黙することしか

 無人の、いわゆるドローン船団がロックを囲んでいた。

 高度な遮蔽クローク技術を持ったドローン戦艦は、警戒中のロック宇宙艦隊を遠方から正確に射抜くと、これをほぼ壊滅させた。

 ロックの中央議会は継戦の意思なしの白旗無線を上げたが、ドローンの目的はロックそのものの確保であるらしく、ドローンは沈黙していた。

 敵が送り込んだドローン兵力は、ただひたすらにロックを眺めているだけだった。

 ほとんど電力だけで動くようなドローンと違い、ロックの住民は生身の人間であっった。

「お腹空いたね、レイン」

「うん」

 二人はそのくすんだ手を触れ合わせ、メディア・センターに他の生徒たちと共に居た。

 悲鳴とパン、というと拳銃の音。さらに大きな悲鳴。

 教師の一人が、拳銃を口に加えて発砲したのだ。

 責任ある立場の人間の自決、無責任な立場の者の横柄はいまだ続いていた。

 学校には、プラズマ兵器などでもない限りそう簡単には貫けないバリケードが存在し、暴徒から子どもを守っていた。

 決して揺りかごではなく、監獄として。

 自決した教師から拳銃を奪った生徒がいて、血に汚染された銃を持った彼は、自身とその仲間に水と食料を優先的に回すように言い出したが、さらにそれを後ろから殴りつけて乱闘が発生、無関係の生徒が頭を撃ち抜かれて即死、『銃の一派』は全員殴り殺された。

 すすり泣く声、血臭。悪罵。

「全員、死ぬのかな」

 アイニの声も紛れ込む。

 否定も肯定もされなかった。

「そうだな、防犯カメラは生きているし。遺言でも残しておくか」

「おい、やめろよ!」誰かが言う。

 アイニはめない。

「誰かが明らかに悪いわけでもない。

 考え方は、いろいろあったと思う。

 結果が最悪というだけで、運が悪かっただけなのだろう」

「ただの事故、悲惨だけどね、とてつもなく」レインが細い声で、そう繋いだ。

 外から、音が聞こえ始めている。

 暴力的な雑音。

 陸軍か、離反したうれいの騎士団とやらか。

 爆発が起き、メディアセンターが突破される。

 責任者を出すように言った武装した歩兵に、アイニが、

「今、死にました」

 と死体を指してそう言った。

「じゃあ、お前が責任者でいい。抵抗しなければ、身の安全は保証する」

「食料は? 僕たちのプラントの管理をむちゃくちゃにするか、奪ったくせに」

 歩兵のリーダーらしきヘルメット姿の男は、アイニの近くまで歩み寄ると、無造作に銃床で顔を殴り飛ばした。

 

「お前らが全員死ねば、だいぶ楽になるんだがな。

 今死ぬか、ひとまずは生き延びるか、好きな方を選べ」

 気絶こそしなかったが、アイニは呼吸を荒くして、沈黙したままだった。

 レインはずっとそばで、大人しくしている。抵抗する気力はないが、心配はしてくれている。

 アイニは、べっ、と欠けた奥歯あたりと血を吐き出すと、「そういえば」上の空で言った

「これが最後かもしれないので、なにか独り言を言ってもいいですか」

「独り言?」

 アイニは防犯カメラを指さして、「遺言です」と口に出した。

「縁起でもないな」歩兵部隊のリーダーは笑った。このロックの状況を、本当に理解していないのか。

 まだ安全圏にいると思っているのかと、アイニは疑った。

「そのうち、このロックは死滅するでしょう。

 誰かが、汚れた手をアルコール除菌するみたいに、人間が残らず死ぬ」

 兵士たちが黙る。

「同じ悲劇が起こってほしくはないが、残念だ。

 もう死ぬ僕らには関係がないし、同じようなことは規模の大小こそあれ、大昔からあったはずなんだろう。」

 激痛のするほおを無視して、アイニは諦観の言葉を血やつばと共に吐き出す。

 歩兵たちも、他の生徒も、黙するしかなかった。

 アイニだけが、喋り続けていた。

「恨み事ではなく、これは遺言。

 できることならばこの宇宙に、この言葉を永遠に残してほしい」

 カメラは、銃口を向けた兵士を捉えていた。

 発射の光と共に、カメラのデータはそこで途絶えていた。

 アイニは言葉を遺す意味もなく、黙することしかなかった。


 彼らの世界が終わっても、他の人生は続く。

 遺志を引き継いだわけでもなく、ただ稀な宇宙史に記録される大事件として記録されるだけだった。

 『黙することしか』、後にそう名付けられた。

 すべての歯車が狂い出し、最悪の結果を生んだ。規模は大きく、悲惨である、と。

「まあ、別のコロニーに移すしかないんじゃない?」そう言ったどこかの偉い人は、免職になったが。言った本人からすれば、ロックのさだめより、自身のキャリアのほうが心配だったことだろう。

 しょせん、他人事である。

 みなが黙る。様々な意味で、黙することしか。

 ちなみに事件名の由来は、政治家たちの数々の失言である。

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