第3話 屋上での一幕

「はぁ……」


 昼休み、僕は一人屋上で途方に暮れていた。本当ならば昼食をとるべきなのだろうが、今日は食欲も全くわかず、浮かんでくるのは昨夜の玲との出来事のみ。


 元をただせば僕がこうなってしまったのは玲のせいなので、彼女もだって少しは思い悩めばいいのになんて思ってしまうのだけど、玲ときたら全くの普段通りで、とてもじゃないが昨日僕にセフレ関係を持ち掛けてきた当人とは思えない。


 そもそもどうして玲がセフレという関係にこだわるのかが、僕としては理解ができない。きっと頭のいい彼女だから凡人であるところの僕には理解できない考えの下そう発言したのだろうが、それにしたってもう少し言い方という物があったと思う。


「本当一体何を考えているのやら……」


 雲一つない快晴の中、僕はそう愚痴をこぼすがそれを聞いているものは誰一人おらず、僕のそんな言葉は空にスッと消えていった。


 そんな折だった。屋上の唯一の出入り口である扉が開かれたのは。


「深夜」

「……」


 そこにいるのは、予想通りというか、案の定というか、僕の頭を今現在悩ませている元凶である朝比奈玲その人であった。


「やっぱりここにいたのね」

「やっぱりってどういう意味さ」

「だって深夜何か悩み事があるといつもここにいるじゃない」


 僕の事をよく見ているからこそのその発言にちょっぴり嬉しさを感じる自分がいる一方、誰のせいでこうなっているのかと恨めしく思う自分がいて、なんだか心がモヤモヤする。


「学校一の美少女様が一体僕に何か用?」


 普段通りの彼女の態度に僕は少しイラつきを憶え、語気がわずかばかり強くなってしまう。


 本当はこんなこといいたくはないのに。


 そんな僕に彼女は少し困った表情を浮かべた。


「もしかして拗ねてる?」

「……拗ねてないし」

「嘘。絶対拗ねてる」

「……ふん」


 僕だって拗ねたくて拗ねているわけじゃないし、何よりこんな態度本当は取りたくない。取りたくないけど、素直になれないんだから仕方がないじゃないか。


「まあそんな深夜も可愛いんだけどね」


 どうしてこの幼馴染様はこうも恥ずかしい発言を連発できるのでしょう。僕を虐めてそんなに楽しいのか?


「まあ深夜が可愛いという事実は置いておいて」


 事実ではない。てか僕は自分の事可愛いなんて思ってない、というか男で可愛いってそれなんか嫌だ。凄く嫌だ。


「深夜。何か悩み事があるんでしょう?」

「それは、まあ。あるね」


 主にあなたのせいでだけど。


「その悩み事教えてくれない? 私が解決してあげるわ」


 そう言って大きな胸をこちらに張って見せる玲。きっと他の人が見たら、彼女の胸に視線を釘付けにされるのだろうが、生憎そのあたりは長年の付き合いのおかげか、僕には耐性ができていた。まあそれにしたって、彼女の胸は驚異的で、狂気的なのだが。


 それに僕は彼女に自身の悩みを打ち明けるつもりはない。というか打ち明けた所で、彼女には解決が絶対にできない問題なのだから。


「いいよ。これは玲には、玲だけには絶対解決できない問題だから」


 そんな僕の強気な態度に玲は先程までの自信満々な態度から一転、不安げな表情を見せ始める。


「そ、そうなの……それなら無理には聞かないわ。でも私心配なのよ……」

「心配……?」

「だって今日の深夜少し様子がおかしいもの」


 一体どの口がそういうのか。僕をおかしくしたのは玲ではないか。大体それを言うなら……


「玲にだけは言われたくない」


 そう。今日一番おかしいのは間違いなく彼女。決して僕がおかしいのではない。


「そう? 私としては普段通りのつもりなのだけれど?」

「その普段通りが可笑しいんだよ」

「え? なんで?」

「だ、だって玲は昨日僕に言ったじゃないか」

「昨日、昨日、ああ、あれかしら。私を深夜のセフレにしないかっていう」

「それだよ……」


 この幼馴染、もしかしてついさっきまで忘れていたのではないだろうか。だとしたらかなりいかれている。普通セフレにして欲しいって言っておいて忘れるか?


「なるほど、深夜の悩んでいたのはつまるところ私の事で悩んでくれていたのね」

「……そうだよ。悪いか」

「ふふふ、全然。むしろ嬉しいわ。深夜がそんなにも私の事を考えてくれているなんて」


 そういう彼女の顔は、本当に嬉しそうで、楽しそうで、とても魅力的な笑顔だった。


「てか昨日のあれは一体どういう意図で言ったんだよ。僕はそれが気になって、気になって仕方がないんだ」

「ああ、それ。そんなの深夜が好きだからに決まっているじゃない」

「お前はまたそういう……」

「だって本当なんだもの。私は深夜の事が大好き。世界中の誰よりも貴方の事を愛しているわ」

「……」


 きっとその言葉に嘘はないのだろう。彼女は今まで一度たりとも僕にをついた事は無い。無論、それは今までの話であって、今、この瞬間に彼女が僕に対して嘘を初めてつくという可能性も考えられるが、その可能性はまずないだろう。


 何せ今の彼女の頬は朱に染まっており、少し恥ずかしそうな顔をしている。その顔はさながら恋する乙女。これで嘘というのならば、僕は今後彼女の言葉を何一つ信用できなくなってしまう。


「何か反応はないのかしら?」

「わ~うれしいな~」

「恐ろしいほどの棒読みね。まるで全く嬉しくないみたい」

「ああ、全く嬉しくないね」

「嘘ね」

「う、嘘じゃないし」

「いえ、嘘よ。だって深夜嘘つくときは瞬きの回数がはやくなるもの」

「え、まじ?」

「まじよ」

「……はぁ。まじか」


 彼女の言う通り僕の発言は嘘。本当は嬉しい。だってそうだろう。相手は学園一の美少女で、幼馴染で、昔からずっと大好きだった女の子。そんな子に愛してるなんて言われて嬉しくないわけない。


 でも素直に認めるのは彼女に踊らされてるみたいでなんか恥ずかしいし、何より昨日の彼女の発言がどうしても僕の心の中に残っているわけで、どうしても僕は素直に喜べない。


「私、深夜の事なら何でもわかるもの」

「それはまたなんで?」

「幼馴染で、大好きな人だから。それ以外の理由はいる?」

「……そんな軽々しく大好きとかいうなよ」

「だって本当の事だもの。私は深夜が大好き。この気持ちは絶対に色あせる事は無いし、他の男性と私は今後お付き合いする気はないし、結婚する気もない」


 本当よくもまあこの幼馴染様は、恥ずかしげもなく、このセリフを言えたもので。


「でも僕と付き合う気はないだろう?」

「ええ、そうね」

「だとしたらお前は誰と結婚する気なんだ?」

「そんなの決まっているじゃない」


 そういう玲は右手を銃の形にして、可愛らしい声で「バン」と言った。


 それはつまるところはそいう事なのだろう。

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