第一章 攻防戦の始まり

第6話 変化

「昼間のあれは流石にやらかしたなぁ……」


 昼のあの発言は我ながら失敗をしたと思う。


 昼休憩の後の玲の様子は、はっきりいって異常そのものであった。


 何が異常かと言えば、周りの人物に対する反応だ。


 普段の彼女ならもっと温かみのある優しい眼差しで優しい対応をしているのに、それが今は背筋も凍るほど冷たい眼をして、その対応も何処かおざなりに見える。


 そんな明らかな彼女の異常に、彼女の周囲は誰一人として気が付かない。


 むしろ話しかけて、構ってくれるのが嬉しいのか、いつもより積極的に話しかける愚か者までいる始末だ。


 そんな彼女の周囲に激しい苛立ちを覚えはするものの、玲をそうしたのは僕なわけで、その手前彼女に話しかける勇気はなく、僕は歯痒い思いをしていた。


「深夜。帰ろうぜ~って、お前凄い顔してんな」

「……そう?」

「ああ、例えるならずっと片想いしてた幼馴染が目の前で寝取られた哀れな男の顔してるぞ」

「なんだよ。その例え方……」


 実際そのような場面に出くわした時、果たして僕は冷静でいられるのだろうか? 


「まあ朝から調子悪いって言ってたもんな。それに……」

「なんだよ」

「いや、何。朝比奈さんの事となると我を忘れるお前が、明らかに調子のおかしい朝比奈さんを放置しているのは明らかに異常事態だしな」


 そういう部分で人の異常を判断するのはどうかと思うが、実際徹の眼からすると僕は、そんなに玲一辺倒に見えるのか。それはそれで少し複雑だ。


「どうせ朝比奈さんとの間に何かあったんだろう?」


 鋭い奴め。確かに何かはあった。あったが流石に「セフレにして欲しい」とお願いされたとは言えない。


「その顔図星か。へぇ……」

「そのにやけづら今すぐ止めろ。じゃないとお前の彼女に、今日徹が玲の事口説いていたっていうぞ」


 こう見えて徹には可愛い彼女がいる。なんでも徹とは幼馴染の関係で、家も隣で、幼稚園の頃からの付き合いの彼女が。


 こう聞くとまるっきり僕と玲と同じ境遇なのだが、どうしてこうも差がついたのだろう。


「それだけは止めてくれ!? そんなことしたら俺が殺されてしまう!?」

「だったらこれ以上詮索はするな。ただまあ心配してくれてありがとう……」


 僕は素直にお礼を口にする。


 徹は本当にいい奴だと思う。今朝だって僕のお願いをきいてくれたし、玲の変化にも気づいている。


 顔だって僕とは違ってかなりのイケメンだし、勉強もスポーツも玲程ではないがかなりできる。


 あれ? そう聞くとこいつかなりハイスペックじゃね?


 むしろなんで徹は僕と友達でいてくれるんだろう?


「相変わらず素直じゃない奴め。知ってるか。男のツンデレは需要ないんだぞ?」

「誰がツンデレだって? お前の頭勝ち割ったろうか」

「おお、怖い怖い」


 そう言って無邪気に笑う徹。きっと彼なりに僕の事を励まそうとしてくれているのだろう。その優しさが今は凄く染みる。


「深夜」


 いつの間にかあの集団を抜け出してきた玲が僕の名を呼ぶ。


「玲……」


 その瞳は先程までの冷たい極寒な眼差しとは違って、いつもの彼女のあたたかな彼女の眼差しであった。


 でも何故だろう。温かみのある眼差しのはずなのに、僕には何処か末恐ろしさを感じてしまう。


「深夜。一緒に帰りましょう。で、ね」


 その発言にクラス中の人々がどよめく。何せ今まで玲が直接誰かのことを帰りに誘う事はなかったのだ。


 その対象は無論幼馴染である僕とてそうだ。


 中学までは一緒に登校していたものの、高校に入ってから僕たちは別々に登下校していた。


 それは僕の希望で、自宅に帰るといつも玲が遊びに来るので、僕は一人の時間が基本ない。


 いくら好きな相手とはいえ、四六時中一緒にいるのは辛いし、何より一人で色々考える時間も欲しかった。


 だからこそ、僕は玲にお願いして、登下校は一緒に行かないことにしてもらったのである。


 ただそのお願いはたった今、反故にされたわけだが。


 玲からの下校のお誘いを受けた僕を見る周りの眼は三者三様の様子を呈していた。


 嫉妬、羨望、好奇、それらが絡み合った視線ははっきり言ってしまうとかなり居心地が悪いって言ったらありはしない。


 ここは何としても断らないと。


「今日は徹と帰るから。な。徹?」


 そう言って徹を見ると彼はこちらを見ていたずらっこの様な笑みを浮かべる。


 ああ、激しく嫌な予感がする。


「悪い。今日やっぱり俺は別のやつと帰るわ。だからお前は朝比奈さんと帰れ」

「は!? おま……」

「それじゃあまた明日な!!」

「おい!!」


 僕の静止もむなしく、徹は風の様にこの場を去ってしまった。


 残されたのは僕と玲と僕らを見つめるクラスメイトという名の野次馬共だけ。


「邪魔……佐藤君も居なくなったわけだし、一緒に帰りましょう?」

「今徹の事邪魔者って……」

「そんな事はいいから、早く行こ?」


 玲はそう言って僕の手をとり、可愛らしい笑顔を見せる。


「……はぁ。わかりました」

「決まりね♪」


 くっそ。そんな可愛い顔でお願いされたら断れるわけないじゃないか。本当、玲ってずるい。

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