不和
最後に補給船が来てから、半年が経過した。未だに、補給物資――水や食料、燃料の類は一度たりとも到着していない。
ロックの主電力である核融合発電は凄まじい動力源であり、ロックの生活区域・全域の電力自体が落ちる心配はない。当面の間は。問題は食料だった。
清潔な飲料水と食料生産の維持・確保を優先する議題が中央議会で話されていた。
あまりにも遅れている補給船について考えるより、いずれは来るだろうと判断し、節制する。
そういう流れになっていた。
住民に提供される食事も、いよいよ冷凍ものや高カロリーの栄養ブロックが多くなってきた。
飲み物が普通の水よりも果実ジュースが多いのは、大量に冷凍されていた果実を解凍して、絞って作っているからだ。まだ配給制ではないが、水と同じくらいの値段になってしまった。
遺伝子組換え麦にビタミン類を配合してできる栄養ブロックは、悪い味ではないがそればかり提供すれば飽きてしまい、住民の士気も低下する。
まだ、腹の減りを心配する必要はなかった。「食料があるだけマシ」といった話ではあったが……。
「ロックはかなりまずいらしいね」
アイニは若干の深刻さをたたえた声音で言った。
「栄養ブロックよりも?」
「それどころじゃないよ、レイン」
二人の仲は相変わらずだった。別に常に一緒にいるわけではないが、色々口実をつけては二人共、意見交換をしている。
「輸送地点がことごとく潰されているらしい。
ワープの座標を確定するためのアンテナ基地に、そもそもの補給物資の置かれた基地とか。
惑星そのものは無事だけど、周辺一帯に敵勢力の戦闘艦が多数。
ロック周辺も、配備中の味方艦隊で防衛の態勢をとっているって」
「ここで、戦争になるのかしら……」
似たような話は、事実にせよデマ的な噂話にしても、皆が話している。
だがわかるのは、補給物資をたんまりと積んだ宇宙輸送艦と護衛艦隊は、何度も深宇宙の
「最悪でも、ここの住民を皆殺しとかはなさそうかな。
あまりに野蛮な行動は最近控えめだし、住民資源は奴隷としてでも大事だろうから」
「私、怖いわ」
レインが心の底からの怯えの表情でそう言った。
「悪かった。
あまり考えなくてもいい。これは、どうしようもないことだしね。
それに、まだそうなると決まったわけでもないし」
「そ、そうよね……。私、女友達とも話してくる」
多分、話しても無意味か、不安を増幅させるだけだろうとはアイニは思ったが、結局アイニは何も言わずにレインを見送った。
何を言えば良いのか、わからない。嘘でも気休めを言うべきったのだろうか?
だが、現実はかなりの厳しさを叩きつけてきている。大問題しか残っていない。
勉強と、アルバイトくらいしかすることがないし、できない。
アイニ自身も、無力さを痛感していた。
ロックの現状を親と話そうにも、「未成年はそんな話しなくていいの」、とはぐらかされてばかりだった。
戦争への不安や食料問題から、不満やストレスが住民の間で溜まっている。
ここ数日ではアイニが知る限り、三人の生徒が殴り合いの喧嘩や暴力事件を起こし、二人は罰が決まるまでの
普段はなかなか起きないであろう案件だった。
その現場に、アイニはたまたま居合わせたのだ。
レインには、話していない。
眼の前で顔を殴り飛ばされる生徒、その砕けて飛んだ歯を見たときは、暴力とはこんなにも不潔で恐ろしいものなのかと思った。
殴られ、血に
運ばれる担架と、掛けられる拘束具、手錠。
現場に居た全員――アイニも当然含む――への事情聴取。
嫌な思いだ。
学校はしばらくの間、時短開校となった。
すべての生徒の学習が開校日の午前で終了し、あとは仕事や大人の手伝いをするように、という話だった。
ロックの事情が事情だし、もともと勤勉な方なアイニは全く喜ばなかった。
レインとはバイオファームでも会えるので、寂しさはない。その辺りを一番に気にするあたりやはり、アイニはレインのことが好きだった。
バイオファームは想像以上に重作業だった。貰える手当・賃金も、時間に応じて増えるのではあるが、食料の大量生産を行っていた。
仕事が多い。そう思った矢先だった。
保存していたはずの食料が、ごっそりと減ったという問題が起きた。
栄養ブロックの倉庫から、そのまま栄養ブロックが何十キロぶんも、だった。
倉庫を管理している区画長から報告があり、工具で倉庫を強引にこじ開けて窃盗を行った問題だった。
幸い、アイニやレインは身体認証を持っていたので、近づくだけで倉庫が開く
