。昼間のあれだってよくよく考えれば僕らしからぬ行動で、僕もあの時はかなり雰囲気にのまれて、暴走していたように思う。


 まあそれを言うなら今日の玲の方が普段より暴走気味だ。


 何せ普段のクールな彼女ならばこんなカップルのような事絶対にしないのだ。


 こんな事をする原因として考えられるのはまず間違いなく屋上でのあの出来事が原因だ。それ以外ありえない。


 きっとあの後、玲の考えには何かしらの変化が生まれたに違いない。


 まあ大方の予想はつくのだけれど。


「ふ~ん。そっか、そっか。つまり深夜は私と一緒に居るのが嫌ってことなのね」


 あれほど明るかった彼女の声が、急激に冷たさを帯びていく。


 なんだろう。凄く嫌な予感がする。


「いや、そんな事は……」

「でも深夜は私より周りの視線が気になるんでしょう?」

「それは……」

「違うの?」


 可愛らしいセリフに余裕な表情を浮かべる彼女とは裏腹に、僕は冷や汗がとまらなかった。


 何せ今の玲は確実に怒っているから。


 どうしてそれがわかるかといえば、彼女の眼を見ればわかる。何せ今の玲は顔は笑っていてもその瞳は全く笑っていないのだから。


 もしかして先程の発言が間違いだったのだろうか、いや、そうとは限らない。


 むしろあの瞬間で、彼女の意見に賛同でもしていたらもっと怒っていたに違いない。


 だとしたら一体いつから彼女は怒っている? それに何故彼女は怒っているんだ?


 ああ、くそ。考えなければならないことが多すぎる。


 ここまで一日に頭を動かした日が未だかつてあっただろうか。


「深夜」

「れ、玲。い、痛い……」

「深夜が答えないのが悪い」


 そう言いつつ、さらに抱き着いている腕をさらに力強く締め上げ、骨がミシミシと悲鳴を上げ始める。


「れ、玲、頼むから離れてくれ。う、腕が本当に痛いから……」

「……」


 まさかの無言。きっと彼女は求めているのだ。僕の答えを。


 その間にも僕の腕はミシミシと軋むような音をあげているわけで、早く答えを言わないと僕の腕は使い物にならなくなってしまうだろう。


 ただ既に僕の中で、彼女の怒っている理由についての検討はついていた。


「僕は今、玲より周りの視線の方に夢中になっていました。その事について本当に申し訳ありませんでした。だから離れてください。お願いします。」


 玲はその言葉を聞いて、あれほど力強く抱き着いていた僕から離れて笑顔でこう言った。


「よくできました」

「ははは……」


 どうやら僕の答えは当たっていたらしい。


 つまるところ、僕が玲以外の人間に目を向けた時点で僕は、どんな選択を取ろうが詰んでいたのだ。


 いつの間にか彼女は、恐ろしく嫉妬深い女性になっていたようだ。


 その余りの理不尽さに、この時の僕はきっと渇いた笑みを浮かべていたと思う。 

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