権限のない、区画外やファーム外の人間の犯行らしい。
監視カメラはバイオファームの出入り口にこそあるものの、倉庫前にはない。
ただし施設長は、犯人探しに積極的ではないようだった。警備体制は強化する、ということらしかったが、あまり強く出すぎて全体の不和を招くのを嫌がったらしい。
警察機関に被害届を出して、それで終わりだった。
警察はAIによる類推をすぐに出しているが、犯人の可能性が不確かなパーセンテージで細かく出る程度。犯人は、上手いこと素性を隠したものだ。
現状のロックの余裕の無さでは、犯人探しはやはり難しいようだった。
銃器の類は警察と軍、ごく一部の権利者しか持てないロックで、強盗のような真似は起きないだろうと、雰囲気としてはそんな感じだった。
「犯人は、捕まらないのかな」
栄養ブロックのパッケージ詰めをしながら、レインはアイニにそう言った。
「捕まえる気がないのかも。もし自首とかがあっても、
そして。
一部の軍人による銃器類の大量持ち出しが発生したのは、窃盗事件から翌々日のことだった。
複数の武器保管庫の管理人が殺害、または抱き込まれたのか行方不明となっていた。少なくとも、一人が死亡している。
そのタイミングで警察が発表してロックの住民全員に知らされたのだが、食料の窃盗事件は複数のバイオファームで発生したものであるということだった。
『
彼らが食料を盗んだのであれば、持久戦ができるのかもしれない。
『憂いの騎士団』の司令官は、最大の陸軍基地である第一基地を堂々と管理下に置いた。
なにせ、司令官はロック・元陸軍の副司令官とのことだった。
中央議会はクーデターの可能性についてはメディアには一切答えず、可及的速やかに制圧作戦を立案・発令させる、とだけ答えた。
もっとも、『憂いの騎士団』の成立で離反した軍人の人数は、ロック内部の軍人の三分の一にあたり、反逆者は警察にも手が及んでいる。
「今は、喧嘩している場合じゃないっての……」
珍しく乱暴な口調で、自宅に投影されたホログラムを見たアイニがそう言った。
自室で、普段ならアルバイトをしている時間帯、つまりは平日の午後だった。
警備体制の問題から、生徒や大半の従業員は自宅待機の指示だった。
そうなる前日の帰りから、物々しい機関銃の類で武装した兵士や装甲車が確認できた。
歩兵の装備を容易く切断できるレーザーキャノンや、使い捨て
必要ならば対戦車ヘリも運用するのだろう。
洗練された兵士と装備同士で、一体何を始めようとするのか。
ロックの外、宇宙でも戦争が起きているというのに、これでは内乱だ。
唯一の外部との接触口である宇宙港はまだ中央議会の支配下にある。場合によっては一万人からなる宇宙艦隊の一部でも呼び戻して、予備の補助戦力として扱う場合も考えられた。
その場合は間違いなく外宇宙の警備が薄くなるに決まっていた。
そして、最悪の事態が起こる。
いや、安直に最悪などと表現するものではない。
ただ、重大な問題が折り重なると、そのタイミング次第ではどんなに安全な航行を心がけていても沈んでしまう。
学んだところで人間の命は一度きりだし、そもそもアイニはパイロットではない。
そういう話だ。
アイニの父はいつもの通り宇宙港へと出勤していったが、アイニが父を見たのはそれが最後だった。
『憂いの騎士団』が宇宙港を襲撃したのだ。
予め一部の職員に手配をしており、易々と侵入すると内部で大規模な戦闘になった。
巻き込まれて死亡した職員は、数百名を超えるとされている。アイニの父は、その一人だ。
丸い黒縁眼鏡をかけた、痩せた軽装の似合う父親だった。
アイニの心中は、心に穴が空いたというか、ずっと現実逃避をすることしかできなかった。
死んだというのは、嘘ではないのか。名簿の中に名前があったのも、全て間違いではないのかと。
レインの通話も全て無視した。
ロック全体の問題としては、今回の戦闘により宇宙港の制御装置が破壊されたことが挙げられる。
簡単に言えば味方の宇宙艦隊の着艦が、大規模修繕工事でもしない限り難しくなったのだ。
宇宙艦は補給もままならず、また補給艦が来ても、着艦することができない。
中央議会は『憂いの騎士団』の要求を譲歩して飲んだ。
騎士団の指示の下、まずは宇宙港の修繕工事を最優先することとなったのだ。
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